真夏の思い出 -2-

俺は、政宗様に呼ばれるまで、部屋の外に控えていた。
遙様を見せるというのは、一体どういう意味だろう。

政宗様は、19になられる前までは、やんちゃ坊主でお忍びで出かけては、派手に遊んでいらした。
城下でいたずらに女を引っかける事もしばしばで、俺は随分と手を焼いたものだった。
それが、ある日を境に、ぴったりと女遊びをする事がなくなった。
戦続きだったからとも思った事もあったが、血の匂いにむせ返ると、より一層女を抱きたくなるのが男の性だ。
なのに、政宗様は、一切の女を遠ざけさせた。
かと言って、小姓を相手にする事もない。
あまりに禁欲的で、かえって心配になる事もあったが、人が変わったように思慮深くなり、政務に励む政宗様を見ていると、大人におなりになったのだと納得していた。

でも…。
いつだったか、まだ、伊達が天下を統一する前の事だった。
政宗様は、女神に願をかけて、操を立てているのだと言った。
今、思えば、あれは遙様の事だったのだろう。

半年ほど前のある日、江戸の城下を視察に、二人で浪人に身をやつして出かけた事があった。
そこで、政宗様は久方振りに、女を見初められた。
俺も驚いた。
いつか、政宗様が見せて下さった遙という女にあまりにも似ていたからだった。
政宗様は、何度か人目を忍んで会いに行っておられたが、ある日、とても苛つき、憤って帰って来たと思ったら、何日も部屋に閉じこもって出て来なかった。
そして、ぱったりとお忍びを止めてしまった。
あの女は、遙様ではなかったのだと、政宗様の口から聞かなくても分かった。
政宗様は、ますます自分の殻に閉じこもり、見ているこちらが切なくなるような表情で、海や空を見つめている事が多くなった。

政宗様がいずれ、近いうちに、姫を娶らなくてはいけないのは分かっている。
愛さなくてもいい。
お世継ぎだけでももうけて頂かなくては。
でも、今の政宗様では、いくら姫を娶った所で、お世継ぎをもうけるつもりなんて毛頭ない事も、俺には感じられた。
遙様が、本当に甲斐にいらっしゃるのなら、会わせて差し上げたい。
攫って来ても構わない。
武田には悪いが、武田の姫を形だけでも娶り、遙様にお世継ぎを産んで頂く事だって出来るのだから。

だけど、俺は、心配だった。
以前のように、遙様だと期待して、そして、また別人だったら、政宗様がどれだけ傷付かれるだろうと想像したら、軽々しくお忍びを許す事なんて出来なかった。

先ほど、天守閣を降りて行く時、ちらりと見えた政宗様の頬は赤く染まっていた。
遙様の事を思い出していたのだとすぐに分かった。
もう、26を過ぎておられるのに、いまだ初恋をしているような政宗様の表情を見ると、見ているこちらが辛くて仕方なくなる。
政宗様がやんちゃ坊主のようなお忍びをやめてから、もう7年も経つ。
7年も経つのに、政宗様は、遙様に恋をし続けている。
その間、全く二人は逢瀬をしていないというのに。
どこでどうお会いしていたのか、皆目検討もつかない。
政宗様の事は、大方把握している、この俺にすら分からない。
ただ、どこかで出会い、想像もつかないほど、深い絆で結ばれた、という事しか分からない。
何時の間にか、身につけるようになった、石榴石の耳飾りと左手の指輪。
政宗様は、それらをとても大切にしておられる。
まるで、誰かの分身のように…。
それが、きっと遙様なのだろう。

どんな女性なのかは以前聞いた。
政宗様に、和議の方法を、政を伝授した女性だと。
それが本当ならば、誠に得難いお方だ。
だからこそ気になって仕方がない。

遙様を見せる、という言葉の意味が…。

「Okay, 小十郎、入れ」

政宗様の声に我に返った。

「失礼致します」

襖を開けて部屋に入ると、政宗様の膝の前に見た事もないような、書物のようなものが1つ置いてあった。
一体何なのか気になりながらも、政宗様の前に座ると平伏した。

「Ha!お前にしては珍しく、気になって仕方がないって顔してるぜ。いいから、顔を上げろ」
「はっ!」

顔を上げると、政宗様は、少し困ったような、それでいて、聞いて欲しくて仕方ないような、複雑な表情をしておられた。

「Ah…まずは、何から話せばいいか…いざとなると、困るな」

政宗様は、そう言って、頭をがしがしとかいた。
そのまま、思案するように沈黙してしまって、書物を見つめていて。
その隻眼が何か愛しいものを見つめるようなのに、哀しみに満ちていて、そんな政宗様を見ていられなくて、俺から沈黙を破った。

「単刀直入にお聞きします。政宗様が、遙様とお会いになったのは、いつの事で、どこで出会われたのですか?」

政宗様は、俺の質問を予想していたのか、驚く事はなく、ただ、遠い目をして懐かしむような表情を浮かべた。

「春日山城を攻め落とす、ほんの少し前の事だな…」
「春日山城…」

それは、7年前の事だ。
政宗様の人が変わった時期に合致する。
たちまち遠くを見つめていた政宗様の目が潤み始めて、涙が一筋、頬を滑り落ちて行って、俺は慌てた。
政宗様が人前で涙を流す事なんて、幼い頃に、右目を失って以来の事だったから。
いや、一度だけある。
俺が、武田との婚儀を無理矢理進めて、政宗様が逃げ出した時の事だった。
やっと政宗様を見つけた浜辺で、何度も繰り返し聴いた事のある異国語の歌を歌いながら、政宗様は、涙で頬を濡らしていた。

「悪ぃ、小十郎。そんなに慌てるな。Shit!相変わらず、俺の時間はあの時に止まったままで、全然立ち直れてねぇ。遙を失って、泣きに泣いた、あの時からずっと…」
「失った…?」

意味が全く分からず、俺も黙り込む。
確か、あの時は俺も政宗様も戦の準備に明け暮れていて、女とゆっくり会う余裕なんて皆無だったはずだ。

「お前、俺に聞いたじゃねえか。熱でもあんのかって。…あれは、遙を失った直後だったんだ。指輪も耳飾りも荷物もそのままなのに、あいつだけがいなくて、連れて帰れなくて、声が枯れるまで泣きに泣いた。だから、熱でもあるように見えたんだろうな」

そういえば、戦の前だというのに、憔悴しきって熱に浮かされたような表情を政宗様は浮かべていて、本気で戦を先延ばしにしようかと思った事があったが、あれは春日山城を攻め落とす時だったか。
でも、政宗様はすぐに立ち直り、見事難攻不落の春日山城を攻め落としたのだった。

まだ、立ち直れていない。
連れて帰れなかった。

その意味が全く分からない。

政宗様は、涙を拭うと、やっと書物を手に取った。

「百聞は一見にしかず、だ。お前に見せてやる」

紙とは違う、見た事もない材質の書物を渡され、困惑する。
この江戸には、珍しい物がよく献上されるが、それでもこんな素材の物は見た事がなかった。

「開けてもよろしいのですか?」
「当たり前だ。そのためにお前をここに呼んだんだからな」

恐る恐る、表紙をめくって、俺は驚愕に目を瞠った。
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