遙を敵だと睨んでいた頃からの思い出が走馬灯のように蘇る。
でも、今日、全てに終止符が打たれる。
俺もけじめをつけなきゃ…。
広間に集まると、お館様と政宗殿は上座に座り、武田の家臣一同と、庭には伊達軍のリーゼント集団が集まっていて、俺達は、下座の最前列に座ってお館様のお言葉を待った。
そこには、真田幸村も姫様も固唾を飲んで座っていた。
広間の空気は、ぴりぴりとした緊張感に満ち溢れ、熱気が漂っていた。
「皆の衆、よう集まってくれた。今日は、皆に伝えたき儀があって、お主らを呼んだ。心して聞くが良い」
「ははっ!!」
家臣一同は、頭を垂れた。
「姫の嫁ぎ先を決めた」
皆は、政宗殿をじっと見つめ、歓喜に満ちたような空気が流れた。
「姫を娶るのは…真田幸村じゃ」
「何と…!!守役と姫様の婚儀とは…!!それでは、武田の家中が…」
「喝!!」
異議を申し立てた家臣を、お館様は目を見開いて黙らせた。
「幸村は、昨日、このわしを超えた。このわしを超えて、姫を貰い受けたいと申した。勝頼は、大将の器ではない。幸村をこのわしの養子とし、武田を背負う漢に育て上げるつもりじゃ!姫との婚儀の暁には、幸村をこの信玄の跡継ぎとして、武田の嫡男とする!」
「真田幸村がお館様を…!!」
「そうじゃ。皆の衆、異議はあるまい」
「ははっ!おめでとうございまする」
家臣一同は、頭を下げて、真田幸村を祝福した。
姫様は、感極まって顔を覆って泣き出し、真田幸村はその肩を抱いて、姫様を宥めた。
「勝頼は、当初の予定通り、諏訪の跡継ぎとする。そして、上田は、幸村の兄、信幸に任せる事にした。勝頼、信幸、良いな?」
「仰せの通りに」
勝頼様と信幸様は、頭を下げて力強く返事をした。
「父上、ありがとうございます、ぐすっ…」
「お館様、其れがしは、姫様をお守りし、お館様の下で、武田を背負う漢に必ずやなりまするっ!!」
「よう申した、幸村よ!!昨日は、誠、見事であった!!」
「ありがたき、幸せ!!」
お館様は、優しい目をして笑いながら、何度か頷いた。
「皆の衆、近々婚儀の仕度じゃ、心してかかれ」
「ははっ!仰せの通りに!!」
「これで、武田も安泰でございますな!!」
口々に、武田の家臣一同が祝福すると、真田幸村は、姫様の肩を抱きながら、静かに涙を流した。
「お館様、ありがとうございまする…!!」
「父上っ、ありがとう…ございます…ぐすっ…」
しばらくその様子を、お館様は優しい目をして見つめ、やがて口を開いた。
「静まれ。他にも報告したき儀がある。遙よ」
「はい」
遙は、緊張した面持ちで返事をした。
「近こう寄れ」
「はい」
遙は、お館様の前に座り、頭を下げた。
「そう硬くならずとも良い。政宗公の隣りに座り、皆にその顔をよく見せるのじゃ」
「はい」
伊達軍の兵士達が緊張して、固唾を飲んでいる気配がびんびんと伝わって来る。
遙が政宗殿の隣に座ると武田の家臣一同は、遙の美しさに見惚れたのか、感嘆の吐息を漏らした。
「何と、お美しい…」
「遙は、わしと諏訪御料人の隠し子じゃ。諏訪略奪の折に生まれ、今まで武蔵との境の辺境で、乳母と共に隠れてここまで秘密裏に育った。7年前、政宗公に見初められたが、行方知れずとなり…神隠しに遭い、政宗公は、遙を7年もの間諦め切れずに探し続けた。遙は、医者となり、身分を隠したまま、父であるこのわしを助けに来た。疱瘡を根絶させ、その功労を願い出た時にようやく身元が知れた、この信玄の実の娘じゃ」
「何と!!では、遙は…いえ、遙様は、お館様の姫様でございましたか!?」
「そうじゃ。政宗公が、縁談を断り続けていたのは、遙を諦め切れなかったからじゃ」
広間にはどよめきが広がった。
嘘だとか、信じられないとか、そのようなざわめきを、お館様は目を見開いて声を荒げた。
「喝!!遙の身元が知れたのは、この懐刀を肌身離さず持っていたからじゃ!!」
お館様は、武田菱の蒔絵が散りばめられた懐刀を懐から出して、皆に見せた。
お館様ってば、そんな物まで用意してたんだ!
流石、お館様!!
「遙は、隠し子の身。政宗公とは身分違いだと、姿を消した。しかし、遙を愛した政宗公は、自らの名刀正宗の懐刀を遙に授けた。遙よ、皆の集に見せるが良い」
「はい」
遙は、予めお館様と打ち合わせていたのか、竹に雀の蒔絵が見事に散りばめられた懐刀を、懐から出した。
それをお館様が受け取り、すらりと抜いて皆に見せると、感嘆の吐息が皆の口から漏れた。
「何と見事な…!!正に、名刀正宗でございますな!!政宗公が、その刀を授けるとは、余程の事でございます!!」
「遙は、俺の半身そのものだ。俺達の恋はたった1月半だったが、深く深く愛し合った。この石榴石の耳飾りも遙と分け合った物だ。俺は、天下を統一しながら、その間も、遙を探し続けた。そして、俺と対の石榴石の耳飾りをした女が甲斐にいると、前田慶次から聞いて、甲斐を黒脛組に探索させて、ようやく見つけた。俺の愛しい愛しい女だ。俺は、遙しか娶るつもりはねぇ。それは、7年前から変わらねぇ」
「聞いての通りじゃ。遙は、妹姫と政宗公の縁談を耳にして、今までこのわしにも身分を明かせなかった。遙の身分については、佐助も確認しておる。そうじゃな、佐助よ」
俺は、打ち合わせ通りに頷いた。
「はっ!仰る通りです」
「あの佐助が!?慎重で冷徹な佐助が確認したのであれば、間違いございますまい!」
お館様は、満足そうに頷いた。
「そうじゃ。異論はあるまい」
「ははっ!!」
家臣一同は、皆、遙に向かって頭を下げた。
「姫様の身でありながら、甲斐の疱瘡を根絶させ、言わば恋敵の妹姫様のお命まで救われたとは、何とお優しいお方…!!流石は、お館様の姫君でございます!!」
「私はお館様の娘である前に、医者です。人の命を救うのは当然です」
遙がそう言うと、皆はまた感嘆の溜息を吐いた。
「何と素晴らしい…!!」
「遙は、こういう女だ。だから、俺は、遙をずっと忘れられなかった。縁談を断り続けたのもそのためだ。でも、俺は、再び遙と巡り会えた。遙、お前に伝えたい事がある」
「えっ!?」
遙は政宗殿と打ち合わせをしてなかったのか、戸惑ったような声を上げた。
「遙、俺の方を向け」
「はい…」
遙は、緊張した面持ちで、政宗殿を見つめた。
政宗殿は、立ち上がり、遙の手をそっと握った。
そして、うやうやしく遙の手の甲にキスをすると、朗々とした声で告げた。
「遙、俺と祝言を挙げてくれ」
その瞬間、遙の目から涙が溢れ出した。
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