感染が拡大しているのは、街道と城下町の間のいくつかの集落で、主要幹線からもそう遠くない所だという事だ。
感染者の数は数十人程度。
しかし、いったん街道や城下町に通じる道から感染者が流れ出したら、一気に感染者数が増加する事が容易に想像出来た。
果たして、私一人で、感染者を隔離できるのかどうか…。
切実にスタッフが欲しいと思った。
しかし、今、まず行わなくてはならないのは、私と幸村のワクチン接種だ。
「薬を身体に入れます。肩を出して下さい」
私は種痘用の特別な針とワクチンをバッグの中から出した。
廃止されて久しい一度も扱った事のない道具で、理論上しか接種の仕方は分からない。
二股の鉾のような形の針を、生きた牛化人痘ウイルスの入った液に浸し、90度の角度で腕に突き刺して、円形の傷を付けるようにして接種するのだ。
針で刺して筋肉注射をする訳ではない。
聞いただけでも、痛みが想像出来てしまうような、嫌な予防接種だ。
幸村は、小袖を片肌脱いで、私に腕を差し出した。
「かなり痛いと思います。それに、この予防接種をしたら、腕に一生消えない発疹が残ります。その代わり、10年は疱瘡にかかる事はなくなります」
「痛いのでござるか?」
幸村は不安そうに私を見た。
可哀想だけど、私には頷く事しか出来なかった。
「そなたの腕にも消えぬ傷跡が残ってしまうのか?」
「そうです。傷跡は、病の耐性の証です。それが出来るまで、何度も接種しなければなりません」
幸村は何故か傷付いたような表情を浮かべ、そして、視線を落とした。
「姫のように綺麗な肌をしているのに、それはあまりにも不憫でござる。嫁入り前の娘が肌に傷などこさえてしまうなど…」
私は首を横に振った。
「天然痘の跡の方がよほど可哀想です」
私は政宗の、右目の傷跡を思い出していた。
それが思わず言葉になって零れ出てしまった。
「政宗が身体と心に受けた傷に比べたら、全然…」
「政宗殿でござるか?そなた、政宗殿の事を知っているのでござるか!?」
私は自分が口にしてしまった事にハッと気付き、首を横に振った。
「いいえ!あの…私、仙台の生まれだから…。仙台の人間にとって、政宗様は誇りです!」
そう言うと、幸村はじっと私を見つめ、やがて、「そうであったな」と呟いた。
幸村がやけに真剣な顔をしていたのが気になった。
もしかして、疑われた…?
私は誤魔化すように、ワクチンのアンプルの口を開けた。
そして、針を、ワクチンに浸す。
幸村の腕を取ると、幸村はビクリと身体を震わせた。
「傷付けてしまって、ごめんなさい。行きます」
そう言うと幸村の腕に針を刺した。
そして、それを5mmほどスライドさせて、傷を作る。
幸村は眉根を寄せて、歯を食い縛り、痛みを堪えていた。
針を抜き取ると、ホッとしたように吐息を吐いた。
幸村の腕に絆創膏を貼って、そっと手を当てた。
「痛かった…よね?ごめんなさい」
幸村はしゅんとした表情をしていたけれど、ふるふると首を横に振った。
「大丈夫でござる。もう少し…このまま手を当てていてくれまいか?痛みが和らぐようでござる」
「はい」
素直にそう言葉に出す幸村は何だか仔犬のように可愛かった。
うなだれて、長い睫毛を伏せている姿は何だか守ってあげたくなる。
そっと腕をさすり、もう片方の手で思わず頭を撫でると幸村は驚いたように顔を上げた。
目を大きく見開いて、じっと私を見る。
私も驚いて、手を引っ込めてしまった。
「……何故、其れがしの頭を撫でるのでござるか?」
「えーと…元気がなかったから、つい…。捨てられた仔犬みたいで…」
私自身、自分の行動に驚いていた。
でも、これは子供をあやすのと同じ、そう自分に言い聞かせると動揺もすぐに収まった。
しどろもどろに答えると、幸村は、ちょっと傷付いたような表情をした。
「其れがしは犬ではござらん。……だが…」
いったん言葉を切って、目を伏せた後、私を見た幸村は、照れ臭そうに、そしてとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「そなたに頭を撫でられるのは、悪い気がしない。慰めてくれたのだな。感謝する」
とても、可愛らしい、10代の少年のような眩しい笑顔だった。
何故か胸の奥がキュンと疼いた。
…政宗以外の男の人の笑顔にときめいたのなんて、もう7年振りだった。
男の人とは距離を置いているのに、幸村はたやすくその垣根を越えて心の隙間にすっと入り込む。
それも、無理矢理にではなく、私の折れそうな心を優しく支え、勇気を与えてくれる。
ただ私が、とても心細く、誰かに頼りたいだけなのだとしても。
たった一人、BASARAの世界にいるから余計に幸村に心を許してしまっているんだろう。
幸村の笑顔にすら絆されるなんて、心細いにもほどがある。
もっと、しっかりしなきゃ、再会した政宗に幻滅されて嫌われてしまう。
政宗の愛を永遠に失うなんて、私の死を意味しているようなものじゃない。
早く政宗に会って強く抱き締めて欲しい。
やっぱり私は政宗しか愛せない。
そう言い聞かせると、やっと落ち着いた。
幸村は、初めての私の味方だ。
それも、下心の全くない、騎士のようだ。
そんな幸村の屈託のない笑顔に簡単に絆されるほど、私は今、情けないくらいにとても不安定なんだ。
ときめいたら政宗が絶対大激怒するし、このときめきはきっと、幸村がの外見も言動もただ可愛いだけ。
そうに違いない。
何故なら、私は政宗だけを愛しているのだから…。
どうしようもなく幸村が可愛く思えて頼りがいがあるのは、私がひとりぼっちで不安なだけだから。
早く政宗に会えれば、この淋しさからも、罪悪感からも解放されて、またあの頃のように、ただ真っ直ぐに政宗だけを見つめて愛しあえる。
早く政宗に会いたい。
会いたくてたまらない。
一呼吸置いて、私は真っ直ぐに幸村を見た。
「幸村さんにお願いがあります。私は、自分では予防接種が出来ないので、幸村さんに、私の予防接種をお願いしたいんです」
「それは、其れがしがそなたの腕に傷を付けるという事でござるか!?そんな事、出来ぬ!!」
幸村は驚き、ぶんぶんと首を横に振った。
「やって頂かなくては困ります。…私を守るためだと思って下さい。約束しましたよね?私を守ってくれるって」
そう言うと、幸村は言葉に詰まり、しばらく唸りながら悩んでいたけれど、やがて溜め息を吐いた。
「…武士に二言はござらん。そなたを守るためなら仕方がない。やり方を教えて下され」
幸村はとても気が進まなそうだったけれど、それでも、真剣な顔付きで私の説明を聞いてくれた。
幸村が震える手で、針をワクチンに浸す。
小袖の袖を捲り上げて腕を差し出すと、幸村は私の腕をしばらく眺めていたけれど、ようやく決心して、私の腕に針を刺した。
予想を上回る痛みに顔が歪む。
幸村はとても申し訳なさそうな顔をしていた。
接種が終わり、私は自ら絆創膏を貼って腕を押さえた。
幸村は床に手を着き、勢いよく頭を下げた。
「そなたを傷付けて、申し訳ござらん!!もし、もし、この傷のせいで、そなたの嫁の貰い手がなくなるというのであれば、この幸村、全力で責任を果たす所存!!そなたを貰い受け、一生大切に致しまする!!」
思わぬプロポーズに目が点になった。
そんなに大げさな事にはならないはずだと思う。
それに私には政宗がいるのだから。
思わずくすりと笑うと、幸村はますます真剣な顔をした。
「笑い事ではござらん!!」
「ごめんね、笑ったりして。もし、そうなったら、よろしくお願いしますね」
そう言うと、幸村は顔を真っ赤にして「ももももちろんでござる!!」と叫んだ。
そなたに、生涯消えぬ傷跡を付けてしまう事には心が痛んだ。
そなたを守りたいのに傷付ける事でしか守れぬ己が歯痒かった。
そなたが傷付くのなら、ずっとそばにいよう。
誰も見向きもしなくなっても、其れがしだけはそばにいよう。
誰も味方がいなくなっても其れがしが守り抜く。
帰る場所がないなら、生涯、其れがしがそなたの居場所となろう。
そなたにとって、陽だまりのような存在でありたい。
この心には偽りはない。
そして、いつまでも、そなたを守る日々が続いていくのだと思っていた。
訳もなく俺はそう信じていた。
予兆はそこにあったのに、それに自分自身気付いていたのに、俺は見て見ぬ振りをしていた。
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