I’ll be there for you

それから2日間、姫様の診察をする度に美紀の表情は厳しいものになって行った。

「まずいな…。高熱がこんなに続いたら、身体が参っちゃう。解熱剤が効かないのは予想外だったな…」
「確かにそうだね。でも俺は、君の方こそ心配。姫様の事も勿論だけど、君は姫様に会う時いつも無理して笑ってるでしょ?」

そう言うと、美紀は驚いたように目を瞠った。

「どうしてそれを…?遙でも分からないのに…」
「俺も笑ってるけど本心じゃないから。もう、どれが本当の自分なのか分からないくらいだよ」
「そうなんだ…」

美紀は寂しそうに笑って、そっと手を伸ばして俺の頭を優しく撫でた。

「佐助は本当に苦労人だね」
「君の方こそ苦労人だよ。君の顔を見れば分かるよ。今、本当はものすごく不安で疲労も溜まってるんじゃないの?」
「佐助には敵わないな。うん、遙には無駄な負担をかけたくないし、自分で抱えるには大きすぎる案件だし、笑顔を作るのだってもう限界だよ」
「やっぱりね。ねぇ、また俺の部屋に行かない?あそこなら寛げるでしょ?」

そう言うと美紀は悪戯っぽく笑った。

「あー!佐助ってばやらしい事考えてるでしょー?」

俺は美紀の頭を小突いた。

「やらしいのは君の方でしょ?俺は温泉に浸かってのんびりしたいだけなのにさ。濡れ衣もいいところ」
「本当に?」
「そうだよ。んー、そうだな、久々に飲むのもいいなぁ」
「あ!それ私も賛成!温泉の後のお酒って格別だよねー」
「だろー?そうと決まったら善は急げだ」

つい2日前に美紀と忍の里へ行ったばかりだけれど、姫様に亡くなられてしまっては、真田幸村の恨みは募るばかりだ。
絶対に姫様を救わなければならない。
その事実が俺達の大きな負担となっていた。
これ以上遙に負担をかけるのも憚られる。

俺は右目の旦那の了解を得ると、人払いを徹底させて忍の里の俺の部屋へ、美紀と共に帰還した。

部屋に入ると俺は以前のように白い浴衣を美紀に差し出した。

「先に入っててくれる?お酒の手配したら俺も入るからさ。冷酒でいい?」
「うん!流石、佐助!気が利くね!」
「どういたしまして」

美紀は鼻歌を歌いながら部屋の外の岩風呂へと向かって行った。
酒を手配すると、俺も浴衣に着替えて後を追った。

美紀は岩風呂の縁に上半身をうつ伏せに乗せ、憂いを帯びた表情で、温泉のはるか下に広がる崖を覗き込んでいた。
美紀と初めて出会った時に、自殺願望が芽生えた話を思い出して、俺は駆け出して後ろから美紀を強く抱き締めた。

「死んじゃダメだっ!?」
「佐助?」
「君はまだ死にたいのっ!?君を必要としている人はたくさんいるのにっ!!」

美紀はきょとんとした後に、寂しそうに笑った。

「そんなんじゃないよ。天然の要塞ってどんな風になってるのかなって思っただけ」
「じゃあ何でそんなに寂しそうに笑うの!?俺、美紀に死んで欲しくないよっ!!」

美紀はびくりと身体を震わせた。

「私…誰かにそう言って欲しかったのかも知れない…。慶太郎に裏切られて、みんなに女のくせに忙し過ぎたからだって責められて…。佐助だって私がなかなか一緒にいられなかったら私を見限るんじゃないの?」

美紀は俺の腕の中ではらはらと涙を流した。
俺は美紀を抱きすくめて耳元で囁いた。

「俺を見くびってもらっちゃ困るね。伊達に忍頭をやってないんだ。忍の忠誠は絶対だよ。君が忠義に値しないような事をしない限りはね」
「それって、私は単に佐助の主って事?」
「そうじゃなくて…」
「じゃあ、私は何?」

あの日、何度もこの部屋で美紀を抱いた。
遙への想いを捨てて美紀を愛せればとそう心から願った。
身体から始まった関係だけどそういう恋愛でもいいと思った。

でも、何で素直に恋人だって即答出来なかったんだろう…。
俺が遙をまだ愛してるから…?

いや…。
俺は政宗殿に遙をお返し出来て本当に嬉しかった。
政宗殿の腕の中で微笑む遙を見つめるとまだ胸がちくりと痛むけど、遙の幸せが俺の幸せだった。

じゃあ、美紀は…?
単に遙の代わり?
いや、それも違う。
確かに二度目に抱いた時は、美紀の事を想いながら抱いた。
ただそれが愛というものなのか、俺には自信がないだけ…。
でも、そんなこと美紀に言えるはずがない。

裏の仕事という穢れた身体の俺が、誰かを愛そうとすること自体が間違っているのかも知れない。
すでにこの穢れた身体で美紀を抱いてしまったというのに…。

やっぱり、俺には純愛は叶わない夢なんだろうな…。

そう思うと悲しくて切なくなって、美紀の首筋に顔を埋めて涙を堪えた。
愛せるものなら美紀を愛したくて堪らないのに…。
そして美紀は愛されるべくして愛される女の子だ。

「佐助…?」

美紀が怪訝そうに俺の名を呼んだ。
俺は殊更涙をぐっと堪えると、また美紀を抱きすくめてから少し身体を離した。

「俺、君に惹かれ始めてる。身体から始まった関係だけど、君と純愛がしたい。俺、本当の意味の愛は分からないかも知れないけど、少しずつ君を愛して行けたらなって心の底から思ってる。それじゃダメ?」

美紀は少し考えてそして首を横に振った。

「本当の愛を知らないのは私も一緒だから…。純愛って綺麗な響きだよね。いつか佐助と純愛出来るのかなぁ」
「2人で探して行こうよ。いいお手本がそばにいるしね」
「あの2人には誰も敵わないよ。佐助といて楽しい気持ちとか安心する気持ちは何て呼べばいいんだろう。遙達みたいな燃えるような気持ちじゃないんだよね」
「俺もそんな気持ち。でも、確実に言えるのは君のそばにいたいって事なんだ。君を信頼しきってなかったらそもそもこの部屋に入れないしね」
「そっか…」

美紀は少し安心した様子になって、そっと俺に寄り添った。
そしてのぼせるまでずっと、抱き合ってはキスを繰り返した。
キスの間に見せる美紀の表情は、情熱的でとても綺麗だった。

美紀、君はもっと自信を持っていいんだよ?
こんなに素敵な女の子なんだから。

そんな思いを胸に長い長いキスを繰り返していた。

やがて、2人とも身体の芯まで温まり、温泉から出ると、座敷には冷酒とつまみが配膳されていた。

冷えた徳利から盃に酒を注いで、2人で乾杯をすると美紀は嬉しそうにちびちびと飲んで一息吐いた。
遙が大きな盃でぐいぐいと飲んでいた事を思い返すと、美紀の飲み方はとても可愛らしい女の子の飲み方だ。

とてもいい気分で今日は飲めそうだ。
何せ遙は酒豪で、酔い潰れないか気が気でなかったから。
あれもまた真田幸村の事件の引き金だったと思うと切なくなる。

「佐助、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
「嘘吐きー。こんなに深刻な顔しちゃってさ。ほらほら、飲んでぱーっと嫌な事、忘れちゃおう?」

美紀は上機嫌に俺の盃になみなみと酒を注いだ。

…もしかして、美紀、もう酔ってる?
でも、顔色も変わってないし、目も据わってない。
俺の気のせい?

美紀に注がれるままに酒を飲んでいるうちに、肩に重くのしかかっていた重荷が軽くなって行くような心地がした。
…でも、問題は…さっきからけらけらと笑ったりぷりぷりと怒っている美紀を宥める事だった。

「ねぇ、佐助ってば聞いてる!?」
「はいはい、聞いてるよ」
「はいは一回でいいの!」
「分かった、分かったから!これは俺の口癖なの!」
「もー、確かに佐助らしいけどさー、私の身にもなってよ!ほぼ24時間働きっ放しでたまの休みは洗濯でしょ?お風呂に入れない日だってたくさんあったし、産気づくのは大抵夜中だしさ!たまーに遙とご飯食べてた頃が一番幸せだったよ!何で結婚なんてしちゃったかな?」
「それを言われても俺には分かんないよ、美紀。何でそんな男と結婚したのさ。君なら選択肢他にあっただろ?」

そう言うと、美紀は膨れっ面をした。
遙にはないその表情が何だか新鮮で、こういう酔い方をする女の子も可愛らしいな、と思った。

「だってさ、私の器量、めっちゃ普通だし、プロポーズされたらこの先私なんかにプロポーズなんてしてくれる人いないと思ったんだもん。それが全ての間違いだったよ、全く」
「美紀、俺、君の器量、君が言うほど悪くないと思うんだけど。笑ってる顔も膨れっ面してる顔も可愛いよ?」
「私は可愛いより美人に憧れてるの!遙みたいな!」
「あー、なるほどね」

それは諦めなさいという言葉は胸の内に仕舞って、俺は曖昧に頷いた。
美紀は、盃を一気に呷ると咳き込んだ。
その背をさすってやりながら、美紀が失恋したらヤケ酒だ、と言った政宗殿の言葉が脳裏を過ぎった。
流石の慧眼だ。
めっちゃ絡み酒だ。

「あー、恋愛したいよー!アメリカ人みたいにさ、ストレートに愛情表現してくれるような恋愛!女に捨てられて後悔してる男の歌だけどさ、I'll be there for youって歌みたいに愛されたい!」
「あのー、俺、君と恋したいと思ってるんだけど…?その歌みたいに君を愛すればいいの?」
「んー、そうだねー。心にグッと来るかな」
「へぇ!ちょっと歌ってみてよ」

美紀は初めのフレーズから歌い出した。
それを聞き取りながら意味を捉える。

She said true love is suicide.
という言葉が妙に印象に残った。
本物の愛は自害する事…。

俺は…。
手は血にまみれ、身体も穢れてる。
純愛を貫くなら、美紀を守って死ぬ事こそが、俺に出来る精一杯の愛情表現なんだろうか。

分からない。
分からないけど…。

そこで曲調が変わった。

I'll be there for you.
These five words I swear to you.
When you breathe, I wanna be the air for you.
I'll be there for you.
I'd live and I'd die for you.

君のそばにいよう。
君が呼吸するならその空気になりたい。
君のために生きて、君のためなら死ねる。

遙が歌っていた恋歌は幸せな恋歌だった。
美紀の歌う恋歌は、ただただ心に痛い失恋の歌だ。
別れた旦那にこういう風に愛されたいのか…。
何だかふつふつと嫉妬心のような物が芽生えて来た。

「ねぇ、美紀?」
「ん?なぁに?」
「この歌って、別れた旦那にそう思って欲しいって事?」

美紀はきょとんとした後にけらけらと笑った。

「あはは!無理無理!あの浮気男がこんな後悔してくれるくらいなら別れたりなんかするはずないじゃん!だから、これは私の願望!…もう独りは嫌…。寂しいのも嫌…」

美紀は悲しそうな顔をすると、手酌で一気に盃の酒を飲み干して、ふらついて俺の膝に倒れこんだ。

「佐助ー。寂しいよー」

美紀は甘えるように俺の身体に頬擦りをした。

「こうして甘えてても寂しい?」
「何か心の中が空っぽな感じがするんだ。でも、人肌の温もりを感じると少しはマシかな」
「それ、誘ってるように聞こえるんだけど?」
「そう?…もしかしたらそうなのかもね…仮初めでもいいから」
「そんな事言わないの。俺、本気で美紀と純愛したいんだから」
「え…?」

美紀はとろんとした目で俺を見上げた。
俺はその瞳をじっと見つめて言った。

「さっき俺、美紀の元旦那に嫉妬したよ?それって俺が君に惹かれてるって事だよね?君はどうなの?俺の事、どう思ってるの?」
「イケメンだと思ってる」
「あのねー、そういう事、聞いてるんじゃないって分かってるよね?」
「うっ、ゴメン。佐助みたいなイケメンと付き合う実感がまだ湧かなくて…」
「あんなに抱いて、あんなにキスもしたのに?」
「それは…。あんなに幸せ気分は確かに初めてだったよ。佐助が寂しさを埋めてくれるって言ってくれてとても嬉しかった。そうだよね、何の気持ちもない相手にそんな事されて嬉しい訳ないよね。だから、私も佐助に惹かれてるんだと思う。でも、遙の事が佐助はまだ…」

俺は美紀の髪を撫でながら答えた。

「前は遙と常に行動してたけど、今は違うし、あの2人を見てると邪魔しちゃいけない気分になるんだ。多分、俺も君と同じ。遙を失って寂しいの。その寂しさを埋めてくれてるのは美紀なんだよ」
「佐助も寂しいの?」
「ああ。また遙を君に重ねてしまうかも知れない。君も元旦那を俺に重ねてしまっても構わない。でもいつか純粋にお互いを想い合える純愛がしたいな」
「純愛…。政宗と遙の恋だ…。憧れるな…」
「でも、俺には愛が分からない。君を抱く事でしか想いを伝えられない。だから、今日も抱かせてくれる?」

そう問いかけると、美紀はさっと頬を染めてこくんと頷いた。

「まだ時刻が早いからね。たっぷりと可愛がって何度も天国を見せてあげる。覚悟してね。こんな風に時間をかけて抱くのは美紀だけなんだから」
「何だか怖いよ、佐助。おかしくなっちゃいそう」
「俺の腕の中で狂えばいいさ。ここは俺達だけの聖域なんだから。今は身体の繋がりだけでもいい。いつか純愛に目覚める日を俺は待つよ」
「私も佐助を愛したい。繋がってる時は、愛されてるって思えるの」
「じゃあ、おいで…」

俺はそっと美紀を横たえて、どのくノ一にもした事がないくらいに全てのテクニックで美紀の身体に快楽を刻み込んだ。

「美紀、俺の事、好き?」
「佐…助…。ああっ、好き…だよ…」
「可愛いね。もっと可愛がってあげる」
「もう…無理…」
「ダーメ。こんな手温いので満足されたら俺が困る。俺なしじゃいられない身体にしちゃおうっかなー」
「ああっ!佐助っ!」

誰にも美紀を渡したくないという気持ちに気付いた日だった。

ヒマワリのような笑顔。
拗ねたような膨れっ面。
楽しい事を考えている時のうきうきとした表情。
俺の前でしか見せない悲しそうな顔。
全てが可愛らしくて愛しくてたまらない。

美紀にとってもその日は思い出の日になったという。

そして…後に俺が重大な決断をするきっかけとなった1日ともなるのだった。


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