愛をとりもどせ -1-

「何っ!前田は京にいるだとっ!?」

俺は、部下からの報告を聞いて、怒りにわなわなと震えていた。
ったく、政宗様があんなに心待ちにしていらっしゃるというのに、京で女遊びだと…?
ふざけんじゃねぇ!!

「まさか、放ったらかして帰って来たんじゃあるめぇな…?」
「こここ小十郎様!とんでもないっす!俺は早文を大急ぎで預かって来ただけです!前田は、今、早馬で江戸に向かっています!出立したのは2日前らしいっす!」
「2日前か…」

あと5日もあれば、江戸に着くか…。
前田からはっきりとした確証が得られるか、これは賭けだ。
それにしても、時間がかかり過ぎる。
何とかして、もっと近い所から別の人間を送り込めないか…。
遙様は、一体、甲斐のどこにいらっしゃるのか…。
黒脛巾組は、何か掴んでいるのか…。
何でもいい。
手がかりから推測するしかねぇ。

「分かった。政宗様には俺から報告しておく。お前ぇは持ち場に戻れ」
「ありがとうございます、小十郎様!」

部下は、ホッとしたような顔をして、部屋から出て行った。
俺は、天井裏の気配を確認すると、二つ、手を打った。
忍を呼び出す合図だ。
すっと黒脛巾組の忍が現れ、俺の前に姿を現した。
そして、座ると、手を床について平伏した。

「顔を上げろ」
「はっ!」

上げられた顔には酷いあばたが出来ている。
疱瘡の痕だ。
疱瘡は一度かかると二度とかからない。
しかし、人によっては酷い痘痕が一生残ってしまう。
政宗様のお顔は、右目を失った他は、とても綺麗で、それだけが唯一の救いだ。
俺は、甲斐の状況を聞くために、送り込んでいた忍を一人呼び出していた。

「真田幸村と一緒にいる女とは接触出来たか?」
「いえ、いまだ、それは…」
「そうか…。何か、変わった動きはねぇか?」
「はっ!甲斐の忍の警護が手薄になっております。我々も動きやすくなりました。相変わらず、真田幸村と猿飛佐助が女にぴったり張り付いているため、接触は不可能ですが、馬に乗り、疱瘡の流行っている村の間を行き来する後ろ姿は何度も確認出来ました」

忍の警備が手薄…?
何か、引っかかる。

「猿飛佐助が警備に手を抜くとは思えねぇな。どういう事情だ!?」
「それが…。疱瘡の治療に当たっているのは、どうやら猿飛佐助の忍隊のようです。女の医者は、猿飛佐助を使って、治療の指揮を取っている様子でございます。忍隊の多くが指揮下に入っているため、警備が手薄になっていると思われます」
「女の医者が、指揮を…?」

遙様の可愛らしい笑顔からは想像がつかない。
しかし、政宗様は、遙様は医者になっているはずだと、以前仰っていた。
政宗様の右目を受け入れたのも、愛だけではなく、それゆえだとも。

「他に気になった事はねぇか?服装でも、持ち物でも何でも構わねぇ。普通の医者とは変わった様子は?」

異世界での政宗様と遙様の風変わりな衣装を思い出して、それが手がかりになるのでは、と思いながら尋ねた。
そう言うと、忍は、じっと考え込んだ。

「何と申しますか…。変わった所が多過ぎて…」
「何でもいい。話してみろ」
「はっ!馬に乗るため、男装をしておりました。粗末な小袖と袴姿です。それだけでは普通の男装でございますが、女はその上から真っ白な長い上着を着ているので、風変わりで目立ちます。それから、医者というものは、たいてい薬箱を背負っているか、ずた袋を持ち歩くものですが、見た事もないような大きな黒い鞄をいつも持ち歩いておりました。その鞄が…」
「鞄がどうした?」
「布ではないのです。通りすがりを一度近くで一瞬だけ見ただけですが、上等ななめしの、それも相当腕のいい職人がなめした黒い革でございました。まるで、政宗様の鎧の胸当てのような、柔らかく黒光のする、とても上等な革です。普通の町医者風情が手に入れられる物では到底ございません。装飾も控えめに金が使われておりました」
「上等な革に、金の装飾の鞄、か…。そいつは、風変わりだな…。そんなに鞄に金かけられるのは、大名の典医くらいなもんだが、典医なら薬箱にむしろ凝る。確かにそいつは気になる。他には?」
「拠点にしている村が特定出来た事くらいしか…。しかし、そこだけは警備が厳しく、内情は全く掴めません」
「場所だけ見取り図を描いて、後で俺に届けろ。ご苦労だった。少し休んでからまた任務に当たれ」
「はっ!御前を失礼致します」

そう言うと、忍はまたすっと天井裏に消えた。

忍隊の指揮を取る、女の医者、か…。
あの政宗様が惚れ込むほどの女なら、指揮官の器を持った人間の可能性もある。
あとは、黒い革の鞄と風変わりな白装束。

俺が得られた情報は、これだけか…。

それが、遙様を特定する鍵になるのか分からない。
しかし、俺の分からない事でも政宗様にとっては大きな手がかりになるかも知れない。

俺は、情報を頭の中で整理しながら、政宗様のお部屋へ向かった。
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