幸村の瞳が輝く。
佐助はそれには応えず、鋭い視線を私に向けたままもう一度尋ねた。
「何をしてるのかって聞いてるの」
視線だけで殺されてしまいそうなほど、怖かった。
生まれて初めて殺気というものを向けられて、恐怖で身が竦む。
背中を嫌な汗が伝っていき、治療の手が止まってしまった。
怖くてたまらない。
これが、戦国時代なんだ…。
「佐助、止めよ!遙殿は医者ぞ!お館様を救おうとしてくれているのだ!」
「ヘェ〜、医者?そんな道具使って治療する医者なんて見た事ないけど?忍頭のこの俺がね」
やっぱり怪しまれている。
当たり前だ。
この道具はどれも20世紀になってから当たり前に使われるようになったと言ってもいいくらいだ。
「遙殿、構わぬ。続けてくれ」
「はい」
幸村に促されて、私は吸引器で毒を吸い出す作業を再開した。
佐助は大仰に溜息を吐き、そして、信玄公を挟んで私の前に座り、私の手元をじっと見ていた。
応急処置であれば、傷口の血を絞り出すようにしながら水で洗浄し、吸引をする。
汲んで来てもらった水が清潔かどうか気になったけれど、破傷風を防ぐためにトキソイドと抗生剤を打ってある。
私は傷口の切開をして毒を吸引する事にした。
「お館様。麻酔をかけて傷口を切開し、毒を外に出します。麻酔の注射は少し痛むかも知れません」
「何のこれしき。構わぬ。続けよ」
「はい」
発熱しているのか、または痛みのせいか、信玄公はとても苦しそうだ。
着物の下半身をはだけて、布を脚の周りに敷き詰める。
傷口をよく水で洗浄し、さらしで拭き取る。
私は麻酔のアンプルを取り出し、注射で吸引した。
佐助は興味深そうに、また、疑り深い視線でその動作をじっと見ていた。
消毒をして注射をすると、信玄公の眉が顰められた。
佐助が思わず手を出しそうになって、信玄公がそれを止める。
私はその間にメスを消毒した。
そして、局所麻酔をした箇所に触れる。
「触れる感覚はありますか?」
「いや」
「ならば大丈夫です」
佐助が何か言いたそうな表情を浮かべていたけれど、私は構わず続けた。
毒の吸引は咬まれてから1時間以内に行うのが最も有効だ。
タイムリミットぎりぎりだった。
メスで切開すると、浮腫を起こしていた足から血が流れ出した。
絞るようにしながら吸引器で毒を吸い取っていく。
「お館様、痛みませんか?」
佐助が尋ねる。
信玄公は、ゆっくりと首を横に振った。
「痛みがましになったようじゃ。切開はまだか」
「いえ、今、小刀で切開している所ですが」
「そうか。全く痛まぬ。触れる感覚もない。不思議なものじゃ」
佐助だけではない。
信玄公にも怪しまれてしまった。
それでも、治療を止める訳にはいかない。
血をよく洗い落とすと、私は傷口を医療用フィルムでラッピングした。
また膿んできたら排膿しなければならないので、縫合はまだ早い。
微生物や感染症の概念がない彼らに説明するのは難しそうだったから、私は何も言わなかった。
先ほど行なった、アレルギー検査の皮下注射にアレルギー反応が出ていない事を確認して、私は点滴のチューブにマムシ抗毒素血清の点滴を繋いだ。
後は、浮腫が酷くなければ、減張切開は必要ない。
体液減少に備えて、点滴を続ければいい。
「これで当面の処置は終わりました。これから数日間、この管から水分を身体の中に補う必要があります。マムシの毒は出血性毒です。今後、戦での古傷から出血しないとも限りません。どこか気になる所があれば、すぐにおっしゃって下さい。また、傷口が膿むようであれば、膿を絞り出さなければなりません」
「あい分かった。ご苦労だった」
「数日間は経過を見る必要があります。おそばに控えていてもよろしいですか?」
「構わぬ。良きに計らうが良い」
「ありがとうございます」
傷の処置のために敷いていた布を片付けていると、幸村が溜息を吐いたので、私は顔を上げた。
「手早い処置、其れがし感服致しました!」
「そうだね、まるで忍みたいだね」
佐助は鋭い視線で私を睨みつけていた。
「どこの忍の者かな?傷口の切開も、筋肉の流れに沿ってる。そんな事知ってるの、忍くらいだ。それにしては、この俺でも見た事のない処置だし。何が目的?」
刺々しい口調で責められて、心なしか胃の辺りがきゅうっと縮む思いがした。
「私は医者です。それ以上でもそれ以下でもありません。あえて目的を挙げるなら、病気の人や怪我人を助けるのが目的です」
小さな声でそう言うのがやっとだった。
本当は政宗に会う事が目的だったけれど、そんな事、殺気が恐ろしくて言えなかった。
幸村が取り成すように佐助を窘める。
「良いではないか、佐助!お主も知っておろう。1匹のマムシならともかく、4匹ものマムシに咬まれて無事だった人間などおるまい!まずはお館様を救う事こそ先決ぞ!」
「そりゃそうだけど」
「それに俺には遙殿が忍には思えぬ。気配が違うからな。お主のように、忍はいつも気配を消しているではないか」
「まあ、そうだね。だけど、旦那、俺は解せないんだ」
そう言うと佐助は立ち上がり、私のそばに座ると私の手を取った。
「少し荒れてるけど、日にも焼けていない。古傷の跡もない。まるで姫様みたいな手をしてる。俺が知ってる医者の手とも違う。それに、その格好、見た事もないしね」
何も言う事が出来ずに、私は俯いてしまった。
「佐助、止めよ」
信玄公の声がして、私達は信玄公を振り向いた。
「遙殿がわしを助けようとしてくれているのが、わしにはよう分かる。わしは姫の縁談をまとめるまで死ぬ訳にはゆかぬ。遙殿を追い出すような事は断じて許さぬ。詮議するのであれば、わしが回復してからわしが直々に致す。その時、お主も意見があるなら言うが良い」
佐助は深々と首を垂れた。
「承知致しました」
納得しているのかしていないのか、よく分からない表情で佐助は答えた。
それから数日間、私は、ろくに寝ないで信玄公の手当を続けた。
ここにはナースもいない。
何かあった時に私が寝込んでいる訳にはいかなかった。
やはり浮腫が酷くて脚を減張切開し、膿んだ傷口を何度か排膿した。
血液検査も行なった。
バッグの中に入っていた血液検査のキットは見た事もない物だったけれど、基本的な生化学検査が出来る便利な物だった。
幸い腎臓関連の数値は思ったより悪くない。
腎不全は回避出来そうだ。
幸村は、やはり毒の影響か、2日目に発熱してしまったので、点滴を打った。
思ったより針を刺すのが痛かったらしく、点滴をした後は、しょげてしまって元気がなかった。
それでも、寝込んだのは1日で、毒の影響はさほどなかったようで安心した。
信玄公は、咬まれた腕から首にかけて酷く腫れてしまって、食事も喉を通らない状態だった。
そこで、栄養剤の点滴も追加した。
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