少し居心地が悪そうにしつつも、それでもいくばくかの温もりを求めるように、俺の腕の中にすっぽりと収まる遙殿。
悪寒が少し和らぐと、遙殿はうとうとと眠り出す。
とても穏やかで、幸せそうな表情を浮かべて…。
こんな遙殿を見るのは初めてだった。
いつも、どこか不安そうに、そして思いつめたような表情ばかり俺は見て来た。
遙殿が心穏やかに過ごせる日がいつか訪れればいいと願っていた。
城下の町で、にこやかに笑っているおなごを見かけては、いつか遙殿にもそんな風に笑って欲しいと思っていた。
その遙殿が俺の腕の中で幸せそうに微笑んでいる。
安心しきった表情で。
元々美しい方だとは思っていたが、こんなにも優しく、綺麗な笑みを浮かべる方だとは知らなかった。
その優しく美しい表情に目が釘付けになる。
俺は息を殺して遙殿を見つめた。
長い睫毛が頬に影を落としている。
幸せそうに緩んだ口許は、綺麗な弧を描いていた。
時折、俺の着物の襟元をきゅっと握り締めては、甘えるように頬を俺の胸元に擦り寄せた。
そんな仕草が堪らなく可愛らしくて、胸の奥がくすぐられるような気がする。
このまま抱き締めて離したくない。
それが、愛しいという感情だという事に気付くのにそう時間はかからなかった。
何か幸せな夢を見ているのか。
それとも…。
俺の事を少しでも想っていてくれているのだろうか。
遙殿は居心地悪そうにしつつも俺を拒まなかった。
少しは期待しても良いのだろうか…?
しかし、遙殿が政宗殿を想っておられる事も俺は知っている。
それを思うと胸の奥が苦しくて堪らない。
初めて恋心というものを知ったのに、相手のおなごが俺ではない誰かを想っていると知ってしまって苦しくて堪らなかった。
それでも、こうして遙殿の微笑みを見つめていると、狂おしいくらいに愛しくて堪らない。
こうして笑っていて欲しかった。
それが例え幸せな夢の成せるわざだとしても。
俺はこんな姿を誰にも見せたくなくて。
何より遙殿のこの表情を独占していたくて。
俺は佐助に外の警備を命じ、決して小屋に近寄らせなかった。
誰にも邪魔をされず、こうして遙殿を抱き締め、幸せな寝顔を見るのは、俺にとっても幸せこの上なかった。
どんな夢を見ているのだろう。
別れた家族と再会しているのか。
心癒される風景でも見ているのか。
でも、俺は甘かった。
遙殿に寄り添って飽く事なくその綺麗な寝顔を見つめて数日経ったある日の事だった。
遙殿は温もりを求めるように、俺を抱き締めて、幸せそうに頬を擦り寄せた。
そんな仕草が愛しくて、遙殿を抱き締めたその時だった。
「政宗、愛してる」
幸せそうに呼ばれた名は、政宗殿のものだった。
奈落に突き落とされるとはこの事だろう。
目の前が真っ暗になったような気がして、俺はキツくキツく遙殿を抱き締めた。
誰にも渡したくない。
そう強く思った。
遙殿は嬉しそうな笑みを浮かべると、俺の背を抱き締めた。
それは堪らなく嬉しい事のはずなのに、その目に映っているのが別の男だと思うとやるせなくて苦しくて堪らない。
「絶対に離さないでね」
その言葉が俺に向けられたものだったらどんなに幸せだっただろう。
嫉妬でどうにかなりそうなくらいに、胸の奥でどす黒い感情が渦巻く。
それでも、遙殿をこうして抱き締めているのは政宗殿ではなく、この真田幸村だ。
だから、俺は一層強く遙殿を抱き締め、頬に接吻を落とすと、耳許で囁いた。
「ああ、そなたを離さぬ。誰にも渡さぬ」
その声が遙殿に届いたのかどうかは分からない。
遙殿は小さく頷くと、俺の頬に接吻をした。
初めて知った唇の柔らかさに、口付けた頬の滑らかさに眩暈を覚える。
どこか甘酸っぱくて幸せなのに、遙殿の気持ちを想うと、ただただ切なくて、狂おしくて堪らなかった。
俺は、絶対にそなたを誰にも渡さない…。
初めて知った恋心をまだ大切に抱いていたいんだ…。
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