ああ青春のラブレター -2-

程なくして、でかいヤカンになみなみと茶が入れられ、届けられた。
俺は、湯飲みで何度か茶を飲み干すと、やっと落ち着いた。

政宗様は、愛しげな眼差しで、涙を浮かべながら、何度も最初の一文を繰り返し音読している。

モンシェリ、俺のマシェリ、と。

最初のうちは、俺も感激のあまり、薄っすらともらい涙が浮かんだ。
しかし、何度もモンシェリを聞いているうちに、段々居心地が悪くなって来た。
お一人にした方がいいんじゃねぇか…?

「あの…政宗様?モンシェリとは…?」
「私の最愛の人、って意味のフランス語だ。遙が俺をそう呼んでる。ああ、遙っ!!俺だけのマシェリっ!!」

政宗様は、文を胸に押し当てて、感極まったように、感涙に咽び泣いておられる。

政宗様のお気持ちも痛いほどよく分かる。
しかし、たった一行で、このご様子だ。
あの分厚さでは、何日かかるのだろう…。
もう、30回は「モンシェリ」を聞いているような気がする。
一旦、部屋に戻ろうかと立ち上がろうとしたら、
「小十郎、そこに控えてろっ!」と涙声で命令されて、俺は仕方なく、政宗様の前に控えた。

モンシェリはいつ終わるのだろう…。

早く読み進めて頂かなくては、作戦を練るもへったくれもない。
政宗様は、ようやく涙を拭うと、脇息に寄りかかり、寛いだ様子で文を読み始めた。
俺はようやくホッとした。
一日、モンシェリで終わってしまうのかと、本気で心配した。

目が滑るように、文字を追っておられる。

「色気のない奴!そんな事、もう黒脛巾組が掴んでる。まぁ、村の名前と場所が分かったから、それは良しとしてやるか」

さっきまで泣いておられたのに、顔を顰めて舌打ちして悪態をついておられる。

「疱瘡の流行の収束の時期か…。不確定だと…!?それまで甲斐から離れられないだと!?ざけんな!んなもん、待ってたら婚儀と引き換えの切り札にされるだろうが!その前に攫いに行ってやる!素直に攫いに来てくれって可愛く書けばいいものを、糞真面目にも程があるっ!!…まぁ、そんな所も愛してるけどなっ!」

怒りを露わにして怒鳴ったと思ったら、最後はめろめろに緩んだ表情になった。
最後の台詞に、俺はがくっとうな垂れた。
全く、今日の政宗様は、いつも以上に感情が大忙しだ。
恋する政宗様は、微笑ましいが、それを通り越して…我が主君なのに悪いが…とても滑稽だ。
耐えられるか、俺の精神…。
笑うな、笑うな、小十郎…!!

「やったぞ!小十郎!爺やの病は治せるって書いてあるぜ!」
「誠でございますか!?本当に得難いお方です!」
「ああ、流石、俺の惚れた女だ!!」

政宗様は、満足そうに何度も頷いている。
そのお顔は、幸せそうに緩みきっている。
しかし…悪い言葉で言うと、デレデレでこざいますよ、政宗様…。
デレデレじゃ足りません。
デレっデレのデレっデレです!!
はぁ、と聞こえないように、俺は小さく溜息を吐いた。
政宗様は、そんな俺には気付かず、文に目を走らせている。

「吉原の病は治せるが、患者を根絶するのは不可能か…。しかし、患者が離散しないようにするため、吉原は現状維持すべき、か。俺と同じ意見だな。だから、吉原を作ったんだからな。一生戦わなければならない病、か。Ha!それは好都合だ!遙は江戸から逃れられねぇ!」
「そうなのですか?」
「ああ、遊郭に病を集めて一網打尽に出来ないかと思ってな」

遙様と政宗様の絆は本当に深いご様子だ。
病に対する戦略まで考える事が同じだ。

「流石のご慧眼でございます、お二方共」
「まあな。だから、惚れたんだ。いや、それだけじゃねぇけど」

政宗様は、頬を薄っすらと赤く染めた。
そして、また文を読み進める。
この小十郎、惚気にそろそろ耐えられなくなって参りました…。
いつになったら、作戦会議が始まるのでしょう…?

「甲斐にて預かりの身柄ゆえ、信玄公との話し合いが必要だと!?攫うのに失敗したら、そうなるな…。どのタイミングで攫うのがいいか、黒脛巾組からの報告を聞きながら、慎重に計画を立てなきゃならねぇな」
「それにつきましては、この小十郎も全力で策を練ります」
「ああ、頼んだぜ」

やっとまともな会話になった。

「疱瘡は、かさぶたが剥がれる時に、一番感染力が強い、か…。小十郎、斥候は、全員疱瘡を患った事のある奴だけで構成しろ」
「はっ!力量にばらつきが出ますが、それでもよろしいのであれば」
「ああ、構わねぇ」

政宗様は、軽く頷くと、また文をめくった。
やっと、これで、2枚分。
あと半分残っている。

他に、何か練らなきゃならねぇ作戦はあるのだろうか…。

政宗様のお顔をじっと見つめていると、政宗様はふわりと優しい笑みを湛えた表情になった。
見ているこちらも幸せになるような、見た事もないような表情…いや、一度だけ見た事がある。
以前、見せて下さった、写真に写っていた政宗様の表情だ…。
とても、愛しげで、慈しみに溢れていて、お幸せそうな表情…。

「懐かしいな…。あいつ、まだまだ俺との思い出、全然忘れてねぇ…」

そう囁いた政宗様は、安らかで、見ているこちらの心も温かくなるような表情を浮かべていらっしゃる。

「エルメスの鞄の事も書いてある。俺がいなくなってから1年後に受け取って、びっくりして、俺が恋しくなって泣いたって」
「1年後、ですか?」
「ああ。あいつがいつも身につけられる物を考えたら、あの鞄しか思い付かなかった。でも、特注品でな、発注した時にはもう間に合わなくて、直接手渡せなかったんだ」
「そうですか…」

政宗様が注文した、それも特注品だったから、遙様だと確認出来たようなものだ。
これも、運命、深い絆で結ばれている、という事なんだろう。

「Cherish…。俺の好きな言葉だ…。慈しみ、愛するって意味の、日本語じゃ一言では表せねぇ、最高の言葉だ」

政宗様は、薄っすらと涙を浮かべて、やがて、それは頬を伝って流れ落ちて行った。
今までの、哀しみの涙ではない。
愛し過ぎて、恋しくて、溢れる想いがそのまま涙になって零れていっているのだろう。

「指輪もいまだにしてるって。俺と、永遠の愛を誓った指輪を…」
「永遠の愛、ですか?」

政宗様は、けっして指輪を外さない。
それを不思議に思っていた。

「俺と遙は、あっちの世界で祝言を挙げたんだ。これは、その時に永遠の愛を誓った証の指輪だ。俺達は、既に夫婦なんだ」
「祝言っ!?この小十郎に断りもなく、祝言ですと!?」
「だって、お前、いなかったじゃねぇか」
「それは、そうですが…。しかし、この小十郎、政宗様のそのような、晴れの席に参じる事も出来ず、無念にございます!さぞや、ご立派でございましたでしょう…」
「参列客はいなかったけどな。でも、とても、言葉では言い表せないくらい、幸せな祝言だった…。遙もとても綺麗だった…」
「……なりませぬ、政宗様。この小十郎、断じて許しませぬ!!」
「何だと!?何がいけねぇってんだっ!?」

政宗様が不機嫌そうに声を荒げる。
でも、これだけは譲れなかった。
政宗様ともあろうお方の祝言に祝い客がいねぇだと!?
そんな祝言、断じて、この小十郎、許せねぇっ!!

「政宗様、ご自分のお立場をよくお考えになって下さい!!政宗様の祝言は、花嫁仕度も豪華に、政宗様のご衣装もご立派で、そして、伊達の家臣全員で祝わなければなりませぬ!!政宗様が一度祝言を挙げられたからと言って、それだけで夫婦になるなど、言語道断!!そんな、寂しい祝言など、この小十郎は認めません!!今一度、伊達の沽券にかけても、盛大な祝言を挙げて頂きます!!遙様のご衣装も、最高級の白無垢をご用意させて頂きます!!」

一息に言い切って、はぁ、はぁ、と息を吐いていると、政宗様は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後、腹を抱えて大笑いをした。

「小十郎っ!!お前、最高っ!!クックックッ!!ああ、そうだな!!遙との祝言だったら何度でも挙げてぇな!!そして、城中のやつらに俺達の愛を見せ付けてやんねぇとな!!綺麗な綺麗な遙は俺だけのもんだって見せびらかすんだ!!」
「もちろんにございます!この小十郎の沽券にかけて、必ずや、歴史に残るようなお式にする所存でございます!」
「ああ、楽しみにしてるぜっ!!」

政宗様は目に涙を浮かべて大笑いした後、まだ喉の奥でくつくつと笑っていた。

「遙を早く攫いてぇ」
「必ずや成功させましょう」
「当然だ」

政宗様はニヤリと笑うと、また文に目を落とした。
またすぐに政宗様の目は、夢見るように優しいものになった。
懐かしそうに、優しい思い出に浸っておられる。
また紙を一枚めくった。
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