…あの…遙…?
俺、一応、男なんだけど…?
さっきより着物も乱れてて、気になってしょうがないんだけど…?
さっきから目のやり場にめちゃめちゃ困ってるんだけど…?
襖の向こうで中居さんがくすくす笑っていて、更にやるせない。
「あの、遙?俺、一応、男…」
「佐助は男じゃないもん!そう、佐助が言ったから、男と思ってない!」
「そ、そうだったね、うん。いや、その通りだね…」
自分で言っておいて、哀しいやら、信用されてるのが嬉しいやら、何か分かんないけど、涙ちょちょぎれそう。
「ところで、気になってたんだけど、遙の言う、女子会ってどういうの?俺、女の子同士が茶店でお団子食べながらおしゃべりするのが女子会かなって思ってたんだけど…」
遙は、うーんと少し悩んで、タバコに火を点けた。
「そうだねー。確かにお茶しながらおしゃべりって女子会もあるよ?でも、お酒が入らないと出来ない話もあるじゃない?素面で話せない話題とかさ。お茶なんてすぐに飲み終わるし。キツい仕事やってる女の子ほど、女子会ってお酒がつきものだよ?その方が長くおしゃべり出来るからねー」
「なるほどねー。男の憂さ晴らしと同じか」
「そういう事!」
遙の盃が空になっているのに気付いて、また酌をする。
遙は、それに手をつけることなく、ゆっくりとタバコをふかしていた。
KOOLと箱に書いてある。
未来の世界のタバコかな、これも。
遙が息抜きをする時に必ず吸っているタバコだ。
「はぁー、落ち着く…。一本吸ったら飲み直しだな」
遙…それ、完全に、男…。
俺は苦笑いをした。
「あ!笑ったな!」
「ごめんごめん!いや、気持ち分かるなぁって思って。俺も、仕事キツいからね。誰かと憂さ晴らししたい気持ちも分かるさ」
「流石、佐助ー!!よーし、乾杯しよう!!」
そう言うなり、遙は俺の盃になみなみと酒をついだ。
そして、短くなったタバコを灰皿でもみ消した。
「佐助!かんぱーい!!」
遙は上機嫌に盃を掲げた。
俺も苦笑いをしながら盃を掲げた。
遙は一気に飲み干すと、またタバコに火を点けた。
うわばみのように、底なしに立て続けに飲むのかと思いきや、きちんと飲む塩梅を心得ている所が流石だ。
というか、本物の酒飲みだ。
この調子なら俺もつぶれる事はなさそうだ。
「あのさ、男の憂さ晴らしは分かるんだけどさ、女の子の憂さ晴らしって、どういうの?」
「そうだねー、まず、上司の愚痴かな!」
俺は、がくっと崩れ落ちそうになった。
俺も、陰で相当愚痴を言われてるんだ、きっと。
はぁ、やるせない…。
「うーん、それから、恋バナかな?」
「恋バナ?」
「うん。恋愛相談とか惚気話の事」
「へぇ!恋バナって言うんだ!それは男の憂さ晴らしにはないなぁ。で、遙も恋バナするの?」
遙に想い人がいるのは知っている。
知っていて、素知らぬ振りをして、カマをかけてみた。
遙は遠い目をして、薄っすらと涙を浮かべた。
…やっぱり…。
旦那が言っていた通り、遙には想い人がいるんだ…。
「恋バナ、ね…。はぁ、ずいぶん前に涙は封印したんだけどな…」
遙は囁くような声で呟き、すうっと一筋涙を零した。
無表情な美しい顔を滑り落ちていく涙はとても綺麗だった。
「佐助、酒!」
「はいはい」
無表情のまま、涙を拭いながら差し出された盃に俺は酒をついだ。
遙は、一息にそれを飲み干すと、深い溜息を吐いた。
「はぁ…ダメだな…。全然酔えない。いつもそうなんだ…。でも、飲めばまだマシだから飲まずにいられない。精神的に辛い時はいっつもそう…。まぁ、医者だから無茶な飲み方はしないし、だから酔えないんだけどね…。はぁ…」
遙の想い人って、もしかして、片想いなのかな…?
辛い恋をしてるのかな?
ずいぶん前に恋心を封印したって…。
もしかして、遙が強がっているのはそのせいだろうか…?
俺は俯いている遙の頭を撫でた。
よしよしと撫でているうちに、遙の瞳に涙が盛り上がっていく。
「あんまり優しくしないでよっ…」
「そうつっぱるんじゃないの!遙、本当はすごく繊細なのに、無理して強がってるでしょ?仕事に全てをぶつけて、何かから逃げて、考えないようにしてるでしょ?切り替えが早いのもそのせいでしょ?たまには素直になって、好きなだけ泣けば?ここだったら、いくら泣いても大丈夫。泣きたいなら胸を貸してあげる」
「何…で…?何で、美紀と同じ事、言うの!?しゃべり方まで美紀とそっくり…っ!!頭の撫で方まで!!酷い!…弱音吐きたくなっちゃうじゃない!!抱き付いて泣きたくなっちゃうじゃない!!せっかく精一杯強がってきたのに!!美紀の胸でしか泣かないって決めてたのにっ!!」
目にいっぱい溢れかえっていた涙が堰を切ったように零れ落ちていった。
俯いて泣く遙の着物が、ぽたぽたと零れ落ちる涙で濡れていく。
「だから、強がるなって!俺を男と思ってないなら、存分に抱き付いて泣けばいいじゃん!俺を美紀だと思って泣けばいいじゃん!」
遙の背中を引き寄せると、遙は俺の首に腕を回し、額を俺の胸にくっつけて、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
背中をそっと抱いたまま、よしよしと後頭部を撫でると、遙は身体をすっかり俺に預けて声を上げて泣いた。
ぎゅうっとしがみ付かれて、泣かれると、何か切ない。
…色んな意味で…。
遙をこんなに泣かせる男が何だか憎いし…。
想いを成就させてあげたいし…。
でもね、遙…。
こんな時に悪いんだけど、君、胸がすごく大きいね…。
かすがほどじゃないけど、かなり大きいね。
しかも、かなり形がいいね…。
着物の上からでも分かってたつもりだったけど、着痩せしてたんだね…。
正直、想像以上だったよ…。
はぁ…。
嬉しいんだか、哀しいんだか…。
役得なんだか試練なんだか…。
こんな時に、こういう風に思ってしまう男の性が哀しい。
俺は、無理矢理、理性でその思いを抑え込んで、あくまでそっと抱き締めて、優しく優しく頭を撫で続けた。
「ううっ…会いたいよ…会いたくてたまらないよっ…声が聞きたいよっ…もう一度抱き締めて欲しいよっ…ううっ…」
もう一度抱き締めて欲しい、か…。
一度は恋仲だったんだろうな…。
身分違いの恋でもしたのかな?
無理矢理引き離されて…。
「まだまだ全然忘れてないっ…あの頃のまま、ずっとっ!!…いまだに、恋しくて、堪らなくてっ!!…愛してるよ、ずっと……」
遙の切ない愛の言葉に、何だか俺まで泣けて来そうだ。
俺、諜報の芝居でしか泣かないのに…。
こういうの、本当に弱いんだよなぁ。
うちの姫様の純愛とか、遙の純愛とか…。
すごく綺麗なものに、弱いんだよなぁ…。
鬼の忍頭なのにね…。
よしよしと遙の頭を撫で続ける。
その時、天井裏に、よく知っている気配を感じた。
あれは、涼風…俺の配下のくノ一だ。
キッと天井を睨みつけると、素早くそこから逃げ去った。
涼風には今日の護衛は申し付けていない。
涼風は、俺に一番可愛がられていると自負しているくノ一だからこそ、ここの所、遠ざけていた。
誰かの差し金か…?
だとしたら、旦那の差し金に間違いない。
それか、嫉妬に駆られて自分で動いたか。
いずれにせよ、俺の言う通りに動かないくノ一なんて用済みだ。
後で、吐かせて始末するしかない。
遙は、ぐすぐすと鼻を啜りながら泣いて、声が枯れるまで泣くと、ようやく涙が止まったのか、俺から身体を離した。
懐から手ぬぐいを出して、涙を拭っている。
そして、深い溜息を吐いた。
「佐助、ありがとう…。久しぶりに思いっきり泣けた。何かすっきりしたよ」
「そう、なら良かった!」
「うん、明日は大事な手術があるからね。余計に今日泣いといて良かったよ…。振り返らずに、前を見て歩かなきゃ」
「振り返らずに、ねぇ…。そんな泣けるほどいい思い出なら振り返ってもいいんじゃない?綺麗な純愛の思い出でしょ?そんな感じがしたよ。どんな男か聞きたいなぁ」
「佐助のそういう野次馬根性、本当に女の子みたいだね!まぁ、女子会だから、いっか!」
あの…俺、一応、忍です…。
聞き上手なのは、仕事のうちです…。
野次馬根性って身も蓋もないよ!
思わず溜息が出そうだったけど、遙のすっきりしたような表情を見てたら何だかどうでもよくなった。
それよりも、純粋に、遙がどんな恋をしてたかすごく気になる。
「ねぇねぇ、どんな男?」
「うーんとね、超絶美形!背も高くてスタイル良くてね、それに天下一の伊達男!キザな事が全然キザに見えないの!それにね、すごく優しくてね、温かくてね、見つめ合うだけで幸せだったなぁ…」
遙は幸せそうな、夢見るような目になった。
あの…それ、すんごく伊達の旦那の事に聞こえるんだけど、気のせい?
でも、あの人は心を閉ざして、どちらかというと冷たい印象だから違うかな…。
優しくて、温かい、って印象もなくはないけど…。
それは、政治や民を思う気持ちが優しくて温かいってだけで、あの男は、女にはすごく冷たい。
「伊達男ねぇ。それって伊達政宗に聞こえるんだけど、俺の気のせい?」
そう言うと、遙の表情がさっと変わった。
何か引っかかるなぁ。
でも、未来から来たなら伊達政宗のはずがない。
生きている時代が違う。
あんな男がゴロゴロいるなんて、未来の世界は恐ろしい。
「え…?何で、伊達政宗…?」
「だって天下一の伊達男って言うからさ、そんな伊達男、あの人くらいしか思いつかなくてね。超絶美形だろ?スタイル抜群だろ?未来の世界ってそういう男だらけ?」
「うーん、背が高くてスタイルいい人はたくさんいるかな。でも、彼は特別!」
「とんでもない世界だね、未来の世界ってのは」
遙は複雑そうな笑みを浮かべた。
「どうして別れたの?」
正直、不思議だった。
伊達男なら教養もピカイチなはず。
お嬢様の遙にも釣り合う。
お互い好き合ってた。
じゃあ、何で、別れなければならなかったか…。
「お互い別れたくなかったけど…避けられない別れがあったの…。でも、お互い再会を夢見てる…」
「そうなんだ…。はぁ…遙がそんなに好きなら、俺が探せるもんなら探し出して会わせてあげたいなー。というか、男の方から来いよ!なんてね。流石に未来の世界じゃ俺も無理だなー。何とかして帰る方法を探してあげるのが精一杯。ごめんねー!」
遙は困ったような表情で、何度か口を開きかけたけど、首を横に振った。
「いいの、佐助。後で考えよう?それより、そろそろお食事したいな」
「うん、そうだね!」
俺は、中居を呼んで、食事を頼んだ。
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