Fight -2-

姫の部屋の前に着くと、猿飛が声をかけた。

「姫様、俺だよ。遙と政宗様と片倉小十郎もいるけど、入ってもいい?」
「うん、構わないわ。私、遙と政宗様に謝りたいから」

美紀はにっこりと微笑んで、俺達を振り返った。

「ね?いい子でしょ?」
「美紀、よくやった。猿飛もな。入るぞ」
「はい」

姫の返事を聞いて、俺達は、姫の部屋へ入った。
姫は、点滴をしたまま、身体を起こし、俺達を待っていた。
そして、俺と遙を見ると、きちんと正座をして、そして、手をついて深々と頭を下げた。

「私、遙と政宗様を誤解しておりました。まさか幸村がそんな酷い事をしていたとは、つゆ知らず、遙と政宗様を傷付けてしまいました。申し訳ございませんでした」

遙は、バッグを置いて、姫に歩み寄ると、とても優しい目をして、姫の肩に手を置いた。

「姫様、ありがとう。私達の事を許してくれてありがとう」
「遙、礼を言う必要はねぇよ。姫、狼藉の事は許してやる。俺の側室になる事もねぇ。ただ、今は病に打ち勝て」

姫は、顔を上げて、ぽろぽろと涙を流した。

「政宗様、遙、ありがとう…」

遙はふわりと笑った後、遙も軽く頭を下げた。

「何も知らない姫様を脅してごめんなさい。幸村への報復だったとしても、姫様を傷付けたのは変わりがないから」
「ううん、いいの。貴女、本当は、こんなに優しい顔をする人だったのね。それに、とても綺麗…」
「ふふっ、ありがとう。姫様、今日は、私が診察してもいい?」
「うん」
「遙の腕前は、私以上だから、安心してね」
「うん、美紀の事、信じてるから」

遙は優しく微笑むと、バッグの中から道具を取り出して、診察を始めた。

「姫様、今は熱が下がってるけど、これから発疹…できものが出来てくる。ちょっと御髪を失礼します」

遙は、姫の頭皮を観察して、姫の腕から手まで、じっくりと観察した。
そして、視力の検査をして、ホッと吐息を吐いた。

「あと1日か2日は、猶予があると思います」
「1日か2日…。私、あんな顔になっちゃうの…?」

姫は目に涙を浮かべた。

「私が予防接種から逃げ回っていたからいけないんだ…」
「そうだな。疱瘡は恐ろしい病だ。この俺の右目を失わせた憎い病だ」
「政宗様、ごめんなさい。私は死んでしまうの?あんな顔になって…」
「いや、遙が今、特効薬を作っている。お前はきっと治るだろう」
「えっ!?貴女って、そんな事まで出来るの?」
「私の考えが合っていれば。政宗様に協力して頂きました。それから、姫様も協力して頂けますか?」
「政宗様が…?うん、治るためだったら、何でも我慢する」
「ありがとうございます。では、姫様のお口の中のできものを採取させて頂きます」

遙は、道具をバッグから取り出して、姫に口を開けさせて、できものを採取した。
少し痛そうに、姫の眉が顰められたが、それでも我慢していた。
遙は、小さな試験管にそれを入れると密封して、さらにアルコールで試験管を消毒してビニール袋に入れて、バッグの中には入れずに、バッグを持って立ち上がった。

「姫様、出来うる限り、頑張ります。だから、お気を強く持って、幸村の事を想いながら、病と戦って下さい」
「うん、ありがとう…。貴女も私の味方なのね」

遙は、柔らかな笑みを浮かべながら、軽く頷いた。

「では、私達は、失礼致します」

遙は、部屋を出ると、俺達の部屋へと走り出した。

「お、おい、遙!!」
「政宗、急がなきゃ!!一刻も早く、治療薬を作らないと間に合わない!!」

俺達も遙の後ろ姿を追いかけて、走り出した。
その姿を真田幸村が見ていた事に気付かずに…。

遙は部屋に戻ると、試験管に先ほど採取した水疱の一部を何かで加工してから入れて、美紀も同じ処置をして、遙はようやく疲れたように脱力した。

俺は、遙を抱き締めて、そっと髪を撫でた。

「特効薬は、どれくらいで出来るんだ?」
「最低でも1日。2日様子を見れば間違いないけど、明日から、第一弾の特効薬を姫様に投与するよ」
「そうか…。今日は他にする事は?」
「ただ、待つことしか出来ない」
「分かった。小十郎、玉露を申し付けろ。遙を休ませる。美紀も疲れただろ。茶はお前達の部屋に届けさせるから、少し眠って英気を養え」
「政宗殿、ありがとね。じゃあ、部屋で少しのんびりするよ」

そう言うと、猿飛と美紀は下がって行った。
小十郎は、茶を申し付けると、感服したように吐息を吐いた。

「遙様、貴女は誠に得難いお方です。特効薬をお作りになり、姫と和解し、診察も素晴らしいものでございました」
「ありがとう。でも、特効薬が出来るまで、気が抜けないから…。上手く行くのを願うしかないかな。政宗、疲れたから、タバコが吸いたいな」
「ああ、いいぜ?俺も貰おうか」

小十郎は、すぐに灰皿と水差しを用意して、下がって行った。

遙は、無表情でゆっくりとタバコを吸って、水を飲んでいた。
その肩を抱き寄せて、俺もタバコを吸った。
やつれていた身体も少し回復して来た。
それでも、あんな無理をさせた後だったから、心配でたまらなかった。

「遙、疲れただろ?少し眠ったらどうだ?」
「うん、流石に疲れたよ…。だから、政宗が玉露を頼んでくれて嬉しかった。タバコをもう一本吸ったら、玉露を飲んで寝るよ」
「ああ、そうしろ」

やがて、玉露が届けられて、遙は嬉しそうにそれを飲むと、また点滴を繋いで横になった。
後ろから抱き締めると、遙はすぐに眠ってしまった。

「お前は、本当によくやった。それに、お前は優しい女だ。あの姫にあんな笑顔を見せるなんてな。今はとにかく休んでくれ。早くお前と江戸に帰りたい…」

俺は、ずっと遙の髪をそっと撫でていた。

翌日、遙は、昨日の液体を更に加工して、特効薬を作り、それを持って、姫の部屋に向かった。
姫は少し取り乱していた。

「姫様、どうなさいました?」
「手にできものが出来ちゃったの…。私、死ぬの?」

姫はしくしくと泣いていた。

「大丈夫。特効薬を今日は身体に入れます。それで発疹が治まれば、薬が効いて姫様は治ります。だから、お気を確かに」

すると、姫の表情がぱあっと明るくなった。

「私、治るの…?」
「明日からは、もう少し強い薬を使いますから、今日の薬が効いたら、手の発疹も、口の中のできものも消えて行きます。だから、安心して下さい」

遙は昨日作っていた特効薬を、アレルギー検査の後、点滴で姫に与えた。
姫は、退屈なのか、俺達の恋について次々に質問をして、俺達も懐かしくなって、交互にあの幸せだった日々を話した。
付き添いの乳母はもらい泣きをしていた。
話しているうちに、時間はあっと言う間に過ぎて、点滴が終わった。
遙は点滴を抜く処置をすると、姫に微笑みかけた。

「続きは明日にしましょうね。今日は、あと2回美紀が来るから」
「うん、遙、またね!」

俺達は、部屋に戻って、また言葉少なにタバコを吸い、遙は、特効薬を更に作ってから、また疲れたように、眠ってしまった。

それを翌日も続けると、俺の目にも明らかに発疹が治まって行った。
遙によると、口の中の水疱も改善の兆しが見えているとの事だった。

「政宗、明日は美紀と効き目のダブルチェックをするね」
「ああ、お前は本当に大した女だ。まさか、疱瘡の特効薬を作るとはな」
「賭けだったけどね。効いて本当に良かった…!」

その日から、遙は、少しだけ普通の食事が出来るようになった。
これが明日はもっと食べられるようになるはずだ。
美紀も安堵したように、遙を励ましていた。

そして、3日目、美紀と猿飛も加わり、姫の診察をすると、発疹はほとんど分からないくらいに消えていて、口の中の水疱もほとんど消えていた。

姫の点滴も外して、遙と美紀は、手を取り合って涙を流し、姫を交互に抱き締めて、その回復を祝福した。

「遙、美紀、本当にありがとう…。ぐすっ…ありがとう…」
「姫様、よく頑張ったね、辛かったね…」
「遙が私を許してくれたからだよ…。本当にありがとう…」

猿飛は、微笑ましそうに、3人を眺めていた。
乳母は、涙を袖で拭っていた。

俺達が、晴れ晴れとした気持ちで姫の部屋を後にして、廊下を歩いていた時の事だった。
誰かが猛スピードで走って来て、怒鳴り声を上げた。

「遙!!欺いたなっ!!労咳の貴様が姫様のお部屋を訪れるはずがなかろう!!あの日の屈辱、晴らして見せようぞ!!」

その瞬間、遙はバッグを取り落とし、カタカタと震えながら、俺に縋り付いた。

「真田幸村っ!!てめぇ、何で!?」

俺が遙を抱き締めてやらないと、遙はまた取り乱す。
俺の両手は塞がっている。
美紀と遙を庇いながら、どこまで応戦出来るか…。

俺は、少し戦慄して考えを巡らせながら、真田幸村を睨みつけた。


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