寂しくて -2-

外で雀がチュンチュンと鳴く声で目を覚ました。
目を開けると、最初に視界に飛び込んで来たのは、男の首筋だった。

「え…?」

軽い混乱に陥って、身じろぎをすると、しっかりと背中を抱かれている事に気付いた。
こうして男の腕に抱かれて目を覚ますのは7年振りだ。
でも、政宗のはずがない。
身をよじって見上げると、幸村のぱっちりとした目と目が合った。

何で、幸村が…?

私は驚き、目を瞠った。
幸村は私と目が合うと、ふわりと微笑んだ。

「気分はいかがでござるか?」
「えーと…」

何故、幸村が私を抱き締めていて、そして、こうして微笑んでいるのかよく分からない。
必死に記憶の糸を辿ると、眠りに就く前、寒がっていた私を無理矢理に幸村が抱き締めて、温めてくれていた事を思い出した。

「ご、ごめんなさい!あの…!大丈夫ですから!」

幸村の胸に手をついて、身体を離そうとすると、幸村が私の額に手を当てた。
槍で鍛えているせいか、手のひらには硬い豆が出来ていて、とても男らしい手だった。

「昨日よりは少しはマシかも知れぬが、まだ熱が高い。今日は一日、身体を休めた方がよいであろう」

言われてみれば、身体は火照り、まだ寒気がして頭がずきずきと痛む。
幸村は天然痘ではないかと心配していたけれど、天然痘ウイルスの潜伏期間は約2週間。
おそらくワクチンの副作用か、今までの疲労が溜まっていたのだろう。
幸村の言う通り、今日はおとなしくしていた方がよさそうだ。

それにしても、何故このような状況になっているのだろう。
佐助が以前、私を押し倒しただけで、顔を真っ赤にして破廉恥だと叫んでいたくらいなのに。

まさか…。
何も覚えていないけど、昨日、何かあったの…?

そう思うと顔からざあっと血の気が引いていった。

「遙殿?顔色が優れぬがいかが致した」
「あの…。昨日の事、よく覚えてなくて…。何で、幸村さんが、私を抱き締めてるのか分からなくて…」

そう言うと、幸村は、くすりと笑った。

「其れがしは犬だと申したはずでござる。ただ、そなたを温めていただけでござるよ。それ以上でも、それ以下でもござらん。気にする事はない」

幸村はそう言って、私を見つめた。
ぱっちりした二重の目に、すっきりと通った鼻筋。
政宗とはまた違うけれども、かなりの美形だ。
目がとても澄んでいて、純真そのものだ。
きっと幸村には他意はない。
純粋に私を助けようとしてくれているに違いない。

だけど…。
あんまり近くで見たら、見惚れてしまう…。

それくらい可愛くて綺麗な顔立ちをしている。
犬だと言われれば、確かに大型犬のように見えなくもないけれど、私を抱き締める身体は逞しく、どうしても男の人だと意識せざるを得ない。

心の弱った時に、こんな風に下心のない美形男子に抱き締められて、赤面するなと言う方が無理だ。
私が愛していて、抱き締めて欲しいのは政宗だけなのだという意味も込めて、私は幸村の腕から逃れようともがいた。
でも、幸村が私の腰と背中を抱き寄せてしまって身動きがとれなくなる。
熱で力が入らず、すぐに疲れてしまって、私は抵抗を止めた。

「幸村は犬なんかじゃないよ…。男の人だもの…。こんな事しちゃ、ダメ…」

私がそう言うと、幸村は、少し身体を離して私を見つめた。
何故か、とても真剣な表情をしていた。
じっと見つめられると、我知らず、心とは裏腹に鼓動が速くなる。
可愛いのに、男らしくて、美形で、やっぱりこんな風に抱き締められて見つめられたら、困惑してしまう。

それでも、決して嫌悪感はなかった。
例えば、来栖君が私を抱き締めた時は嫌で仕方なくて、腕の中から逃れたかった。
それは下心の有無の違いだと思う。
幸村は純粋に私を助けようとしてくれている。
幸村に恋している訳ではないのに、こうして抱き締められると、不思議な安堵感があった。
弱った心も身体も温められて、心地良くて、このまま眠りたいという誘惑に駆られる。
私はそれほどまでに孤独で寂しかったのだろう。
だから温もりにきっと飢えているんだ。
それでも…。

ダメ…。
私が好きなのは、政宗だけなのだから…。
私を抱き締めていいのも政宗だけなのだから…。

もう一度抵抗すると、抱きすくめられた。
そして、幸村が耳元で囁く。

「そなたがどなたかを想っているのは知っている。だから、其れがしを犬と思えば良い。今は、そなたに温もりを与える犬でござる。そして、この真田幸村、そなたが回復するまで、離さぬ。全てを病のせいにしてしまえば良い」

その言葉は、残酷なほどに心の奥に染み渡っていった。
身体を許すつもりは毛頭ない。
でも、あまりに、辛くて寂しくて、心も身体も冷え切っていて。
ただ、温もりが欲しかった。

病のせいにしてしまえばいい。

私は身体から力を抜いて、幸村の胸に身体を預けて目を閉じた。
また、強い倦怠感と睡魔に襲われる。

「そなたを政宗殿には渡さぬ」

意識が完全に閉ざされる瞬間、幸村の声が聞こえた気がした。




初めは弟のような存在だったかも知れない。
でも、俺を男として意識してくれて嬉しかった。
今は、まだ、そなたの心が政宗殿に向かっていても、いつか必ず、振り向かせてみせる。

そなたが、好きだから…。
たった一人、好きになった人だから…。


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