伊勢神宮のおかげ横丁とか、彦根城の城下町に似ている。
当たり前だけど。
あれは、こういう城下町を再現して作られたのだから。
「遙、あれが城下町だよ。戦に出る時に使う道は、馬がたくさん通れるように広く作ってあるけど、城下町は庶民と商人の街だからね。荷馬車とかは通れるけど、馬で歩くと目立つし危ないから、入口で馬を繋いで、そこから歩くよ」
「うん!でも、馬を盗まれたりしない?」
「それは、大丈夫。馬具に武田の家紋が入ってるから、滅多な事じゃ盗まれないよ」
「そうなんだ。うん、分かった!」
本当に、佐助は用意周到だなぁと感心する。
城下町の入口には、馬を繋ぐ場所がきちんと設けられていて、番人までいた。
佐助は、私を馬から下ろすと、自分も馬から下りて、馬を繋いだ。
「じゃあ、行こっか!どうする?城下で何か買ってあげようか?」
「ううん、私、人混みが苦手なの」
「そっか。じゃあ、真っ直ぐ料亭に行こう。お嬢様、お手を拝借!」
佐助は茶化すように言うと、私の手を取り、繋いだ。
「甲斐じゃ人攫いはまずないんだけど、はぐれたら厄介だから、ちゃんと手を繋いでついてくるんだよ?」
「うん」
男の人と手を繋ぐなんて、政宗以来だけど、本当にたくさんの人で溢れかえっていて、慣れない着物ではぐれたら本当に迷子になってしまいそうだった。
でも、佐助は、そっと手を繋いでいるだけで、何と言うか、美紀と手を繋いだ時の感じによく似ていた。
恋人同士、ぎゅっと繋ぐんじゃなくて、女の子同士、仲良く柔らかく手を繋ぐ感じ、と言えばいいのか。
だから、手を繋いだ瞬間は流石にちょっと抵抗感があったけど、何故だかすぐにそれを忘れられた。
横抱きにされて馬に乗ったから今更だけど、小袖で馬に乗るのは無理だったし、佐助は女の子の扱いに慣れているのか、私を恋愛対象に見ていないからか、不思議と嫌な感じはしなかった。
佐助は、私の歩調に合わせながら、器用に人混みをすり抜けて、裏通りに入った。
「京都みたいだね!裏通りの方が、老舗料亭が多いの?」
「うん、そうだよ!君、京に行った事があるの?」
「未来の世界でね」
「そっかー。あ、ここだよ、料亭。君の話はお座敷でゆっくりと聞きたいな。じゃあ、入ろう」
引き戸を開けて、料亭に入ると、女将さんが丁重にご挨拶をしてくれて、私達は二階の部屋に通された。
二人には少し広すぎるけれど、仙台の実家の客間になんだか似ていて懐かしくなった。
きちんと、茶会が開けるような道具も揃っている。
「はぁ、落ち着くー」
ふぅ、と吐息を吐いて言うと、佐助はくすくすと笑った。
「庶民の女の子だったら、こんな部屋、かえって落ち着かないよ」
「そう?」
「うん。広々としたお部屋。趣味のいい掛軸に、綺麗に生けられたお花。花器もいい物使ってるね。よく手入れされた畳。無垢のちゃぶ台。今日は鍋だから、御膳じゃないの。それに、季節に合わせた香がほんのり焚かれてるね。茶懐石だって振舞えるようになってる。場違いだって、緊張するのが普通じゃないかな?」
「そうかなぁ。うちの実家の客間ってこんな感じだったよ?」
「そうなの!?」
「うん。だから、何か懐かしくて落ち着くなー」
「はぁ、料亭にして本当に良かった…。本物のお嬢様だったとは…」
佐助は、深い溜息を吐いて、額に手を当てた。
私は慌てて付け加えた。
「あ!でも、本格的なお茶会は苦手!狭いお茶室に入る時のお作法から緊張するもの。畳の縁とか考えながら動かなきゃいけないし。本当は、頭で考えなくて、自然にそれが出来たらいいんだけど、そこまでは無理だったなー。お菓子を頂くのも緊張したし。でも、お菓子が出なかったら、あんなお茶会、絶対に嫌!それに、お殿様に振舞う方のお作法は、記憶が曖昧だし。やれば何とか出来るかもってくらいで…」
本物のお嬢様は、薄茶濃茶だけじゃなくて、利休様の時代からそのまま受け継がれた狭い茶室でのお作法もきちんと身についてるから、私はそんな優秀なお嬢様じゃないと、慌てて否定した。
「茶の湯!?君、茶の湯まで嗜んでるの!?」
「え?お茶とお花とお琴は女の子の嗜みだって言われて、それだけは17歳まで習ってたけど?あとは、趣味で香道をちょこっと。和歌は作れないけど、万葉集とか古今集とか新古今集を多少知ってるのはそのお陰かなぁ」
「ええ!?それって、武家の、それも大名級の姫様の嗜みじゃないか!!もしかして、遙って、うちの姫様よりずっとお琴も上手で和歌もよく知ってるんじゃないの!?うちの姫様、茶の湯は逃げ回ってて、お館様もお気になさらないから、茶の湯は嗜んでないよ!!」
「ええ!?そうなの!?」
「…遙、もしかして、無自覚…?世間知らず?その割に手習い全然出来てないけど」
「うっ…時間かけて書けば、楷書なら書けるもん…行書は才能ないってすぐに分かったから諦めたけど…」
どうやら、ものすごく深い墓穴を掘ってしまったようだ。
仙台で、政宗様の教養にすごく感動して、憧れて、少しでも近付きたいって気持ちもあって、何の気なしに親に言われるまま、習い事をそれなりにこなしてただけなんだけど、普通とちょっと違うかな、程度に思ってただけなんだけど、もしかしたら、普通とすごくかけ離れてるの…!?
天下の伊達男、伊達政宗様の背中を追いかけたのがいけなかったの、かな…?
政宗様って、やっぱり戦国きってのハイスペック男だったのかな?
正直、政宗様以外の武将は織田信長と豊臣秀吉くらいしか知らないし、それもあんまり詳しくないから、比較対象がない。
「ああ!ごめんごめん!そんな顔、させるつもりじゃなかったの!」
佐助は、めいっぱい手を伸ばして私の頭を撫でた。
…テーブルの奥行きがずいぶんあるから、流石の佐助も身を乗り出さないと届かないんだね…。
「うーん、世間知らずねぇ。うん、そうなんだと思う。ずっと狭い世界で生きて来たから。他の世界の事、何にも知らないのも確かかな」
「へぇ!すんなり認めるんだ!何か意外!いや、そうでもないかな。君らしいかな」
「私らしい?」
首を傾げると、佐助はにこにこと笑った。
「うん!君って馬鹿正直だからね!!」
私はその言葉にがくっとうな垂れた。
はい、よく言われます。
政宗にも馬鹿正直で無防備だってよく言われた。
「ごめんねー!君みたいな子、なかなかいなくてすごく新鮮なの!だからからかいたくなっちゃっただけ!あ、そうだ!そろそろ八つ時だから、練り切りと玉露持って来させるね!」
おやつが3時に食べるのは、八つ時、昔の3時に食べるからなんだって昔聞いたけど、本当なんだなぁ…。
佐助は二つ手を叩いて中居さんを呼ぶと、おやつを手配した。
「折角だから、玉露は、3煎目くらいまで淹れて下さい」
私がそう頼むと、中居さんはにっこりと笑って部屋を出て行った。
「流石だ…」
また佐助が感心している。
「本当に通なんだね、恐れ入ったよ、全く」
「そうかなぁ…。お茶っ葉がもったいないだけなんだけどなぁ…。温度変えて淹れて飲めば、何度も楽しめるじゃない?」
「だから、それを知ってるのが通なの!一煎目だけで満足しちゃうのは、一見さん。はぁ、本当に無自覚なんだ…」
また、無自覚って言われちゃった…。
私、そんなに変なのかなぁ…。
「そんな無自覚な君のお琴、聴きたくなっちゃった!丁度、あそこに立てかけてあるからさ、おやつ食べて、のんびりしたら、お夕飯まで暇だから弾いてみてよ!」
「ええ!?年に2回しか弾かないから下手だよ!?」
「それでも、いいの!楽しみだなー!!」
佐助は嬉しそうに、にこにこと笑った。
しつこくねだられそうだから、おとなしく弾くしかないか…。
はぁ…。私が墓穴を掘ったばっかりに…。
でも、暇なのは確かだから、それもいいか、と気を取り直した。
しばらく佐助と他愛ない話をしているうちに、綺麗なピンク色の、手の凝った練り切りと玉露が届けられた。
中居さんは、テーブルの上に懐紙を敷き、その上に綺麗に並べると、部屋を出て行った。
「わぁ!!綺麗!!久しぶりだなー!」
「俺も久しぶりー!」
佐助が練り切りを食べるとは想像出来なかったけど、やっぱり綺麗で、美味しいものは、男の人だって食べるよね、と納得する。
二人同時に「頂きます!」と手を合わせて、食べ始めた。
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