天守閣に登ると、江戸の城下町が一望出来て、町のはるか彼方に海が見える。
月に照らし出されて、全ての物が色を失い、輪郭が美しく映し出される光景。
何年も前、忘れもしない、遙との新婚旅行で遙を激しく抱いたあの浜辺を思い出す。
浜辺の風景も息を呑むほど綺麗だったが、一番美しかったのは乱れた遙の表情と半裸の身体だった。
思い出すと、まだ胸がじんじんと疼く。
なぁ、遙。
やっぱり、俺、お前じゃないとダメなんだ。
お前に似た女もいたけど、でも、俺が愛してるのは、今でもお前一人だけなんだ。
こうして月を眺めていると、想いが溢れ出す。
そして、その想いを月が遙の下へ運んでくれそうな気がして、いつもの歌を歌う。
Eternal Flame。
この曲のタイトルのように、胸の奥に秘めてる熱い想いの炎は永遠に燃え続けるだろう。
お前も同じように感じているか…?
これまで、幾度、この歌を歌って来ただろう。
小十郎以外の誰にも言えない、この気持ちを幾度歌に託しただろう。
言葉にするとますます想いが募って苦しくなる事もある。
それでも、その苦しささえ甘い痛みを伴った。
他の女の事なんて考えたくない。
そんな事を思いながら、また最初のphraseから歌い始めた時の事だった。
背後から小十郎が現れた。
「政宗様。前田慶次が来ております。明日出直せとは言ったのですが、どうしても甲斐で見た、石榴石の耳飾りの女について政宗様に聞いて頂きたいというものですから」
garnetの耳飾りは、江戸の城下で流行ってるから珍しくもない。
だが、甲斐で見たと言うのが少し気になった。
もしかしたら、ただの行商人かも知れないが、それならば、前田慶次がこんな夜更けにわざわざ江戸に戻って来るはずがない。
遙と関係あるのか…?
以前、俺の前に遙という名の、遙そっくりの女が現れた。
でも、俺達の愛の記憶は全く持っていなくて、姿形は似ていても、性質が違った。
面影を重ねたら恋してしまいそうになるのに、でも、俺はその女を愛せなかった。
今回も遙の偽物かも知れない。
それでもとりあえず話は聞いた方が良さそうだった。
「前田をここに呼んでくれ」
「はっ!承知仕りました」
しばらくして、前田慶次が天守閣に現れた。
「よう!政宗!いい眺めだねぇ。夜遅くに悪いね」
「江戸を立って、京に向かったお前が戻って来たんだ。何か重要な事を聞いて、俺に知らせに来たんだろ?」
「流石、政宗。話が早い」
「早速だが、石榴石の耳飾りを着けた女について聞かせて欲しい」
そう、俺が言うと、慶次はとても真剣な表情になった。
「その前に、あんたの耳飾りをちょっとだけ見せてくれよ」
本当はあまり誰にも見せたくなかったが、その為に前田がこんな夜更けにやって来たに違いないので、俺は渋々ながら遙と分け合ったピアスを晒け出した。
前田はしばらくじっと眺めていたが、やがて、「やっぱり似てる。瓜二つだ」と呟いた。
「何と似てるんだ?」
「今日、甲斐に行ったら見かけない女の子がいてさ、その子の右側の耳朶につけた耳飾りがあんたのとよく似てるんだよ。こんな見事な石榴石、珍しいしね」
右側に着けた俺のと似たgarnet…。
遙のピアスを連想させる。
でも、市中にも、様々なgarnetのピアスが出回ってるからそれだけでは決め手に欠ける。
「それだけじゃ、江戸の流行りが甲斐にも伝わっただけかも知れないと思ったさ。でも、あの子のあの表情…。政宗が時々見せる表情にとても似てたから…」
「俺が見せる表情?」
「ああ。会えないのが分かってるのに、恋しくて堪らない。今でも愛してる。言葉にしなくても、切なげな視線からそう伝わって来たよ」
遙のその表情が容易に想像出来る。
だが、たまたまgarnetのピアスをした女が、遙と似た境遇にある事だって考えられる。
「その女の名前は?」
「遙だって」
「何っ!?」
遙が…。
遙が、この世界に来たのか?
いや、待て。
遙は結婚すると言っていた。
俺への想いも捨てなきゃならないって。
ならば、また遙の偽物か…?
それにしては似過ぎている。
「あんたの想い人かと思ったけど、違ったかい?」
「あいつは遠い世界にいるから、この世界にいるはずがねぇんだ。でも、それにしては気になるな。Thanks, 前田。伊達の方でも調べてみる」
「そうかい、良かった!今日は泊らせてもらってもいいかい?」
「構わねぇよ。小十郎」
俺が呼ぶと、すぐに小十郎が現れた。
「甲斐にいる遙という女について、黒脛巾組にすぐに調べさせろ」
「はっ!直ちに伝令を飛ばします。では御前を失礼致します」
遙なのか、そうでないのか。
遙と名乗る女が連れて来られて、また以前のように傷付いてしまうのかと思うと怖かった。
遙、遙…。
お前もこの月を見上げているか?
俺を想って歌ってくれてるか?
同じ世界で同じ月に想いを託しているならば、俺達の運命は再び交わる。
遙、早く俺に会いに来い。
そう願わずにはいられなかった。
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