お館様の身体の浮腫みもやっと引き、普通に食事も出来るようになった。
配下の忍から、お館様が4匹のマムシに咬まれたと聞いた時には、流石にこの俺でもお助け出来ないと思った。
でも、遙という不思議な医者が助けてしまった。
何者なんだろう…?
俺は、配下の忍に、遙がどこから来たのか探らせた。
そして、ついに目撃証言を得る事が出来た。
お館様様と真田の旦那がマムシに咬まれた現場からそう遠くない所に、遙は突如として姿を現したらしい。
やっぱり忍だろうか?
最近、配下の忍や町人までもが忽然と姿を消す事がある。
人々はそれを神隠しと呼んでいる。
最初は裏切りや人攫いかとも思った。
でも、いくら探しても、この日の下のどこにも見当たらないのだ。
何か、関係があるかも知れない。
神隠しを引き起こした張本人かどうかは分からないけれど、何か関係がありそうだと思った。
それに、お館様の治療を思い返しても解せない事だらけだ。
医者というものは、本来薬湯を煎じて飲ませたり、鍼治療を行ったりするものだ。
しかし、遙はお館様の脚を切開して毒を外に出した。
その手際の見事さは、忍頭である俺が一番よく分かる。
解毒薬や、身体を切ったりする治療は忍の奥義の一つだ。
しかも、あの麻酔薬は忍が使う痺れ薬よりも効いて、後遺症が残らないらしい。
もし忍だったら相当手練れの忍だ。
それに…。
芯が強そうで、真っ直ぐな性格に見えるけれど、あの子は何か隠している。
ふとした拍子に瞳の奥で、何か後ろ暗いものが揺れている感じがした。
配下のくノ一達に通じる雰囲気も持っている。
武田に仇をなすかどうか分からない。
それでも、あの治療の技術だけでも雇い主は山ほど現れるだろう。
遙の力を巡って戦が起きても不思議ではないくらいだ。
武田に留め置くかどうするか…。
きっと、敵に回したら、厄介だ。
あの子を逃がす訳にはいかない…。
確かめなければ…。
お館様や真田の旦那とあの子の処遇について話す事になっていたので、俺は広間に急いだ。
広間に着くと、お館様、真田の旦那、そして遙がいた。
お館様は、まだ治療の傷跡が残っているものの、風呂に入れるほどまで回復した。
上座にお館様が座り、着物に着替えた遙と真田の旦那がその前に控えていた。
「佐助よ、よう参った。約束通り、遙の詮議を致す」
お館様がそう言うと、遙は拳を膝の上で握り締め、びくりと身体を震わせた。
「率直に申す。のう、遙よ。そなた、どこから参ったのじゃ?」
「…到底信じて頂けないと思います…」
遙は俯いて、小さく震える声で答えた。
お館様は「ふむ」と頷いて、人好きのする笑みを浮かべた。
「この武田信玄を見くびるでないぞ、遙よ。そなたがおらなんだらこのわしは到底助からなかった所よ。そなたの治療が普通の医者と違う事も分かる。その上で訊ねておるのじゃ。そなたの申す事、わしは信じよう」
お館様にそう言われて遙は顔を上げた。
まだ迷っているようで、切れ長の瞳が不安気に揺れている。
やがて、遙は決心したように話し始めた。
「ここではない、異世界から来たのだと思います。気が付いたら、知らない場所にいて、実際、今、自分がどこにいるのかも分からないのです。私の世界では、医者なら当たり前のように私と同じ治療をします」
「何と、異世界でござるか!!」
真田の旦那が驚いたように声を上げる。
お館様は納得したように頷いた。
「やはり思った通りじゃ。ここは、甲斐の国よ。わしは、甲斐の国を治める武田信玄。こちらに控えておるのは、真田幸村と猿飛佐助じゃ」
遙は頷き軽く会釈をした。
「私のいた国は日本です。甲斐の武田信玄公は、私の世界の歴史に残っています。私の世界は未来の世界かも知れません」
「それは真か!?甲斐は何と歴史に残っている?」
「最強の騎馬隊と、高度な分国法を持つ国だと」
遙がそう言うと、お館様は嬉しそうに笑った。
「そうか、そうか。それは武田の誉れよ。そなたが未来より来たのであれば合点がいく。そなたも神隠しに遭ったのであろう。甲斐の国でも神隠しが起きていてのう。それは心細かったであろう。しかし、そなたが帰れなくてもわしはそなたを悪いようにはせんわ。佐助よ、何か申したき議があるか?」
未来から来たという事に、俺は内心驚いていた。
それならば全て説明がつく。
突然現れたのも神隠しだったのだろう。
それでも、俺は、遙が手練れの忍で、お館様をたぶらかそうとしているのでは、という疑念が拭えなかった。
遙はきっと真実を話しているはずなのに、やはりまだ何か隠している臭いがしていた。
「身柄を武田で預かる事に俺は賛成です。遙の存在は異質で、しかも、俺達では考えられない技術を持っています。遙の技術を巡って戦が起こっても不思議ではありません。遙の存在は隠すべきです。それに仮に遙が忍だったら、俺が何とか出来ます。他に行く所がないし、構わないよね、遙ちゃん?」
そう言うと、遙は固まってしまい、そしてしばらく後に曖昧に頷いた。
行く場所もなくて、世話してくれる所が見つかっただけでも幸運なのに何を躊躇うんだろう。
「そうよのう。しかし、政宗公にまで伏せるのは如何なものか」
お館様のその呟きを耳にして、遙はびくりと肩を震わせた。
…もしかして、伊達の間者…?
この世界に知り合いのいない遙がこうも反応するとは、伊達と何か繋がりがあるのかも知れない。
俺はたたみかけるように言った。
「まだ時期尚早かと思います。遙が俺達の世界に慣れてからでもよろしいのではないですか?それより俺は遙を巡って戦になる事の方が気がかりです」
そう言うと、お館様は少し思案してから頷いた。
「佐助の言う通りじゃ。争いに巻き込むのは不憫よ。あい分かった。しばらく遙の存在は伏せ、武田で身柄を預かる。そして、病の領民を助けさせよう」
それからしばらく他愛ない会話をして、詮議は終了となった。
遙が与えられた部屋に戻っていく。
俺にはやらなければならない事があった。
遙の正体を確かめる…!!
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