石榴石 -1-

私が甲斐に留まる事が決まってから10日程が過ぎた。
信玄公の命を受け、病の領民達の治療に当たる他、何の進展もない。
私は政宗に会いに行かなければならないのに、自分一人では、何も出来ない。

私の医療活動には必ず幸村が付き添った。
私を守るためだと言っている。
そして、しばしば佐助も私の治療に同行した。
佐助の姿が見えなくても見張られているようで、もし仮に私が逃げ出したら、すぐに殺されてしまうのだろう。

唯一の救いは、『当面の間』私の存在を伏せると言う事だった。
信玄公は、いつかは政宗に会わせてくれるのかも知れない。
早くその日が訪れて欲しい。
本当は、詮議された時に真実を告げれば良かったのかも知れないけれど、そうするには、お互いに信頼関係で結ばれていなければならなかった。
でも、初対面でそんな事、不可能だ。
少なくとも、佐助は私を疑っていた。
それに、異世界から来たという事を受け入れてもらえるだけでも普通なら有り得ないのに、政宗と結ばれるためにこの世界に来たなんて、到底信じてもらう自信なんてなかった。

これだったら、まだ、一人でこの世界で生きていく方が自由だったかも知れない。
身柄を拘束されている訳ではないけれど、私には自由がなかった。

そんな折、ある男性が甲斐の武田の屋敷を訪ねて来た。
幸村が槍の稽古をしているのを私がぼんやりと眺めている時に、彼はふらりと庭に現れた。

「よう!幸村!相変わらず暑苦しいねぇ!あれ?でも、今日は綺麗な女の子がいる…。男臭くてカビ生えちゃうんじゃないかって心配してたけど、隅に置けないねぇ!あんたのいい人かい?この〜っ!!」

陽気な笑みを満面に浮かべた前田慶次だった。

「めめめ滅相もござらん!このお方は、大事なお客人でござる!しばらく甲斐にいる事になったのだ」

幸村はやはり、『医者』とは紹介してくれなかった。
私の存在は隠されている。
甲斐の国では医療活動を行なっていても、表向きにはその存在はない事にされている。
せめてこの存在だけでも広まれば政宗が私を探しに来てくれるのに、と思うと切ない。

「何だ、つまんないの。俺は前田慶次。あんたは?」
「如月遙です」
「遙ちゃんか。いい名前だね!綺麗で可愛い顔してるし、何か肌もすごく白くて綺麗だ。姫様みたいだね」
「そうですか?」

ゲームで見た通りの、ちょっとナンパな感じの、人のいいお兄さんといった風貌で、思わず笑みが零れる。
くすりと笑うと、慶次はますます笑みを深めた。

「笑った顔もいいねぇ!隣に座ってもいいかい?」
「どうぞ」

そう言うと、慶次は私の右隣りに腰かけた。
幸村はじっと私達のやり取りを眺めていたけれど、軽く頭を振って、私の左隣りに座った。

「少し休憩をする。そなたとは手合わせをしたいが、相変わらず断るのだろう?」
「そう言うこった」
「此度は何故甲斐に?」
「京に帰る途中にふらっと寄っただけさ。せっかくなら諸国を見て来て、気が付いた事があったら知らせてくれって政宗に言われてるしな」

『政宗』という名前を聞いて、心臓が跳ねた。
もしかしたら、慶次が私の存在を政宗に伝えてくれるかも知れない…!

「何も変わった事などござらんよ」

すぐに幸村がそう否定した。
信玄公がマムシに咬まれた事も伏せられているようだった。
佐助と違って、幸村は抜けた所があると勝手に思っていたけれど、知将と名を馳せる歴史上の幸村と同じように、きっちりする所はきっちりしている。
私が話す事全て、聞き逃してもらえなさそうで、言うべき言葉が見つからなくて、私は視線を落とした。

「あれ?その耳飾り」

ふと、慶次が声を上げて、私の右耳をまじまじと見つめた。

「それ、政宗が左耳にしてるのとよく似てるね」
「え?政宗…?」

政宗は、いまだに私を想って、ピアスを外さないでいてくれるんだ。

そう思うと、胸がときめいて、苦しいくらいに胸が高鳴る。

「遙殿。伊達政宗殿は、この国の天下を取った男でござる。とは言え、無理矢理に支配もせず、戦も起きなくなって、我らにとってとても平和で生きやすい世にしてくれた。其れがし、勝手に好敵手と思っており申したが完敗でござる。それ故、お館様は、姫様を政宗殿の下に嫁がせたいのでござるよ」

姫様を嫁がせる…?

政宗が縁談を断り続けているのは知っていたけど、そのお相手は信玄公の姫様なの…?

マムシの咬傷の治療の時に、信玄公は、姫を嫁がせるまでは死ねないと言っていた。

まさか政宗の縁談の相手が武田の姫様だなんて…。

いつか信玄公に本当の事を話せたらいいと思っていたけれど、それは到底無理だ。
私は姫様の恋敵なのだから。
それでも、政宗がまだ私を想っていてくれる事が救いだった。

「あんたも政宗みたいに辛い恋をしてるのかい?」

ふと、慶次が遠くを見るような眼をして呟いた。

「政宗殿が!?やはり、噂は真であるか!?」

幸村が驚いたように声を上げた。

「それが真ならば、何故、姫様をなかなか娶らぬのか合点がいく。どのようなお相手でござるか?」
「やっぱり噂になっちまってるか。そりゃそうだよな。名立たる武家の姫君との縁談を片っ端から断ってる。謙信みたいに出家してる訳でもない。そうしたら、極度の男色か、想い人がいるんだろうって誰でも思うよな…。俺も詳しくは知らねぇんだ」

慶次は言葉を切って、じっと手元を見るように視線を落とした。

prev next
しおりを挟む
top