恋の暗号 -1-

私は休憩を取るため、村長の家の部屋で一息ついていた。
経腸栄養剤の缶を開け、少しずつ飲み干す。
不味いから飲めないと薬局に返品する患者さんも多いけど、必要な栄養素が全て入っていて、カロリーも申し分ない。
食事をゆっくり取る時間もないし、栄養たっぷりの食事はなるべく村人達に回してあげたいから、ここの所、ずっと食事は経腸栄養剤だ。

みんなが言うほど不味くはないけどなぁ…。

美味しいかと言われると微妙だけど。
一応、握り飯は届けられるけど、炭水化物だけじゃ、身体がもたない。
貴重なお米だから、私はこっそり子供達に分け与えていた。
みんなには、霞でも食べて生きてると思われているんだろうなぁ…。

流石に流動食に飽きて来た。

「はぁ…。チョコレート食べたいなぁ。生クリームたっぷりのモンブランもいいなぁ。挽きたてのブルーマウンテンと一緒にモンブランって最高だよね。あと、タンパク質食べたい。マグロのトロでしょ、生のカツオ、ウニ、イクラ、アワビ、蟹しゃぶ、伊勢海老、フグ、クエ…。甲斐じゃ、無理か。ステーキ、すき焼き、しゃぶしゃぶ…。牛は労働力だから食べないよね。馬刺し、なんてもっとダメだよね。馬も貴重だもん、食べる訳ないよね。鶏も貴重だから、村人達に回してるし…。はぁ…、お魚が無理ならお肉が食べたい…。あと、お野菜、たっぷり。お米はいいや。お肉とお野菜、たっぷり食べたいなぁ…」

食後のタバコを吸いながら、独り言を言っていると、天井裏から、堪えきれないような笑い声が聞こえて来た。

佐助に全部聞かれてたの!?

恥ずかしくて、顔に血が上って行く。

「ヤダ、佐助!盗み聞きしてたの!?」
「ごめん、ごめん!」

そう言うと、佐助はすたっと天井裏から降りて来て、私の前に座った。

「いや、霞でも食って生きてんのか心配でさ。重症患者に与えてる流動食を飲んでるのは知ってたから飢え死にはしないと思ってたけど。身体も細身だから、そういうもんかとも思ってた。でも、呪文みたいな事、呟き始めたと思ったら、マグロ、カツオに伊勢海老だろ?終いには、フグやら牛やら馬やら、言い出すからおかしくって!!はははっ!!猛毒のフグや、牛や馬ですら食べたいくらい飢えてるんだって思ったら、哀れやらおかしいやらで、もう!」

佐助は思い出し笑いをしている。
それも、涙を浮かべながら、大爆笑。

「酷ーい」

私は頬を膨らませて顔を背けた。

「鶏でも〆てきてあげようか?キジでもいいけど」

よしよしと頭を撫でる佐助の目は優しい。
本当に心配してくれてるのがよく分かる。
でも、村人の貴重な食材を取り上げる訳にはいかない。

「うーん。でも、それって村の鶏でしょ?村人に回してあげて。贅沢は敵だもん」
「はぁ、見かけによらず、強情だよね。その根性、俺も感服するけど、たまには食べたいもの、お腹いっぱい食べれば?村の物を食べるのが気が引けるなら、料理屋に連れてってあげるから、食べたいもの言ってごらんよ」
「料理屋さん…?」
「ああ。城下に行けばあるよ。で、何が食べたいの?」

私は、指折り数えるように、指を折りながら挙げていった。

「まず、甘い物が食べたいな。餡子が入った、柔らかいお餅の大福とか。お茶は玉露がいいな」
「甘味ね。女の子らしくて、いいじゃない。それにしても、玉露とは恐れ入ったね。まあ、何とかしてあげる。それから?」
「四つ足動物のお肉たっぷりと、お野菜たっぷり!お米はいらない!」
「は!?」

佐助は、驚いたような、呆れたような顔をした。

「女の子の言葉とは思えない…四つ足動物…信じられない…」

佐助は、がくっとうな垂れた。

「だって、お肉が恋しいんだもん。医者は体力勝負なんだもん。男の人と同じくらい食べなきゃ身体がもたないの!」
「そうだね…。君は、本当に頑張ってるからね…」

佐助は、また、よしよしと私の頭を撫でた。

「今は、秋だから、丁度牡丹鍋の季節だね」
「牡丹鍋…イノシシ?」
「うん、そう。それから、鹿肉も食べる?」
「鹿も食べれるの!?わぁ…!!」

牡丹鍋も鹿肉も、産地の旅館でしか食べられない高級食材。
もちろん、インターネットでも買えるけど、わざわざ買ってまで食べるほど、気楽に食べられる値段ではない。

「牡丹鍋と鹿肉で、そんなに喜ぶ女の子、初めて見たよ。じゃあ、お座敷押さえて、鍋でも食いに行こうか?いいねぇ、女の子と鍋つつくの。俺様楽しみー!」
「ええ!?お座敷!?高いんじゃないの!?」
「大丈夫、大丈夫。お館様のお名前で、経費で落とすから。お館様だって、たまの贅沢は、ご褒美に下さるさ」
「でも、患者さんが…」
「忍隊も随分治療に慣れた。何か変わった様子があれば、俺に知らせが届くようにしとくよ。だからさ、今日は城下に行かない?君の英気を養うためにさ。玉露が飲みたいなら、大福もお座敷の方がいいね。何なら、練りきりを用意させようか?」
「練りきり!?うん、そっちの方がいい!久しぶりだなぁ!本当に、いいの…?」
「いいの、いいの!たまには、息抜きしなきゃ、ね!はぁ、それにしても、練りきりと玉露とは、君はとんでもないお嬢様だね。姫君みたいだよ」
「そう?お嬢様とはよく言われたけど…」
「やっぱりね。綺麗なお嬢様と二人きりで逢瀬だなんて、素敵だね!」

パチンとウィンクされて、しかも逢瀬だなんて、これじゃ、まるでデートみたい…と、何だか気が引ける。
でも、佐助の誘いを断ったら、またしばらくずっと流動食と思うと、断る事なんて出来なかった。

今日は、食べて食べて食べまくる!
美味しいもの、たくさん!

「うん!今日は、今までの分と、当分の間の分まで食べまくる!」

そう言うと、佐助は目を丸くした後、爆笑した。

「君は禁欲的で儚げな子だとばかり思ってたけど、こんな面もあるんだね。元気な君を見るのはいいね!お座敷で、ゆーっくり、好きなだけ食べようね!じゃあ、善は急げという事で、もう少ししたら出かけよう。俺は、お座敷の手配と、忍隊の指揮を取ってくるから。もうちょっと休んでて」

佐助はひらひらと手を降ると、部屋を出て行った。

練りきりと玉露…。
牡丹鍋と鹿肉…。

やっとまともな、しかも贅沢な食事が出来るのがとても嬉しくて、うーん、と伸びをすると、私は、またタバコに火を点けた。
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