やはり、遙は伊達と繋がっていて、武田にとって良からぬ事を考えているのでは。
そうずっと疑っていた。
普段は戦でもなければ間者を殺す事までしないのに、そこまでしつこい伊達の黒脛巾組にイラつき、遙に辛く当たっていた。
遙を見張っていて、遙が重症患者の治療は避けている事に気付き、なじろうと思っていた。
そして、実際、それを遙にぶつけた。
すると、遙は、俺を平手打ちした。
そんな事、する子じゃないと思っていたのに。
でも、驚いたのはその後だった。
あんなに酷い事言ったのに、遙は、俺に薬をくれた。
絶対治療不可能の、疱瘡の特効薬を…。
遙自身が俺に薬を打とうとしていたなら警戒していたかも知れない。
でも、遙は真田の旦那に薬を託した。
俺の忍隊の分までくれた。
…何で、そんな事するんだよ…。
敵に情けをかけると言っても程がある。
俺、君を殺そうとしたんだよ…?
何で、助けようとするんだよ。
俺、すごく惨めじゃないか。
そんなに甘かったら、戦国の世を生きていける訳、ないよ。
でも、それこそが、遙が平和な異世界から来た証のような気がした。
俺達に仇なす事は、きっとない。
俺がこんなに警戒してるのは、きっと無意味なんだ。
伊達が遙を探してるのは、きっと別の理由だ。
和解すればいいのに、俺は遙の前に姿を現す事が出来なかった。
旦那に薬を打ってもらった時、もう発疹が出来てしまった患者は、遙でも助けられないという事を知った。
俺は、とても酷い事を言ってしまった…。
きっと、遙の事だから、辛くて悔しくてたまらなかったに違いない。
そう思うと胸が痛む。
せめて、忍隊の分の薬の礼を言いたいと、偵察を続けながら思っていたけど、言うべき言葉が見つからなくて出来なかった。
そして、今日…。
ついに遙が熱を出してしまった。
もしかして、疱瘡に罹ってしまったのか…?
それにしては、患者に接してからの時間が短いような気がするけど、それでも、俺は心配で堪らなくなった。
このまま、和解出来ずに遙は死んでしまうのか?
俺、きっと、遙に言いたい事、たくさんある。
哀しい顔だけじゃなくて、笑顔で語り合いたい。
君を失いたくない…!!
こんな風に思うの、真田の旦那とお館様だけだった。
遙は俺が仕えるに足りる位の人間だ。
熱の特効薬なら俺が持っている。
遙に渡しに行こうかどうするか。
そう悩んでいた時の事だった。
あの、真田の旦那が遙を抱き締めた。
旦那に限って、余程の事がないかぎり、そんな事しない。
そして…。
眠ってしまった遙を見つめていた旦那の顔は…。
今までに見た事がないくらい、優しくて、切なげで。
ああ、旦那は遙に恋をしてしまったのだと思った。
その時の俺の気持ちはとても複雑だった。
守りたいと思った者を取り上げられた寂しさのようなものを感じると同時に、旦那の事を思うと、喜ばしいような気持ちにもなる。
それでも、寂しさと苛立ちの方が優ってしまって、俺はわざと音を少し立てた。
旦那は当然それに気付き、俺の方を冷たく一瞥すると、そっと遙から離れて外に出た。
俺も天井裏から出て、外に出た。
扉の前で、旦那は俺を待っていた。
「佐助。首尾はどうだ?」
「黒脛巾組はほとんど甲斐からいなくなったよ。疱瘡が流行り出してから、伊達が撤退させたらしい」
「そうか…」
旦那は迷うように、少し目を伏せていたが、やがて俺を真っ正面から俺を見つめた。
その表情は、怖いくらい真剣だった。
「佐助、今宵は場を外せ。理由は聞くな。お前ももはや遙殿を見張る理由はないはずだ。遙殿は俺が守る」
理由は何となく分かった。
愛しい女を腕に抱く姿なんてあまり見られたくないだろう。
何故かつきんと痛んだ胸の内を隠して俺は頷いた。
「でも、外の警備には当たらせてくれよ。賊が来ても旦那なら大丈夫とは思うけど、遙ちゃん、あんな状態だし。…自分で治療出来ないかも知れないから、何かあったら呼んでくれればいい。熱さましくらいなら、俺も持ってる」
「ああ、そうしてくれ。…佐助」
「何?」
「お主、もはや遙殿を疑っていないのだろう?素直に姿を現したらどうだ?」
痛い所を突かれた。
俺だって、出来るならそうしたい。
でも、今までして来た事があまりにも酷かったから、遙に合わせる顔がないのだ。
「遙殿は、お主が思っているより、ずっと心の広きお方。お前も、わだかまりを捨て、心を開けば楽になるであろう」
旦那が言う通りなのも分かってる。
「分かってるよ。…もう少しだけ、時間が欲しいんだ。もう少しだけ…」
そう言うと、旦那は頷いた。
「しかし、そう時間もないやも知れぬ。遙殿が心配だ。俺は、戻る。後は頼んだ」
すっと踵を返し、旦那は小屋の中に戻って行った。
いつでも真っ直ぐに、心の内をさらけ出せる旦那が羨ましいと思った。
俺達はこのまま遙を失ってしまうのだろうか…。
不安な気持ちで、俺は、旦那が消えていった扉をしばらく見つめていた。
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