Epidemic -2-

遙殿は村人達を一列に並べて予防接種をして行った。
泣き叫ぶ子供や、恐れ慄く村人達を優しく宥める。
口許は覆面に隠れていて見えなかったが、とても綺麗な笑みを浮かべている事が想像出来た。

俺の知っている、お館様に近付こうとする医者達は、どこか高慢で、名声を上げ、富を得る事しか考えていない者たちばかりだった。
遙殿は違う。
そんな医者ならこんな所に来たら怯えてすぐに逃げ出してしまうだろうに、あくまで優しい。
本当は恐ろしくてたまらないはずなのに、最初に見せていた厳しい表情はもう浮かべていない。
俺の方がよっぽど怯えている。

「何か其れがしに出来る事はござらんか?」

何かしたい、と思った。
俺だって頑張れば予防接種は出来る。
遙殿は首を横に振った。

「私一人で大丈夫です。幸村さんは、決して患者に触れないようにして下さい」
「しかし!そなた一人に負担をかける訳には参らぬ!其れがしにも何か出来る事を!」

そう食い下がると、遙殿はくすりと笑った。

「では、私の鞄の中の手袋をして、私の額の汗を拭いて下さい。私は手が離せないので」
「そんな事で良いのでござるか?」
「大切な事ですよ。それから、新しい薬と針も手渡して頂けたら助かります」
「そうか!分かった!」

遙殿の鞄の中には、数冊の書物と、たくさんの薬が入っていた。
手袋をして、遙殿が使っているのと同じ薬と針を取り出し、懐紙の上に並べた。
俺が手伝い始めると、遙殿の作業が速くなり、村人達の列はあっという間に短くなっていった。

日の光が大分赤みを帯びている。
そろそろ夕暮れだ。
最後の一人の予防接種が終わった。

「遙殿、帰ろう」

そう言うと、村人が遙殿に縋り付いた。

「まだ、家でおっ父とおっ母が寝てるんだ!頼む!おっ父とおっ母を診てくれ!」

遙殿は少し迷っていたが、頷いた。

「遙殿!」
「少し診るだけです」
「ありがてぇ!先生、ありがとうごぜぇます!」

遙殿は村人に手を引かれて行った。
俺は遙殿の鞄を持って後を追いかけた。

村人の家に入ると、すえた様な匂いが立ち込めていた。
村人の父母と思しき人は、痩せこけて顔じゅうできものだらけで、膿が吹き出していた。
湿った咳をする。

ここは、まずい!!

医学が分からない俺でもそう思った。
顔に死相が出ている。
空気も悪い。
この空気を吸うだけで病にかかりそうだ。
なのに、遙殿は、傍に跪いた。

「もう何日も飯が食えねぇんだ。何とかしてくれ!」

遙殿は、傷付いたような表情をした。
そして、少し考えこんだ後に、こう言った。

「身体に栄養を入れる事は出来ます。それで助けられるかどうか…」
「お願いだ!出来るならやってくれ!」

栄養を入れる、というのは、以前お館様に施した処置の事だろう。
あの薬を入れるには一刻かかる。
それに、お館様が一日中その処置を施されていた事を考えると、遙殿は病の耐性を持たないままここに何日も詰める事になる。

そんなの危険過ぎる!!
遙殿を守らねば!!

「ならぬ、遙殿。参るぞ!お主には悪いが、お主の両親は遙殿でも助けられぬ」
「幸村!!」
「俺も兵だ。戦場で何人も看取った。俺には助からぬ人間が分かる。諦めよ、遙殿!!」
「でも!!」

尚も食い下がる遙殿の腰を抱いて、俺は無理矢理に家から出て行った。
背後で村人が悲嘆に暮れて遙殿を呼んでいたが、俺は応える事を許さなかった。
無理矢理に遙殿を馬の上に押し上げると、ようやく遙殿は観念した。

「小屋へ帰ろう。参るぞ!」

俺も馬に乗り、遙殿の馬の手綱を引いて、歩かせると、ようやく遙殿もついて来た。
俺達は言葉を交わす事なく、そのまま小屋に帰り着いた。
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