筒井筒 -2-

姫様、何という事を…。
この真田幸村が、姫様のようなお方を穢すなんて、あってはならぬ事。

「幸村…。私の我儘、もう聞いてくれないの?私だって、こんな事、祝言を挙げるまでしたくなかった。幸村と祝言を挙げるまで。でも、これしかないんだもん。…は、恥ずかしいけど、でも、でも、最後に、どうしても幸村に抱いて欲しいの…。お願いだから、幸村、私を見て…」

姫様の切ないほどの願いが、胸に突き刺さる。
姫様の涙声を聞くと、お慰めしたくなる。
我儘だって聞いて差し上げたくなる。
でも、これだけは、絶対にあってはならぬ事!
ギュッと目を瞑って、首を横に振った。

「ううっ…幸村ぁ…。やっぱり、私が子供っぽいからいけないの?その女のお医者様、大人びて、とても美しくてお優しくて綺麗だって、みんな言ってた。その人なら…ううっ…幸村も、抱けるの?…もしかして、もう、何度も閨を共にしたの?」
「そんな事、断じてござらん!!」

姫様を振り向いて、目を真っ直ぐに見てそう言うと、視界に姫様の生まれたままの姿まで目に入り、ハッと息を呑んだ。
かあっと顔に血が上って行く。
女らしい、柔らかな曲線を描いたお美しいお姿。
小振りな胸も、着物には似つかわしく可愛らしく、くびれた腰から太腿にかけて描く曲線は艶めかしく、何時の間にこのように大人のおなごに成長していたのかと、驚きを隠せなかった。

「幸村、やっと見てくれた…。嬉しい…」

姫様は、切なげな笑みを浮かべると、俺の前に座り、俺の着物の襟に手をかけた。

「姫様、なりませぬ!」

姫様の手に自分の手を重ねて止めようとすると、姫様はそれをさらりとかわし、俺の肌に手を滑らせながら、俺の夜着を片肌はだけさせた。
肌の上を滑っていく手の温もりに、ぞくぞくとするような心地よさを感じて、身体が痺れたように動けなくなる。
固まってしまって動けない俺の夜着を、姫様は掴んでするりと諸肌はだけさせると、姫様は、眩しそうに俺の身体を見つめた。

「幸村の身体、すごく綺麗…。筋肉質で、男らしくて…。幸村は、ずっとずっと、私の憧れだった…」

そう言うと、姫様は俺にしがみつくように抱き付いた。

「あったかい…。ずっと、幸村と、こういう風に抱き合いたかった…」
「っ…!!」

俺は声すら出せず、息を呑んだ。
初めて身体に触れた、おなごの身体は、とても柔らかくて温かくて、何とも言えないほど心地良い。
それと同時に、愛しくてたまらないような、大切に大切にしたいという気持ちが湧き上がってくる。
遙殿に対しては感じた事のないような、何とも言えない、安らぎに満ちた、温かい気持ちが溢れてくる。

こんな事、決して許されないのに…。
姫様と、このように抱き合うなどと…。

「っ!姫様…!!」

なりませぬ、と言おうとすると、姫様は、俺の唇をその可愛らしい唇で塞いだ。
おなごは、身体が柔らかいだけでなく、唇までこんなに柔らかいものなのか…?

柔らかく、ぎこちなく俺の唇を食む姫様の唇は少し震えていた。
姫様の決死の覚悟が伝わってくるような、接吻だった。
そんな姫様は、いじらしくて、可愛らしくて、愛おしくてたまらなくて、これ以上拒む事など出来なかった。
俺は、姫様の頭を引き寄せ、深く唇を重ねた。
柔らかな唇を何度も何度も堪能するように、柔らかく唇を食むと、姫様の口から堪えきれないような、甘い声が漏れた。
唇を離して姫様を見つめると、姫様は涙ではない、濡れたような熱に浮かされたような瞳をして俺を見つめた。

「やっと幸村が私の接吻を受け入れてくれて、嬉しい…。私を求めてくれて、嬉しい…。幸村、愛してる…。もっと、幸村が欲しい…」

そんな表情で、愛の言葉を囁かれてしまうと、もう、耐えられなかった。
俺も、姫様を抱き締めて、もっと唇を重ねたくて仕方ない。
今まで、ずっと誰にも触れる事を許さなかったこの身体を、姫様にだったら捧げても構わない。
たまらず俺は、姫様を褥の上に押し倒して、姫様の背中に腕を回し、抱き締めながら、また唇を重ねた。
何とも言えない、幸せな気持ちで胸がいっぱいに満たされて、もっともっとこうしていたい。
姫様は、俺の首の後ろにそっと手を回し、お互いもつれ合うようにして、何度も何度も唇を求め合った。
そうしているうちに、この唇で、俺の手で、姫様に触れたくてどうしようもない衝動に駆られる。

男女のいろはくらい、俺だって知っている。
止めるなら、今のうちだ。
最後まで行ってしまったら、姫様の純潔がなくなってしまう。
嫁ぐ事が出来なくなってしまう。
姫様を離したくないと思うのに、お館様を裏切る事なんて出来ない。
こうして抱き合う事すら、本当は許されないのに…。

唇を離して、姫様をじっと見つめながら、頬をそっと撫でた。
姫様は嬉しそうに、そして濡れた瞳で俺を見つめた。

「幸村、もっと…。接吻だけじゃ嫌。幸村の唇で、私の身体に触れて欲しいの」
「姫様、これ以上はなりませぬ。この幸村とて、男。衝動のままに、姫様の純潔を穢してしまうような事になっては、なりませぬ」
「それでもいいの。そうしたら、嫁がなくても良くなるもん」
「なりませぬ。これ以上、其れがしを煽ってはなりませぬ。今でも、苦しいくらいに耐えているというのに、これ以上はっ!!」

姫様の目にみるみるうちに涙が盛り上がって行って、それが目尻から褥に零れ落ちて行った。

「父上が憎い…。私には姉君も妹姫もいるのに、何故、私なの?政宗様に嫁ぐのは私じゃなくてもいいのに…」
「それは、姫様が類い稀なお方ゆえでございます。武芸に長けて、教養も申し分ござらん。一の姫様は、教養は姫様より優っておられるが、政宗殿は武芸にも長けて、教養も天下一の伊達男。一の姫様では満足なさらぬだろう。武田で最も優れた姫様は、この幸村が心血注いでお育てした、姫様の他にはいらっしゃいませぬ」
「そんな…くっ…ううっ…幸村に褒められたくて頑張ったのがいけなかったの?嫌っ!!幸村じゃないと、嫌っ!」

姫様は、またしくしくと泣き始めた。
その涙を唇で吸い取る。
姫様をご立派にお育てした事が、姫様を泣かせている。
やるせない気持ちでいっぱいになる。

「俺は、姫様を泣かせてばかりだな…。誰よりもお守りしたいと、大切に大切に思い、ありったけの武芸も教養もお授けしてお育てした事ですら、姫様を泣かせる原因になっている」

姫様は、また声を殺して泣き出した。

「ううっ…どうしても嫁がなきゃいけないの?」
「さようにございます。これも全て、武田のため…」
「嫌!嫌!」

嫌だと静かに泣く姫様を見るのは、辛くてたまらなかった。
姫様は、どう足掻いても伊達政宗に奪われてしまう。
こんなに大切で、愛おしい姫様を奪われてしまう。
遙殿の心を奪うだけでなく、姫様まで…。
姫様を伊達政宗から奪えるものなら、奪ってしまいたい。
しかし、それではお館様が…。

それならば、いっそ…。
遙殿を政宗殿から奪ってやろうか。
俺の勘では、政宗殿が操を立てているのは、遙殿のためだ。
俺の大切な姫様を奪うというのなら、その代償に、政宗殿の最も大切なものを奪ってしまえばいい。
遙殿は、軽々しく佐助と二人で出かけてしまうようなおなご。
手懐けようとすれば、簡単に陥落するかも知れない。

そして、どうせ姫様を奪われるというのなら、その純潔だけを守り、姫様を抱いてしまえばいい。
俺に抱かれる事が、姫様の望みでもあり、俺だって姫様と身体を重ねたくて仕方ない。

とても残酷で酷い事だと分かっている。
でも、それほどに、伊達政宗と遙殿が憎くて仕方なかった。

「姫様…。其れがしには、姫様の純潔を穢す事は出来ませぬ。しかし、姫様の最後の我儘は聞いて差し上げたい。純潔は必ずお守りする所存。姫様のお望み通り、姫様にこの身を捧げましょう。姫様がお望み通りの、快楽を、温もりを、この幸村が与えて差し上げましょう。伊達政宗に奪われてしまう前に…」

姫様は驚いたように目を瞠った後に、切なげな、でもとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「幸村、ありがとう…。私、嫁いでも、幸村の温もりを絶対忘れない。私の身体を愛してくれた事も絶対忘れない。一生の思い出にする!」
「姫様っ!!」

あまりにいじらしいお言葉を聞くと、もう止まらなかった。
姫様の、身体に口付けの雨を降らせながら、優しく愛撫を施していく。
姫様は、可愛らしいお声で、小さな喘ぎ声を上げていた。
感極まったように、先ほどとは違う、喜びの涙を流しておられるのが嬉しくて、愛おしくて、離したくなくなる。
最後まで繋がってしまいたい衝動に何度も駆られたけれど、俺は、それを無理矢理に抑え込み、姫様を愛撫し続けた。

俺だって、知識が全くない訳ではない。
女が絶頂を、迎えるのは、何も一つになる事だけではない事くらい知っている。
女が一番感じるという、そこに触れると、姫様は驚いたように身体を強張らせて、恥じらいながらいやいやと首を横に振った。

「姫様、貴女が愛おしくてたまらない。この幸村が与える快楽に、ただ身を任せては下さらぬか?怖い事は何もない。恥じる事もない。純潔も守られる。姫様は、この幸村が信じられぬか?」

そう耳元で囁くと、姫様は少し悩んだ後、首を小さく横に振って、ようやく身体から力を抜いた。
優しくそこを刺激すると、姫様は身体をびくっと震わせ、一際大きな喘ぎ声を上げた。
屋敷の者に聞かれないように、姫様の唇を奪い、深く唇を重ねながら、そこを刺激し続ける。
辛そうにくぐもった喘ぎ声が漏れるのを、俺は許さなかった。
この逢瀬は誰にも知られてはならない。
本当は、そのお声が聞きたくてたまらないのに、俺はやるせない気持ちで、姫様の口を塞ぎ続けた。
やがて、姫様の呼吸が上がって行き、一際大きく背中を反らすと身体をびくびくと震わせた。

「んんんんっ!!」

空気を求めるように、胸をとんとんと叩かれてようやく俺は姫様の唇を解放した。
姫様は、辛そうに荒い吐息をつきながら、ポロポロと涙を流し、まだ余韻に身体を震わせていた。

「はぁっ、はぁっ、ゆ、幸村、今の、何?何か、身体が変…。何が起こったの?」

あんなに大胆に俺を求めて来たというのに、何も知らないなんて、姫様はまだまだ子供だと思うと思わず笑みが零れた。

「それが、女が享受する、最高の快楽でござるよ」
「最高の快楽…?何か、頭が真っ白になって、気持ち良過ぎておかしくなりそうだった…」
「姫様はご存知なかったのですか?」
「うん…。誰もそんな事教えてくれなかったもん…」
「そうか…。ならば、この幸村が何度でもその身体に刻み込んで差し上げましょう。この幸村を忘れたくないとおっしゃるならば…」

戸惑ったような姫様の頬に口付けを落とす。
伊達政宗は…きっと、伊達政宗は、姫様にこんな快楽は与えないだろうな…。
ただ、痛みしか感じないような、抱き方だけをして、男児を無理矢理産ませる。
そう思うと辛くてたまらなかった。

また、姫様の染み一つない白い身体にそっと手を滑らせ、口付けの雨を降らせて行く。
そして、また、何度も何度も姫様を絶頂に追いやった。

やがて、俺達は、絡み合うように抱き合い、無言で互いの温もりを確かめ合った。

「最高の思い出になったよ、幸村。…でも、幸村とこれで最後だなんて、嫌…。せっかく幸村と抱き合えたのに、これで最後だなんて…ううっ…」

姫様はまたしくしくと泣き出した。
その背中を撫でながら、俺も悲しくてたまらなかった。
初めて知った、本物の温もりを手放さなければならないなんて、辛くてたまらなかった。
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