佐助に一番可愛がられていると自負している涼風に、佐助が遙に懸想をしていると言って呼び出したら、あっさり仕事を引き受けた。
涼風は、俺に報告をしに来た。
偵察の途中で佐助に気付かれ、途中で切り上げたとは言っていたが、もたらされた情報は、俺にとっては十分なものだった。
涼風が見たもの…。
それは、酔った遙が佐助にしがみ付いて涙を流し、佐助は愛しそうに遙を抱き締め、髪を優しく撫でていたという光景だった。
その後、どうなったかは想像に過ぎないが、情事にもつれ込んだと考えても差し支えない状況だ。
遙に対する憎しみが募っていく。
俺を惹きつけるだけでは飽き足らず、あの理性の塊のような佐助まで籠絡するなんて、許せない。
それでいて、政宗殿を焦がれて涙を流す。
どこまで男を誘惑すれば気が済むのか。
政宗殿が遙殿を想って操を立てているのならば、本当に許しがたい。
それならば、政宗殿には、泣く泣く嫁ぐ姫様を大切にして、愛でて欲しい。
遙の事など忘れて…。
政宗殿のためにも、姫様のためにも、俺は遙を絶対に奪う。
奪って手酷く穢してやろう。
二度と政宗殿を想って泣けないくらいに。
そんなどす黒い思いで胸の中が染まっていった。
行燈の揺れる火をじっと見つめ、肘まくらをしながら布団に横になっていると、障子の向こうに気配を感じた。
「お入り下され。その気配は姫様でございましょう?」
鈴の鳴るような姫様の忍び笑いが聞こえると、昨日と同じように、すっと障子を開けて部屋に入り、後ろ手に障子を閉めると、小袖を取り払った。
「幸村、会いたかった…」
姫様は、俺に抱き付くと、ぎゅうっと抱き締めた。
俺はそっと身体を引き離すと、姫様のお顔をじっと見つめた。
純粋で、無垢で、一途で、美しい姫様のお顔を見つめると、心が安らいでいく。
「幸村…?」
「ああ、姫様は相変わらず、お美しくて、可愛らしいと思ってな。見惚れていた。今しばらく、そのお顔を眺めていたい。愛しい姫様のお顔を…」
そう言って頬を撫でると、姫様は嬉しそうに微笑んだ。
「私も幸村の顔を眺めていたいわ。幸村のね、真っ直ぐな心を映したような目が好きだし、綺麗な鼻筋も好き。幸村ほど素敵な人なんていないもん。いくら政宗様が見目麗しいとの評判でも、幸村の方が絶対素敵だもん!」
「そうかな?政宗殿は、右目を失ったとは言え、お母上の義姫様の美貌をそのまま受け継いだという。この真田幸村も政宗殿と会いまみえたが、その技量も美しさも類い稀なお方でござった。姫様も、政宗殿の美貌に虜になられるのではないか?」
「う…そんなに綺麗な方なの?」
「ああ、そうだ。綺麗なだけではない。武芸も教養も天下一の伊達男でござるよ。姫様ならば、政宗殿と並んでも遜色はなかろう。姫様のその明るくお優しいお心は、政宗殿のお心のお慰めになろう。だから、何も心配する事はござらん。姫様は愛されるべくしてお生まれになったお方。この真田幸村も姫様を愛して止まぬ、愛しい愛しいお方だ…」
姫様の頭を撫でながらそう言うと、姫様は不安そうな表情から段々と安堵の表情に変わっていった。
「私、嫁ぐのすごく怖かった…。でも、幸村がそんなに褒めるお方なら、大丈夫な気がして来た。…本当は、まだ幸村を諦められないけど…幸村ほどの人が、そんなに褒めるお方なら、きっと本当に素晴らしい人なのね」
政宗殿が姫様を愛する事はないかも知れない。
でも、遙が俺に籠絡されたと知ったら、遙を見限って、姫様を愛して下さるかも知れない。
姫様の婚儀が避けられないのならば、せめて政宗殿には姫様を大切にして欲しかった。
「ああ、あのお方の政は本当に素晴らしい。あのお館様が惚れ込むほどに。それゆえ、政宗殿がお疲れになった時に、姫様の可愛らしい笑顔はとても慰めになるでしょう。姫様は、必ずお幸せになります。だから、何も心配なさらず、嫁がれなさいませ」
そう言いながら、頭を撫で続けると、姫様の目に涙が盛り上がっていった。
「会いに来たばかりなのに、別れの間際みたいな事、言わないでよ…。私は、もう一度、幸村に抱いて欲しいの…。もしかしたら、政宗様の事、好きになるかも知れないけど、幸村は、私の初恋の人で、ずっとずっと憧れだったんだもん…」
「そうでござったな。申し訳ございませぬ。姫様を泣かせるつもりではなかった。しかし、姫様が政宗殿に嫁いでも、いつまでも、この真田幸村は姫様をお慕いしているという事を忘れないで下され…」
「忘れないよ!初恋だもん…。忘れる訳ないじゃない…」
「それを聞いて安心致しました。姫様…お慕いしております…」
そう言いながら、姫様をそっと褥の上に押し倒し、夜着を脱がせた。
「本当に、染み一つない、白く透けるように美しい肌でござるな…。何人たりとも毛筋一つも傷付けてはならないほどに、お美しい…。肌理細やかで、肌触りも心地良く、本当に綺麗な肌でございます…」
そう言いながら、肌に手を滑らせると、姫様は甘い吐息を吐いた。
そうして、昨日のようにまたもつれ合うように抱き合い、姫様の身体に何度も快楽を刻み付けた。
残り少ない時間を惜しむように、昨日よりも一層激しく抱き合い、温もりを分かち合った。
丑三つの鐘の音が聞こえても離れ難い。
何度も快楽を享受して疲れ切ってしまった姫様は、俺の腕の中で、甘えるように頬を俺の胸に押し当てていた。
俺は、姫様の長い髪を撫で続けた。
「離れがたいな…」
「俺もだ…しかし、もうそろそろお帰りにならねば…」
「うん…ねぇ、幸村…愛してるって言って?」
俺は苦笑いをした。
「俺には似合わぬ言葉だな…」
「それでも、聞きたいの!最後だから、愛してるって言って欲しいの…」
「最後、か…」
やっと恋心に気付いて想いを交わしたというのに、これが最後か…。
愛しい姫様に触れるのも、こうして言葉を交わすのも、これで最後…。
俺は、姫様の唇にそっと口付けて、顔を離すと、両手で頬を包んだ。
「姫様、愛しております。心の底から…。貴女は、この真田幸村が大切に大切にお育てし、そして、たった一人愛したお方でございます。姫様を、いつまでも、いつまでも、愛しております。離れてしまっても、ずっと…」
「ううっ…幸村ぁ…」
姫様は、俺にしがみ付いて、声を殺して泣いた。
俺も、姫様を抱き締めたまま、そっと涙を流した。
優しく優しく髪を撫でているうちに、姫様の肩の震えが止まっていった。
泣いて泣いて、涙が枯れてしまったのだろう。
「幸村、ありがとう…。私、幸村の言葉、忘れない。愛してるって言ってくれて、本当に嬉しかった。また離れがたくなっちゃうし、また泣きたくなっちゃうし、最後の幸村の言葉だけを胸に、部屋に帰る。幸村、愛してる。私もずっと、愛してるよ。いつか、輪廻した世界で結ばれたいな。今まで、ありがとう。さようなら…」
俺は、姫様をこれ以上辛くさせたくなくて、何も言わずもう一度だけ抱き締めて、口付けた。
「ああ、いつか、また…」
姫様は涙を浮かべたまま微笑むと、素早く身仕度を整えて、風のように去って行った。
まだ温もりと残り香のある褥に横たわり、俺は、初めて堪え切れず号泣した。
失って、初めて実感する。
俺は本当に姫様が好きだった。
愛していた。
だから、俺は奪う。
伊達政宗から遙を奪う。
伊達政宗が遙を愛せないくらいに、この手で穢す。
姫様の幸せのためだったら、この手がいくら穢れても構わない。
全ては姫様の幸せのために…。
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