明るかった空が、少しずつオレンジ色の夕焼けに染まっていく所だった。
相変わらず佐助は、腕枕をしながら、私の髪を梳いていた。
「後悔してる?」
佐助は、少し哀しそうな目をして、私に尋ねた。
その真剣で、哀しそうな表情に、私は何と答えればいいのか迷った。
「後悔はしてないよ…。でも、私は淋しくて流されちゃったから、何か佐助に悪くて…」
佐助は、切な気な笑みを浮かべた。
「謝るのは、俺の方だよ、美紀。俺、一回目は、遙への想いを君に重ねて抱いちゃったから…」
佐助は、そう言って、私をギュッと抱き締めた後、少し身体を離して、哀しそうな目のまま、じっと私を見つめた。
「君には話しておかなきゃね…」
佐助は、懐かしむような、遠い目をして、そしてその瞳に段々と涙が溜まっていった。
「ああ、ダメだ…。何で今日はこんなに涙脆いんだろ…」
頬を伝っていく涙はとても綺麗だった。
私がそれをそっと指で拭うと、佐助は、また一筋涙を流した。
「似てたんだ、状況が…。遙と過ごした時と…」
「似てた?遙に整体した事?」
「うん…。少し話を戻そうか」
佐助は、もう一度、私をギュッと抱き締めると、安堵したような吐息を吐き、でもまた哀し気な遠い目をして話し始めた。
「真田幸村の事件の前…俺はすごく嫌な予感がして、寝る時も遙と同じ部屋で護衛をする事にしたんだ…。遙の身に絶対何かが起きるような気がしてたまらなかった。君と一緒の部屋で寝たみたいにね、遙と一緒の部屋で寝る事にしたんだ…」
「そうだったんだ…。佐助は、幸村の事件の事に何か勘付いていたんだね?」
「漠然とした、でも、とてもとても嫌な予感だったよ…。君と一緒に眠るようになってから、その事をずっと思い出してた…。初めて遙の部屋で護衛に就いた時、遙は子どもの右目の手術が終わったばかりで、すごく疲れてたんだ。それで…遙に整体してさ…」
そこで佐助は言葉を切ってまた涙を流した。
「疲れて眠った遙の寝顔を見つめながら、不安で不安でたまらなかった。俺の最期か遙の最期か分からないくらい不安で…。俺、眠ってる遙に、初めて想いを伝えたんだ。あれが最後だと思ったから。遙が好きでたまらない。本当に大切にしたい。愛してるよって…。大切過ぎて、俺の穢れた唇でなんて、遙にキス出来ないくらいに。でも、俺、遙を守れなかった…。遙は、煌めく星々にも似た、大切な宝物だったんだ。でも、俺はっ…!!遙を…守れなかった…」
佐助は、段々と涙声になり、ぽろぽろと涙を流した。
「俺、遙が誰かを想っているのを知ってた。遙をその男に返す騎士になりたいと思ってた。でも、遙の事が好きになって…。俺、卑怯だよ…。美紀に整体をした時に、その事を思い出して、辛くてたまらなくてっ!弱音を吐きたくなってっ…!君を抱いたんだ…。君を遙の代わりにして、ゴメン…」
声を殺して泣く佐助の背中を、私はそっと撫でた。
そのまま撫で続けると、佐助は涙声で私に尋ねた。
「俺の事、怒らないの?俺、最低なのに」
「遙に惹かれるのは仕方ないよ。私だって、遙の事が大好きだよ?きっと私が男だったら、やっぱり遙に恋してたかも知れない。佐助の気持ちは分かるよ?でも、佐助はきちんと遙を政宗に返してくれた。それに、私に心を開いて、素直に話してくれた。本当に、佐助は、遙の事を愛してたんだね…」
そっと髪を撫でると、佐助は嗚咽を漏らして泣いた。
「俺なんか、遙を愛する資格もないのに…。それなのに、遙を君に重ねて抱いたし、本当に最低な男だよ…」
「でも、佐助は、ちゃんと愛を知ったじゃない。私も、政宗の愛情が欲しかった事もあったよ…」
そう言うと、佐助は涙に濡れた顔のまま、私を見つめた。
「君が…?」
「うん…。政宗が私達の世界に現れた時、もし遙の部屋じゃなくて、私の部屋に現れて、私が失恋してたら、政宗は、私に恋をした?って聞いた事があるの。そうしたらね、政宗にこう言われちゃった。私は失恋しても泣かないだろって。一緒にヤケ酒に付き合うだろうなって。遙は、愛されるべくして、政宗に愛されたんだよ。一途でお人好しだから…。だから、私は、本当は愛された事も、愛した事もないんだよ…。元旦那の事も愛してたか分からないくらいだから…。淋しくて、佐助に抱かれた私の方が最低」
佐助は言葉を失い、そして、私をギュッと抱き締めた。
「君だって、愛されるべくして愛されるよ。君は気付いていないかも知れないけど、政宗殿と遙の窮地を救ったのも君。俺の心の闇を、弱音を吐かせてくれたのも君。そして…俺を癒してくれたのも君なんだよ…?お人好しは、君だってそうだよ…。君だって、弱音を吐きたくなる事だってあるのにさ、笑顔の仮面で隠してる。本当は、誰かに縋り付いて、泣きたい事だってあるだろ?」
泣きたい事…。
最後に泣いたのはいつだっただろう…?
産婦人科で、赤ちゃんを取り上げた時には、もらい泣きをした。
でも、佐助の言う涙ってそう言う意味じゃない。
恋して、誰かに縋り付いて泣きたくなった事…。
「恋じゃないけど…。私にとっては、10年前…。遙にとっては7年前…。遙と政宗の別れの日だった。あの二人は、世界で一番幸せな恋人同士で、それなのに、別れなきゃいけないのが悲しくて悲しくて、泣いたよ…。でもね、本当は、羨ましかった…。あんな風にお互いに愛情を真っ直ぐに注げる、政宗と遙が本当に羨ましかったよ…。私、愛情に飢えてた。元旦那との関係も遙の影響で深まったけど、やっぱり愛とは違った。私はやっぱり愛されないんだって思って、一人で泣いた事もあったよ…」
「全く君って子は…」
佐助は、優しく唇を重ねた。
「君は本当に可愛いよ。可愛くて、真っ直ぐな子だよ…。そして、本当にお人好しなんだから…。君を本当に愛さなかった、元旦那が全部悪いんだよ?政宗殿も遙も君を慕ってる。そんな子が愛されない訳ないだろ?遙達の別れで泣くはずないだろ?確かに君は苦しい恋をした事はないかも知れない。でも、本当の愛情が何か、きちんと気付いているよ?」
佐助のその優しい言葉が、何だかとても心に響いて、弱音が吐きたくなって、佐助の胸に思わず顔を埋めたら、涙が溢れて来た。
「私っ、遙達が本当に羨ましかったっ!慶太郎に歩み寄ろうとしたのに、愛してくれなかったっ!浮気をされて、本当は悔しくて悲しくてたまらなかった…。愛が欲しかったよ…。でも、私は綺麗じゃないから、諦めてた…。臆病だった…。だから、本当に好きな人が作れなかった…。全部、私のせい…。私、いまだに誰かに愛される気がしない。淋しいよ…。淋しくてたまらないよ…」
佐助の胸に顔を埋めて泣いていると、佐助は、そっと私の髪を梳いて、耳元で囁いた。
「その淋しさを埋めるの、俺じゃダメ…?」
「でも、佐助は遙の事が…」
「俺の役目は、遙の幸せを願う事。政宗殿に遙をお返しする事だった…。俺、君に言ったよね?二度目に抱く時は、君を想いながら抱くって。あれは、俺の本心。信じられないなら、何度でも抱いてあげる。それで君の淋しさを埋められるのなら。君が俺の裏の顔を知った時、辛かったねって言ってくれて、本当に俺は救われたんだ…。君に惹かれ始めてたんだ…。それでも、ダメ…?」
佐助は私の頬を両手でそっと包み込み、優しい目をしてそう囁いた。
「私でも、愛されるの…?遙みたいに綺麗じゃないよ…?」
「俺は、遙には裏の顔を見せられない。君だけだよ…。俺が弱みを見せられるのは。それでも君は優しく俺を受け入れてくれた。落ち込んでる時、ヒマワリのような笑顔で癒してくれた。君は、もっと自信を持っていいんだよ?君は愛すべき女の子だよ?」
佐助の優しい言葉に、今度こそ私の頑なな心が揺れて、そして張り巡らせていた壁がぽろぽろと壊れて行く感じがした。
「佐助、淋しいよ…。もう一度、抱いて?」
「ああ、君が望むならいくらでも」
佐助は蕩けるようなキスを繰り返しながら、また私を優しく優しく抱いてくれた。
そして、耳元で、君は可愛い、好きだよと繰り返されると、切なくて、何か愛しいような感情が生まれて来て、涙が溢れて来た。
ああ、私は今、佐助に愛されているのかも知れない。
そして、私も…。
長いような、まだ物足りないような、そんな情事が終わると、佐助は私を抱き上げた。
「流石にこのままの君を帰らせる訳には行かないから、湯浴みをしようね」
額にそっとキスをすると、佐助は、外の温泉へと向かった。
温泉に浸かりながらも、お互い離れがたくて、何度もキスを繰り返しながら、もつれ合うように抱き合った。
綺麗な夕焼けが、空いっぱいに広がっていて、まるで佐助の髪の色のようで、それが眩しくて、愛しく感じた。
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