和解 -2-

しばらく村に逗留するつもりで、俺達は着替えも含めて全ての荷物を馬に乗せ、疱瘡が流行している村に馬を走らせた。
疱瘡が流行している村は4ヶ所。
佐助からの報告によると、遙殿の特効薬を接種した者たちはいまだ病にかからず、無事らしい。
しかし、あの時、遙殿が匙を投げざるを得なかった者たちは、病がどんどん悪化し、目も当てられない状況になっているとの事だった。
食事も取れず、顔はびっしりと膿疱で埋め尽くされ、苦しみながら、死の訪れを待っている…。
それを遙殿に伝えると、遙殿は辛そうに眉を顰めた。

「熱出して、寝てる場合じゃなかった。早くあの論文に気が付いていたら、助けられたのかも知れないのに…。ううん、助けなきゃ。今度は幸村が止めても、私、逃げない。絶対に助けてみせる…!!」

叫ぶようにそう言うと、遙殿は馬の腹を蹴り、疾風の如く馬を走らせて行った。
その軽やかな馬術に驚く。
女だてらに、まるで武田の騎馬隊のようだ。
この真田幸村が遅れを取るわけにはいかない。
俺も馬を叱咤して、遙殿を先導するように駆け出した。

村に着くと、死の臭いで満ち溢れているような空気で充満していた。
昼間なのに誰も外に出ていない。
しかし、遙殿の言いつけを守って、病にかかっていない者たちは、村長の家に集まっているようだった。
俺達は、村長の家に向かった。

村長に出迎えられ、村人達が集まっている広間に入ると、絶望したような、恨みがましい視線が一斉に俺達に向けられた。
いや、正確に言うと、遙殿に向けられていた。
一番憎しみの視線を向けていたのは、あの日、俺が無理矢理遙殿を連れ去った家の若者だった。

「他の医者と同じように、尻尾巻いて逃げたと思ってただ。今更、何の用だ!?何日間も、村に現れないで。その間に何人の村人が死んだと思ってる!?村が全滅すればいいとでも思ってるに決まってるだ!」

突き刺さるような、叫び声に、遙殿の表情が強張った。
唇をきゅっと噛んで、目を伏せる。
2つの黒い鞄を持った手が、きつく握りしめられて、ふるふると震えていた。

「遙殿に無礼を働くのは、この真田幸村が許さぬ。控えよ!」
「いいの、幸村。慣れているから…」

俺を見上げて小さな声で囁く遙殿は、とても哀しそうだった。

「医者なんて、万能じゃないもの。助けられない患者さんだってたくさんいる。あと少し早ければ助かった患者さんだって…。ご家族の気持ち、考えると、怒る気持ちだって分かるもの…。だから、大丈夫…」

そう言うと、遙殿は、淋しげな笑みを浮かべた。
遙殿をなじっていた若者も、開きかけていた口を噤んで、悔しそうに俯いた。

「皆の衆。なかなか来られず、すまなかった。遙殿が病に倒れてしまってな」

そう言うと、皆がどよめいた。
また病が流行るのかと。
俺は、慌てて付け加えた。

「ただの風邪だ。大事ない。これから、他の3つの村を回りながら、遙殿が治療に当たる。すでに、病に倒れた村人も助かるかも知れない。皆、気を強く持て!」

そう告げると、皆の表情が明るくなった。
そして、嬉しそうな声を上げる。

「流石、幸村様だ!」
「幸村様が助けに来てくれた!」

そのざわめきを聞いて、遙殿は俺を驚いたように見上げた。

「幸村の人望ってすごいね」
「そうだろうか」

俺は、戦で皆を鼓舞するのと同じように話しただけだが?

「幸村も人の上に立つ器の人だね、尊敬する。それに、一人で来てたら、きっと村人達に殺されてた。幸村が一緒で良かった…」

眩しそうに見つめられたら、何だか気恥ずかしくなって、俺は目を泳がせながら言った。

「それで、まず、何からすればよかろうか」
「そうだね。予防接種の効き目を診察して、すぐに、重症患者さん診なきゃ。本当は逆なんだけど、人手が足りないから…」

悔しそうに、遙殿が俯く。

「人手だったら、いるさ、ここにね」

ポンと後ろから両肩を叩かれて、遙殿は驚いたように声を上げた。
そして、それが佐助だという事に気付くと、怯えたように、俺の後ろに隠れた。
佐助は、困ったような顔で、遙殿を見つめ、深い溜息を吐いた。
いつも表情まで消している佐助の瞳の奥に悲しみの色が揺れていた。

「遙殿、怖がる事はない」
「でも…」

尚も渋る遙殿を佐助の前にそっと押しやると、佐助は片膝を立てて、遙殿の前に跪いた。
俺と、お館様にしかしない、つまり、それは忠誠の証だった。
佐助が恭しく遙殿の手を取る。

「今までの無礼の数々、お許し願いたい。そして…忍隊にも薬をくれてありがとう。俺は、君に忠誠を誓う。君に助けが必要なら俺に言ってくれ。俺と忍隊が何とかする。忍隊の医術を少しは信用して欲しい。やり方さえ教えて貰えれば、俺達は、君の手となり足となる。だから…手伝わせて欲しい。すぐに許してくれなくても構わない。でも、俺は、君の役に立ちたい。君を守りたい」

佐助がこんなに饒舌に、自分の気持ちを口にするのを初めて見て驚いた。
忠誠を誓うと言った佐助の瞳は、かつて俺に向けられたものと同じだった。
いや…それ以上の何か熱い感情が込められていた。

「君を守りたい…」

そんな台詞、佐助の口から出るなんて思いもしなかった。
忍はあくまで影の存在。
情に絆されたら忍なんて務まらない。

「佐助、お主…」

呆気に取られて佐助を見つめると、佐助は誤魔化すように笑った。

「旦那、心配しないで♪ 俺の一番の主は旦那なんだからね!」
「じゃあ、何で…」

佐助に手を取られたままの遙殿が、呆然と呟く。

「忍だって恩義を感じるさ。命の恩人だし。旦那が大切に思う女性なら、尚更」
「でも、報酬がいるんでしょう…?」
「遙殿!報酬なぞ気にする必要ござらん!大体、佐助が給料の事ばかり口にするから…」
「報酬ね。前払いでもらうよ」

言うなり、佐助は遙殿の手を両手でおし包み、恭しく手の甲に接吻をした。

「南蛮で、騎士が姫に誓う時にするんだってね!俺、一回やってみたかったんだ!」
「佐助!破廉恥でござるっ!!」

俺が怒鳴ると、佐助はおどけるように肩を竦め、そしてけらけらと笑った。
つられて、それまで呆気に取られて固まっていた遙殿もお腹を抱えて笑い出した。
その目に薄っすらと涙が浮かぶ。

「佐助、本当に、ありがとう。私を信じてくれて…手伝ってくれて…」

佐助は、指の背で遙殿の涙を拭った。
そんな簡単に遙殿に触れられる佐助が羨ましくて仕方ない。

「ほらほら、泣いてる暇あったら、俺に指示飛ばして。君は重症患者を診なきゃいけないんだから」
「うん、うん」

遙殿は涙を拭って、患者を一列に並ばせると、佐助に診察の手順を指南した。
もう、その顔は凛とした医師の顔に戻っていた。
佐助も真剣な眼差しで、頷きながら、おとなしく聞いている。

二人がやっと打ち解けて良かった…。
そう思うのに、あんな風に遙殿に触れながら、恥ずかしいような台詞をさらりと吐けて、感情まで素直に曝け出せる、佐助が羨ましくて堪らなかった。

俺も、遙殿の騎士になろうか…。
そう思ってみても、やっぱりそんな破廉恥な真似は出来なくて、俺は、ぶんぶんと首を横に振った。

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