これから、くノ一達に会って、裏の仕事は止める事を告げなければならない。
嫉妬の矛先が、美紀向かわないか、とても心配だった。
そして、俺自身も恨まれて制裁を受けてしまう事も…。
制裁を俺は甘んじて受けるつもりだった。
でも、美紀のために、死ぬわけにはいかなかった。
とても、不安で堪らない…。
俺は、美紀を後ろからキツく抱き締めた。
「佐助…?」
「お願い。今は、何も言わないで、このまま抱き締めさせて」
「うん…」
美紀の首筋に顔を埋めると、遙とは別の花の香りがした。
それを胸いっぱいに吸い込むと、少しずつ心が穏やかになって行った。
美紀の耳元にキスをして、また正面から抱き締めて、何度か触れるだけのキスをして、身体を離した。
「美紀は、ここで待ってて。くノ一達とけじめをつけて来るから。何も心配しないで、待ってて」
「そんな事して大丈夫なの?」
「もう、君だけを愛したいから。だから、けじめをつけなきゃ。行って来るよ」
そっと美紀の頭を撫でて、俺はくノ一達の待つ、例の部屋へと向かった。
部屋に入ると、くノ一達は頭を垂れて俺を待っていた。
ただ、以前と違うのは、皆、着崩した浴衣ではなく、忍装束を身に纏っている事だった。
俺は、緊張感に満ち溢れた部屋で、彼女達の制裁を覚悟した。
「みんなに話したい事がある」
「はい」
皆は静かに答えた。
「君達をいいように利用しておきながら、こんな事を言ったら殺されても仕方ない。でも、死ぬわけにもいかない。俺は、もう、君達を縛り付けるのを辞める。つまり…もう君達の事を抱かない」
彼女達は、緊張感を緩めて、そして泣き出す子もいた。
「今まで、ゴメンね。嫌だった子達もいるよね。俺を恨んで殺したい子達もいるよね?」
「そんな事、ありません!!」
皆が、顔を上げて、真剣な顔をしてそう言い放った。
「私達は…私は、佐助様が本当に好きでした。抱かれる快楽よりも、そのお人柄が好きでたまりませんでした。だからこそ、佐助様の手足となるのも喜んで務めて参りました。そして…佐助様が苦しんでおられるのも知っておりました…。そう、遙様が現れてから、より一層そう感じておりました…」
「佐助様は、本当にお優しいお方です。私達を抱きながら、心で泣いてらっしゃるような気がしておりました。ですから、お館様に、この業から解き放たれたいとおっしゃった時に、私達は、本当に嬉しかったです。佐助様をこれ以上傷付けたくなかったのです」
俺は、皆の意外な言葉に絶句した。
今まで完璧に演技をして来たはずなのに…。
くノ一の数人が、柔らかくくすりと笑った。
「佐助様を愛してしまったからこそ、私達へ向けられるのは愛ではないと気付いておりましたから。私達が決して愛されない事も分かっておりました。そして、佐助様が遙様に恋をして苦しんでおられる事も存じておりました。その実らなかった恋に苦しむ佐助様のお心を、美紀様が救われた事も…」
全て見透かされていて、俺は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「伊達に、焔様にもお仕えしておりませんから、そのくらいの事は分かります。そして、そんな佐助様の事を私達はお慕いしております。それは、これからも変わりません。佐助様の幸せが、私達の望みです」
「俺の幸せ…」
「そうです。愛を知らない佐助様が、女人に愛され、そして愛を知っていくのが私達の願いです。美紀様なら、佐助様のお心を救われるでしょう。私達は、佐助様のお部屋に近づく事すら禁じられておりましたから。それだけ、佐助様は、美紀様を大切にされているのだと私達には分かりました。もしかしたら、佐助様はまだ愛を知らないかも知れませぬが、いずれはきっと…」
そう口々に言う、皆の表情はとても穏やかだった。
何だか、その優しい言葉に救われるような気がして、目頭がじんとして来た。
「みんな…ありがとう…。俺、最低な男なのに…」
「最低ではございません。心の綺麗なお方です。だからこそ、私達は佐助をお慕いし、これからも佐助様に従う所存でございます」
堪えて来た涙が、すうっと頬を伝って行くのが分かった。
「さぁ、佐助様。私達にご命令を」
「うん…。離反したい子は、くノ一を辞めて幸せになって。俺について来る子達は、これからは主は政宗様。江戸に向かって明日には出発するから、旅の仕度と、この里の撤収を。また甲斐を訪れるために、最低限のものは残しておくように」
「かしこまりました」
「あと…みんな、本当にありがとう。俺、救われた。みんなの事、大好きだよ。俺について来てくれて、ありがとう。本当にありがとう…」
「そんな佐助様の事、私達も大好きですよ。では、ご命令通り、撤収の作業を致します」
「ああ、頼んだよ」
「佐助様は、美紀様の所へ早く」
「うん、分かった。じゃあね」
「はい、また明日…」
俺は、涙を拭って部屋を後にした。
そして、美紀の待つ、俺の部屋へと急いだ。
襖を開けると、美紀は祈るように両手を胸の所で組んでいて、俺の姿を見ると、体当たりをするように抱き付いて来た。
「佐助、大丈夫?どこも怪我してない?」
「大丈夫だよ。情けない事に、くノ一のみんな、俺が裏の仕事に苦しんでいる事に気付いてた。遙に恋をしてた事も、それを癒してくれたのが君だって事も…。その上で、俺の部下であり続けたいってさ」
「そうなんだ…。私、嫉妬の標的になる?」
「それはないよ。みんなの願いは、俺が君と幸せになる事だってさ。知らなかったのは俺だけみたいで情けなかったよ…」
はぁっと溜息を吐くと、美紀はくすくすと笑った。
「そんな佐助だから、みんな放っておけないんだよ。私も含めてね」
「君って、俺に同情して抱かれてる訳?」
「そんな事、ないよ。前にイケメンは苦手って言ったじゃん。佐助には私の弱みを見せられたし、佐助は、それを受け入れてくれた。だから、佐助といると安心するんだよ?」
「そっか…。なら良かった」
脱力したように美紀に身体を預けると、美紀はゆっくりと座って、そのまま俺は、美紀に覆い被さって、キスを繰り返した。
柔らかな唇に触れていると、とても安心する。
二人同時に甘い吐息を吐いて唇を離した。
「この部屋も、今日が最後かな。また甲斐には来ると思うから残しておくけど、あの温泉気に入ってたし、君との思い出は、この部屋が中心だったから、何か淋しいよ…」
「そうだね。あの温泉、私も好きだったなぁ」
「江戸には温泉ないのかなぁ」
「にごり湯はないなぁ。でも、大丈夫。温泉の素持ってるから、有馬だろうが、草津だろうが、温泉に似たお風呂には入れるよ?」
「君って何でも持ってるんだねぇ。あ、遙もか。なら安心だ」
「ねぇねぇ、佐助。出発前に、一度でいいからまた温泉に入りたいなぁ」
ヒマワリの笑顔でそう言う美紀が可愛くて仕方なくて、俺は、またキスをして頭を撫でた。
「一度と言わず、何度でも。今日は丑三つ時くらいまで、君を寝かすつもりはないからね」
耳元でそう囁くと、美紀はほんのりと赤くなった。
「医者は体力勝負なんだろ?大丈夫だよね?」
また耳元でそう囁くと、美紀は恥ずかしそうにこくんと頷いた。
「じゃあ、お望み通り、まずはゆっくりと温泉に浸かろうか。おいで…」
ゆっくりと美紀の着衣を脱がせて行って、俺も手早く忍装束を脱ぎ捨てると、美紀を抱き上げて、外に出た。
美紀が寒そうに身震いをしたので、すぐに温泉に浸かると、美紀は、ホッとしたように吐息を吐いた。
「わぁ…!星が綺麗!」
「だろ?」
「うん!」
「遙とあの星々が重なって見えた事もあったなぁ。その時、Eternal Flameを少しだけ歌ったんだ…」
「ああ、遙が政宗を想ってる時によく歌ってたよ…」
「これで合ってるかな?」
俺は、記憶を辿りながら、歌い始め、美紀の目を閉じさせて、手を俺の胸に当てさせた。
美紀は、くすくすと笑って目を開けた。
「温泉入ったら、心拍数が上がるのは当たり前じゃーん。それに、佐助にはなんだか似合わないな」
「こら、可愛くない事を言う口はどれかな?」
俺は、美紀の顔にお湯をパシャパシャとかけて、そして、深いキスをした。
美紀が苦しそうに俺の胸をとんとんと叩くまで、俺は、キスを続けた。
「苦しいってば!」
「ふーん、その割に随分と気持ち良さそうだったけど?」
そう揶揄すると、美紀は頬を染めた。
「だって、佐助、キスがものすごく上手いし…蕩けて死ぬかと思った…」
「じゃあ、もっと気持ちいい事する?蕩けて天国が見えるかもよ?おいで」
何か言おうとする美紀を抱き上げて、部屋に戻ると、俺達は、夜が更けるまで、何度も身体を重ねた。
疲れ切った美紀は、やがてすやすやと眠りに落ちて行って、俺も胸いっぱいになんだか幸せな気持ちになって、美紀を抱き締めたまま、朝まで眠った。
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