悲愴 -3-

小屋に戻ると、遙殿は小さく身体を縮こませ、うなされながら震えていた。
俺は慌てて遙殿の下へ行き、そして再び抱き締めた。

佐助から薬をもらって来た方が良かったかも知れぬ。

外にいる佐助の下へ再び行くか。
でも、こんな状態の遙殿をひと時でも一人きりにはさせられなくて、俺は祈る思いで遙殿の背中をさすった。
遙殿は辛そうに眉根を寄せて、がたがたと震えながら、意味をなさないうわ言を言っていた。
悪夢を見ているなら、一度起こしてやった方がいいかも知れない。

「遙殿…」

そう言って、身体を揺すった時の事だった。
遙殿は突然、はらはらと涙を流し始めた。
とても、とても、哀しげで、辛そうな表情だった。
しかし、同時に、穢れなくて美しい泣き顔だと思った。
胸がきゅっと締め付けられる。

一体、何を思って泣いているのか。

起こす事すら忘れてその綺麗な泣き顔を見つめていたその時。

「政宗…。行かないで…」

遙殿は、震える声で、そう言った。

その時の俺の衝撃をどう言い表せばいいだろう。
色恋沙汰が分からない俺でも、遙殿が政宗殿を想っておられるのだという事が直感的に分かってしまった。
それもただの懸想ではない。
とても、とても、深く、想っておられるのだと分かってしまった。

一体どこで政宗殿と出会ったのだろう。

そんな疑念も胸を掠めたが、それよりも何よりも、息が出来なくなるくらいに、胸の奥が狂おしく、何か嵐のようなものが吹き荒れているような感覚がした。

そなたは、誰にも渡さぬ…!!

そう心の中で叫んで、遙殿をきつく抱き締めた。

遙殿が何かを思い詰めて、哀しい表情を浮かべているのは以前から気付いていた。
それを、こんな形で知ってしまうなんて、思ってもみなかった。

俺は、自分が遙殿を想っているという事にようやく気付いた。
最初はお館様の命の恩人として大切に想っていただけかも知れない。
でも、いつの間にか、その想いは、慕情へと変わって行っていた。
俺自身気付かぬ間に。

やっと恋心に気付いたのに、同時に、遙殿の心が他の男に真っ直ぐに向かっていると知って苦しかった。
遙殿の事を思えば、政宗殿に差し出せば、遙殿は救われるのかも知れない。
それでも、初めて女人に抱いた、狂おしく切ない想いを俺はすぐには捨てられなかった。

「政宗…」

遙殿は、もう一度、政宗殿の名を切なげに囁いた。

「そなたは、渡さぬ。誰にも…!!」

俺は、遙殿をきつく抱き締めた。
抱き締めていないと、嵐に攫われるように消えてしまうような気がした。

愛しくて、狂おしくて堪らなかった。

遙殿は、温もりを求めるように俺の胸に縋り付いた。
その心に映っているのは、きっと政宗殿だ。
それでも、仮初めでもいいから、こうして胸に抱いていたかった。

そなたが、好きだ。
離したくない。

そう心の中で呟いた。

初めて知った恋は、切なく、ほろ苦く、狂おしいけれど、どこか甘い痛みを伴った。


⇒Next Chapter
prev next
しおりを挟む
top