おしゃべり -3-

村に着くと、佐助は、私を部屋まで送ってくれた。
久しぶりに美味しいものを食べて、楽しくおしゃべりをして、とても楽しかった。

佐助は、恋愛対象の男の人って言うより、何だか美紀を彷彿とさせるような、いいお友達みたいな感じだ。
ついこの間まで、恐怖の対象でしかなかったのに、あんな風に笑い合いながら、食事をするような関係になるなんて、夢にも思わなかった。
幸村が食べなかった分、また明日も一緒にゆっくり美味しい食事が出来ると思ったら、何だか元気が出る。
やっぱり、人間に必要なのは、美味しい食事と、それを一緒に楽しめる仲間なんだな、としみじみ感じた。

「あー、離れがたいなー。もっと一緒におしゃべりしてたいなー。忍やってるとさ、諜報とかで料亭で女相手に食事する事はあるけど、仕事の事、綺麗さっぱり忘れてさ、普通の女の子と楽しくおしゃべりして、料理も味わえるなんて、俺、初めてだよ。くノ一とはこんな事しないし、例え行っても、上司と部下だから、やっぱり仕事から離れられないし。何か、すっごく嬉しかった」

佐助は、満面の笑みを浮かべてよしよしと私の頭を撫でた。

そうか、佐助は、こういう食事って本当に初めてだったんだね…。
でも、私も初めてかも知れない。
男の人と二人きりで食事して、相手が下心がないかなんて心配せずに、おしゃべり出来たのは、初めてだ。

政宗を除けば…。

初めて出会った時も、政宗はとても優しくて、私はその優しさに甘えていた。
政宗も下心なんて全然感じさせなかった。
キスまで交わしてたのに、不思議なんだけど。
それ以上は何もないと何故だか心から信じてた。
…いや、ドキドキさせられっぱなしだったから、やっぱり佐助とは違うか。

その後、互いに惹かれ合って私から求めてしまったけれど、佐助とは美紀との関係のように、戦友のような信頼関係のままでいたい。
私には政宗がいるし、政宗しか愛してないから。
こうして一緒に医療活動をしていると、本当に何だか美紀とダブる。

「私も、男の人と二人きりで食事して、緊張しなかったの、初めてかも。佐助とおしゃべりするの、すごく楽しかったよ!!」
「そう、良かった!!うん、うん。俺を男として見ちゃ、絶対にダメだよ。…絶対に…」

にこにこと笑っていたのに、最後は何だか厳しい表情になった。

「うん、きっと、そういう目で見る事は絶対ないけど、どうして?」

佐助は、淋しそうな表情を浮かべた。

「君は何も知らなくていい。知っちゃいけない。ただ、俺が、心を許して楽しくおしゃべり出来る、貴重な女の子って存在でいてくれれば、それでいいんだ。というか、君には、そういう存在でいて欲しい。これからも、ずっと」
「ずっと?」

佐助は、淋しそうな表情を浮かべたまま、また私の頭をくしゃりと撫でた。

「君が江戸に行っても、こうしてたまには一緒に食事したいな。それが、俺の願い」
「佐助…」

江戸に行く…。
政宗に会ったら私の力は消えてしまう…。
一から医療品を開発しなくてはならなくなる。
それでも、私の存在意義は、政宗と再会する事だけにあるようなものだ。
あの政宗が、私を離す事なんてあり得ない。
佐助の願いは叶わない。

「まだ、疱瘡の治療が終わらないから、先の事、考えるの、やめよう?それより、明日も一緒にお座敷行く事の方が、ずっと楽しみ!!」
「ははっ!それもそうだね!また気晴らしに、何度か行ってもいいし。茶懐石の約束しちゃったからね!まだ、おしゃべりしてたいけど、君、これからあの爺さんの皮膚を調べるんだろ?俺は退散するよ。君も、早々に切り上げて、今日はゆっくりお休み。せっかく英気を養ったんだから、睡眠もしっかり取るんだよ。見張りも今日は外してあげる。だから、何にも考えずに、心配せずに、ゆっくり寝るといいよ」

どうやって見張りを外してもらうよう、お願いするか悩んでいたけど、佐助から申し出てくれて本当に助かった。

「ありがとう…。お昼まで寝ちゃうかも知れないけど、いい?」
「ああ、大丈夫だ。しっかり寝だめしときなよ。好きなだけ寝て、起きてから、また仕事の事を考えればいい。今日は、何もかも忘れて寝るんだよ?君を起こしにいかないように手配しとくから」
「分かった。佐助、おやすみなさい」
「ああ、お休み」

もう一度、佐助は私の頭を撫でると部屋を出て行った。

佐助があんなに優しいなんて、知らなかった…。
もっともっとおしゃべりしたい。
でも、それも私が江戸に行くまでのつかの間だ…。
せっかく友達が出来たのに、何だかとても残念だ。

でも、やっぱり一番会いたいのは、政宗だな…。
どんな男前になっているか想像するだけで、ドキドキと胸が高鳴る。

見張りもいないと思うと、やっとプライベートが確保されて、私は寛ぎながら、タバコに火を点けた。
でも、急患の事を考えずにいるのは、無理だな…。
急患の事だけは知らせてもらうように伝えておけば良かった。
溜息と共に、煙が天井へ昇っていく。

まず、やらなきゃいけない事は、あのお爺さんの皮膚から、らい菌を検出する事。
そして…。
それから、政宗のラブレターを何度も読み返して、政宗の愛情に包まれながら、ゆっくり寝よう。

政宗に、早く会いたい。
ラブレターだけでもいいから、政宗の愛の言葉が聞きたい。
何度も何度も読み返して、政宗の愛情を胸いっぱいに抱き締めたい。

早く検査を済ませなきゃ…。
密閉してあるから乾いてはいないと思うけど、早く組織の染色をしないと調べられない。
あのお爺さんが命懸けで来た意味がなくなってしまう。

タバコを吸い終わると、頭がすっきりして、気分が切り替わった。
皮膚スメア検査には顕微鏡が必要だけど、どうしよう…。
あの小型の顕微鏡で、何とかなるんだろうか。
バッグを引き寄せて、中身を見ると、何かの検査キットとマイクロピペット、エッペンドルフチューブが一番上に乗っていた。
検査キットには、説明書が書いてあった。

「生食水で希釈、それから、キットで判定か…。はぁ、本当によく出来てるね…。顕微鏡も小型のしかないし、PCRの機械もないからどうしようかと思ったけど、反応時間も短いし、本当、便利…。未来の道具かぁ…。というか、リアルタイムPCRなんてあったら、医学が進み過ぎるから、使いたくても与えられないのね、きっと。歴史が変わるから」

戸惑いながらもキットで検査をすると、くっきりと陽性反応が出た。
間違いない、ハンセン氏病だ。

どうしよう…。
政宗に会わずに、八王子の里の人達を助けるにはどうしたらいいんだろう。
ありったけの抗生物質を願ってみようか…。

祈りを捧げるように、目を瞑ると、急激な睡魔に襲われて、私の意識は閉ざされた。

次に、意識が回復すると、私がこの世界に呼ばれた時の、あの暗闇の世界にいた。
目の前のスクリーンは、ノイズで乱れている。
しばらくノイズを眺めていると、それは止み、CGの男性が現れた。
あの時に見た男性と同一人物のようだけど、10年くらい年を取っているように見えた。

「久しぶりだね、如月遙。もう一度、君に会うための技術を開発するのに、ずいぶん時間がかかってしまった。時空の歪みの進行は止まり、収束しかかったのに、それ以上改善が見られないから、どこにバグがあるのか洗い出すのにまた時間がかかった。そして、まだ君が政宗に出会えていない事が分かった。政宗と君が、医療活動をする約束をしてしまって、君が動けなくなっているのも分かった。ゲーム的に言うと、BAD ENDルートの分かれ目に君はいる。そして、厳しい二択を迫られている。そうだね?」

私は頷いた。
里の人達を助けたければ、政宗と会うのをずっと先延ばしにして拒み続けなければいけない。
政宗と再会したら、里の人達も吉原の人々も助けられない。
どっちに転んでも、後味が悪い。

「このまま君が医療活動を続ける事による、未来への影響について何度も検証した。電子顕微鏡、X線、PCR、シーケンサー、電気泳動など、タンパク質結晶解析や、DNAマッピングに関する道具や、ウイルスの可視化など、歴史を大きく変える発見に結びつくものさえ与えなければ、医学の歴史は変わらない事が分かった。君には、あくまで、我々が与える道具の範囲内で医療活動を続けてもらう。タイムリミットは、君の命が尽きるまで、という事に決まった。だから、君は、政宗に会うルートを真っ直ぐ進むんだ。道は開けた。あともうすぐ、世界は元の流れになる。もう一つ、シミュレーションで分かった事だが、君には援軍が必要になる時期が訪れる。君が未来を知ると乱数が生じるから何が起こるかは言えない。然るべき時に、援軍が、然るべき道具を持って、必ず現れる。あちらの世界に過度に干渉は出来ないから、その人物の存在があちらの世界に必要なくなった時に、この世界に呼び寄せるよう、プログラムしておいた。いつになるかは、その人物次第だが、いつかは会えるだろう。君に伝えられる事は以上だ。質問は受け付けない。余計な事を知れば、それが乱数になる。健闘を祈る」

待って!という前に、ぱっちりと目が覚めて、私は壁に寄りかかったままの白衣を着た姿でいた。

医療活動をこのまま続けられるのなら、政宗に心置きなく会える。
でも、援軍って?
医療チーム?
でも、人物って言ってた。
ナース?それとも、医者?

でも、きっと、こうして私が余計な事を考えて、それが乱数になるのなら、考えない方がいい。
私は、政宗に会う事だけを考えればいいのだから。

政宗…。
もうすぐ、会えるの?
疱瘡が収束したら、お館様は、私を政宗に引き渡してくれるの?

早く政宗に会いたい。
恋しくて、恋しくて、仕方ない。

その前に、政宗が手の込んだ真似までして送り届けてくれたラブレター。
政宗の想いが込められたラブレターをゆっくり読もう。
何度も何度も繰り返して。
恋しくて、恋しくて、泣くと思うけど、明日はお昼まで寝ててもいいなら、泣き疲れて眠るまで、繰り返し読もう。

私は寝巻きに着替えて、バッグの中から政宗の手紙を取り出すと、布団に入り、うつ伏せになって、封筒の封印を見つめた。

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