私の背後で白い扉がすっと消える。
その瞬間、ああ、私はあの世界から消えてなくなってしまったんだ、とぼんやりと思った。
悲しいけれど、先ほどまで散々泣いてしまったので、もう涙は出て来ない。
「準備は出来たみたいだね、如月遙」
私は静かに頷いた。
「もう一度説明するけど、君が政宗にすぐに会える確率は決して高くない。でも、君には何としてでも政宗にもう一度出会ってもらわなくてはならない。こちらの世界に来ても、君が生計を立てる上で困らないよう、最低限の医療器具を用意した」
私の目の前にボストンバッグが現れる。
「外科手術が出来る機材が入ってる。点滴の器具もだ。それから、これを君に渡そう」
私の目の前にふわりと浮かび上がったのは、iPadとスマホだった。
私はそれを手に取った。
「君の世界で言う、いわゆるスマートフォンに似た物かな。本来の通信機能はもちろん使えない。でも、君が必要とするだろうデータベースやソフトウェアはオフラインで使えるようインストールしてある。ソーラーで動くから、故障しない限りずっと動く。他の電子機器も全部ソーラーだ。それから気休め程度だけど、君のPCに入ってたデータは全部そこに移してある」
「ありがとう。でも、折角ソーラーが使えても、薬も消耗品の器具にも数に限りがあるんじゃないの?」
彼はゆっくりと首を横に振った。
「ゲームの中には、消耗品でも無限に供給される物があるのは知ってるよね?少しプログラムをいじらせてもらった。薬や検査キット、カルテや筆記具などの消耗品は、君のバッグから無限に取り出せるようにしておいた。君の常識からは外れるかも知れないけど、特別措置だと思って欲しい。君の任務が完了したら、この特別措置は終了する。最後に、君の身を守る道具を渡そう」
目の前にハンドガンが現れて、私は息を呑んだ。
「君が、こんな物を使わないで済むのが一番いいんだけど、僕が君のために出来る事なんて限られてるから。君が体験して来たクレー射撃とは全然違うけど、ないよりマシだろう。使い方も分かるはずだ。銃弾も当面は無限に供給されるようにしてある。本当は君を武術の達人とかにしてあげればいいんだろうけれど、そうしたら、君が君でなくなる。だから、君の装備を多少いじってあげる事しか僕には出来ないんだ」
ハンドガンを手に取ると、それはずっしりと重かった。
出来れば使わないで済んで欲しい。
「そんなに、私が政宗と出会える可能性は低いの?」
こんなに色々用意されてしまっては、自活していけと言われているようで不安になる。
「出来るだけ精度は上げたつもりだから、僕の杞憂かも知れない。すんなり政宗に会えると僕は信じてる。ただ、念には念を入れないと。僕が君に会えるのはこれで最後だ。君が僕の世界に来てしまったら、僕はもう君に干渉する事が出来ない。どんなピンチになってももう僕は君を助けられないから」
私はスマホとハンドガンをコートのポケットに入れ、iPadをバーキンに入れた。
そして機材の入ったバッグを肩にかけて、エルメスのバッグを持つ。
「君の幸運を願う。平和な世界になっているはずだから、そんなに心配は要らないよ。さあ、これが政宗の世界に通じてる扉だ」
目の前に、濃いブルーの扉が現れた。
「この扉を抜ければ、君のデータは全て移送される。さあ、扉を開けて」
少し躊躇いながらも、言われるままに扉を開けると、眩い光に包まれて、私はあまりの眩しさに目を閉じた。
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