甲斐に派遣した黒脛巾組からの報告は芳しくなかった。
いまだ、遙の所在ははっきりとしない。
しかし、俺には真田幸村と一緒にいるという女が遙だという妙な確信があった。
遙という名前はさほど珍しくはないが、ありふれている訳でもない。
それに、前田慶次がもたらした情報…。
遙と呼ばれた女がしていた、garnetのピアス…。
そして、遙が医者という事…。
何もかもが、俺が愛した遙のような気がしてならない。
黒脛巾組には、遙を生け捕りにするよう命じてあるが、真田幸村だけでなく、猿飛佐助までが守っているとなると、黒脛巾組だけでは無理かも知れない。
こうなったら、俺自身が斥候を率いて…。
…でも、俺の勘だけじゃ、小十郎は許してくれねぇよな…。
もっと確実な情報がなければ…。
俺は胸元のロケットを握りしめた。
遙の笑顔が閉じ込められたロケットを…。
今まで、ずっと悩んでいた。
小十郎には見せた事があるけれど、写真なんて、この世界にはない。
怪しまれ、疑われる。
でも、前田慶次に見せれば、遙かどうか確かめられる。
もしかしたら、また姿形そっくりの遙の偽物かも知れない。
でも、あの真田幸村と猿飛佐助までが惹かれて守る程の女だ。
会ってみるだけの価値はある。
疱瘡の治療に当たれるだけの腕を持った医者なら俺も欲しい。
あの世界から来た遙であれば、疱瘡の治療まで出来てしまいそうだ。
そうだ、遙に違いない。
何度も何度も、頭の中でぐるぐると思考を巡らせ、結論は何度も一つに辿り着いた。
武田が隠しているのは、きっと遙だ。
前田慶次に遙の写真を見せるしかない。
そこで、俺は深く溜息を吐いた。
このロケットの小さな写真じゃ確証は得られなさそうだ。
誰にも見せたくない、夏の陽射しで輝いていた、笑顔の遙の写真を見せるしかない。
あれは、俺だけの笑顔なのに…。
誰にも見せたくない、大切な、俺の宝を…。
でも、もう迷ってなどいられなかった。
こうして、俺が動けないのをいい事に、真田幸村が無理矢理にでも遙を手に入れてしまったら…。
そんな事を考えると、怒りのあまり、全軍率いて武田に攻め入りたくなる。
遙、無事であって欲しい。
真田幸村になんか、その綺麗な身体と心を奪われてなんて欲しくない。
大切な、大切な、俺だけの遙…。
「おい!誰かいるか!」
「はい、ここに控えております」
声を張り上げると、小十郎が姿を現した。
「今すぐに伝令を飛ばして、前田慶次を連れて来い」
「前田慶次でございますか?」
小十郎は、驚いたように目を見開いた。
「小十郎、今度こそはお前にだって文句は言わせねぇ。もし、前田慶次が会ったのが遙だと確認出来たら、俺は遙を攫うため、斥候を率いて甲斐に行く」
これだけは、絶対に譲れない。
そんな気持ちを込めて、じっと小十郎を見つめると、小十郎は、言葉を探している様子だった。
俺を止める口実なんてもう聞きたくなかった。
「前田慶次に、どのように確かめるのですか?その女人が遙様だと…。正直、石榴石の耳飾りだけでは決め手に欠けます」
「お前に以前、見せただろ?遙の写真を」
小十郎は記憶を辿るような遠い目をした。
「そう…ですね。しかし、些か小さ過ぎる絵にございますれば…」
小十郎は、俺の予想通りの言葉で、俺を止めようとする。
俺は溜息を吐いた。
「そんなに遙が見たかったら、見せてやる。ついて来い」
「はっ!」
天守閣を降りて行きながら、遙の写真を思い浮かべた。
俺が戯れに撮った、遙の綺麗な裸体の写真が何枚もあったな、そういえば。
際どい水着の写真も。
素肌に、ふわふわで透けた、ベビードールだけを着せた写真も、たくさんある。
一人で眺めている時は、考えもしなかったが、人に見せられないような写真は他にもたくさんある。
俺にしつこく請われて、恥ずかしがりながらポーズを取る遙は、とても綺麗で、可愛くて、淫らな小悪魔のようで、たまらなく俺をそそった。
そして、その後、耐え切れなくて、激しく抱いてしまった事も思い出す。
俺はその思い出に縋り、その写真で自分自身を慰めている。
俺だって男だ。
女を抱きたい衝動に駆られる事だってある。
遙を最後に抱いてから、何年も他の女を抱かずに済んでいたのは、ああいう写真があったからだった。
そう思い当たって、俺らしくもなく、頬が赤くなるのを感じた。
遙…、早くお前を抱きたくて仕方ない。
すぐに攫いに行くから待っててくれ。
「用意が整うまで、お前は部屋の前に控えてろ」
「承知」
俺は、身体の火照りを鎮めるように、深呼吸をした。
遙を思い出すだけで、愛しいと思う気持ちと共に、欲情してしまう位に、焦がれて仕方ない。
普段は、ただ恋しくて、切なくて、愛しくてたまらないだけなんだけどな。
あんな写真の事を思い出すからいけないんだ。
「遙…。これ以上、俺を一人にするな。お前のいない、一人寝は寂しくてやりきれねぇ」
見せるのは、美紀に撮ってもらった写真だけにしよう。
そんな事を考えながら、俺は部屋に入り、隠し扉を開け、注意深くアルバムを選び、そして、小十郎を呼んだ。
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