Epidemic -1-

遙殿が、しばらく屋敷には戻らないと言うので、俺達は着替えを用意して、まるで旅支度のような格好で出かける事になった。
いつも、色鮮やかな可愛らしい小袖を着ている遙殿が、色褪せた小袖と袴を身に付け、長い髪を結った。
まるで、小姓のような格好だ。
遙殿には、綺麗な格好の方が似合うと思う。
姫君と言われても違和感がないような気高さがあり、顔立ちも美しい。
こうして粗末な袴を身に着けても、それは変わらない。
かえって、遙殿の決意の強さを表しているようだと思った。

厩で、馬に荷物を括り付けて出発の準備をする。
普段使っている診療所の小屋でも何とか生活出来る物は揃っているので、そこで着替えなどの荷物を下ろし、病の流行っている集落へ向かう予定だ。

「急がないと、日が暮れてしまいますね」
「ああ、参ろう」

頷くと、俺は遙殿を先導するように馬を走らせ始めた。
後ろから遙殿もついてくる。
女ながら馬まで乗りこなすとは、まるで、浅井のお市の方のようだ、とふと思った。

診療所の小屋は、城下町の外れの、人気のない少し寂れた所にある。
街中に診療所を構えてしまったら、そこから病が広がってしまうという遙殿の意見をお館様が聞き入れて、空き家だった物を使っているのだ。
そこで荷物を下ろすと、俺達はますくという白い覆面を着けて、病の流行っている集落へ向かった。

目的の集落は、昼間だというのに外に出ている人も少なく、田畑にまばらに人がいる程度だった。
集落の広場で俺達は馬を停めた。

「頼もう!!其れがしは、武田信玄公にお仕えする、真田源二郎幸村でござる!!医者を連れて参った!!誰かある!!」

そう声を張り上げると、民家の戸が勢いよく開けられた。

「幸村様だ!幸村様が来てくれた!皆の衆!医者だ!医者もいるぞ!」

中から出て来た若い男がそう声を張り上げると、広場にわらわらと人が集まって来た。

「お願いです!この子を助けて下さい!!」
「うちのおっ母を助けてくれ!」
「うちのじい様を!!」

人々は口々にそう叫んだ。
母親に連れられた、幼い男の子の顔には、びっしりと膿を持ったような大きな発疹が出来ていて、それは手にも広がっていた。
正常な皮膚がどこかよく分からないくらいだ。
あまりにも恐ろしい姿に、俺は思わず眉を顰めた。
流行り病は色々あるが、ここまで恐ろしい姿になってしまう病もあまり聞いた事がない。
政宗殿のお母上が疱瘡に罹った政宗殿を見て、肝を潰して嫌ってしまったというのも、あながち責められないほどだ。
遙殿は険しい表情を浮かべて馬を降り、荷物の中から手袋を取り出して、それを二重にしてはめると、子供の前にかがんだ。

「胸とお腹を見せて下さい」

遙殿は静かな声で、そう言った。
母親が、子供の着物をはだけさせる。
子供の身体にも膿を持った疱瘡が出来ていたが、顔ほどは酷くない。
まだ病がそこまで進行していないのだろうか。
水疱瘡ならよく子供がかかる病で、似たような発疹が出来るが、助かると遙殿は言っていた。
そうであって欲しい。
そう考えていた時の事だった。

「これは水疱瘡ではありません。天然痘です」
「真か!?それは確かなのでござるか!?」

遙殿は薄っすらと額に汗をかいていた。
緊張した面持ちで遙殿が頷く。
正に鬼気迫る程の、鋭い瞳をしていた。

「特徴的な膿を持った大きな発疹、体幹部より顔と手に発疹が集中している事、間違いありません」

そう説明されれば俺にも分かる。
確かにその通りだった。
遙殿は屈んだまま、俺を見上げて言った。

「幸村さんは、ここを一刻も早く離れて下さい。私一人で何とかします」
「ならぬ!そなたを一人にはさせぬ!退避するなら、共に!」

遙殿は病にまだ耐性が出来ていない。
家の中には動けぬ程の重篤な患者もいるのだろう。
疱瘡の広がる速さは噂に聞いた事がある。
少しでも患者のそばにいたら、うつってしまうという噂だった。
そして、それは真実なのだろう。
遙殿が俺を退避させようとしている事から分かる。

そんな所に、遙殿を一人置いて行けるはずがない。

「お願いだ!!見捨てないでくれ!!」

男が遙殿に縋り付いた。
熱に浮かされたような顔をしている。
男は咳き込んだ。
遙殿は驚いたように目を見開き、びくりと身体を震わせた。
そのままその男を見つめていたが、遙殿は一度ギュッと目を瞑り、再び開くと、とても優しい笑みを浮かべた。

「見捨てませんよ。まず、まだ病に罹っていない方、熱は出たけどできものが出来てない方々を集めて下さい。予防の薬を身体に刺します。そして、できもののある人とは別の家でしばらく生活するようにして下さい」
「それで、俺達は助かるのか?」
「必ず、とは言えませんが、病には罹っても軽くすむでしょう。薬を入れる時は痛みますが、我慢して下さい」
「そうか!そうか!俺達は助かるんだ!!ああ、我慢するとも!みんなを集めろ!」

男が声を張り上げると、みんな散り散りに家に走って行って、家族を連れてまた出て来た。
中にはもうできものが出来ている者達もいる。

「遙殿!!」

抗議の意味を込めてそう呼ぶと、遙殿は哀しいくらい綺麗な笑みを浮かべて言った。

「医者として間違っている事は分かっています。それでも、私には目の前で苦しんでいる人達を見捨てられません」

その笑みを見て、胸の奥が苦しくなった。

何て、哀しい、何て、美しい顔をするのだ…。

こんなにも、強く優しい女子を見るのは初めてだった。
強いのに儚げで、手を差し伸べずにいられない。
でも、その手を拒まれる事も知っていた。
その意志の強さは誰にも曲げられぬだろう。

「…予防接種だけでござるよ。危ない事はなさらぬと、約束して下され」
「分かってるよ、幸村。ありがとう」

遙殿の微笑んだ笑顔が綺麗過ぎて、穢れなくて、ただ胸が痛かった。
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