この命を懸けて -2-

「それでは、執刀を始めます。眼帯を取って、明かりを当てて下さい」

控えていた忍が、手袋をした手で眼帯を外してライトを使って目を照らす。
酷い有様だった。
義姫が肝を潰した気持ちも分からなくはない。
昨日のうちに遙が気付いて眼帯をかけておいて正解だった。
遙は表情も変えず、それをじっと見て、器具を取ると、それを子供の目にあてがい、目蓋をこじ開けて固定した。

「佐助、これ、押さえてて」
「分かった」

遙は、両手にまた金属の器具を持つと、すでに飛び出た眼球を器用に取り出していく。
眼球を固定している筋肉を小さなハサミで切ると、慎重に眼球を手前に転がすようにしながら、眼球を取り巻く組織を切って行く。
血管を刃のついていないハサミで挟むと俺に押さえさせて、細い糸でピンセットを二本使いながら器用に縛って止血する。
溢れ出した血をガーゼで押さえて止血しながら、また右手のハサミで眼球を取り巻く筋肉や組織を切っていく。
傷口が出来ると、またピンセットで短い針を使って器用に縫合していく。
とても細かい作業なのに驚くべき速さだ。
しかも、とても丁寧だ。

俺は遙に言われるままに、器具を押さえる補助をしながら、その腕に舌を巻いた。
目の周りの神経や筋肉、血管を知り尽くしている。
そして、迷いなく、適切に止血をしながら眼球の周りだけを切り取っては傷口を丁寧に縫合していく。
時折遙は機械に目をやり、数字を確認するとまた作業に没頭した。
その額には緊張しているのか汗が浮かんでいる。

「佐助、ガーゼで汗拭いて」
「分かった」

無菌という事は、遙の肌にも手袋が触れてはいけないんだろう。
厚めに取ったガーゼで汗を拭くと、遙はふっと笑った。

「流石だね。助かるよ」
「どういたしまして」

眼球の裏真に到達した時に、遙の表情が少し険しくなった。
眼球の真裏から眼球の中ほどまで酷く傷んで壊死を起こしていて、その下の大きな膿疱と癒着している。
これが、眼球を傷めた犯人か。

「明かり、もっと近付けて!影が出来ないように」
「はい」

部下が近くでライトを照らした。
遙は両手で眼球の角度をそっと変えながらしばらく観察していた。

「そのまま近くで照らしてて。私の手で影にならないように、気を付けて」
「はい」

遙は、膿疱のだいぶ外側からハサミを入れた。

「あれ?ずいぶん外側だね?」
「いや、ここまでが病巣。正常な組織じゃない」

膿疱を潰さないように、慎重に左手で押さえる角度を変えながら、病巣を切り取っていく。
俺の目には見えない、何かが遙には見えているように、俺には異常に見えない部分まで切り取っていく。

「ごめん、この血管のここ、それではさんで押さえてて」
「分かった」

慎重に慎重に膿疱の周りを切り終えると、遙はガーゼでよく止血してから血管を糸で縛り、傷口を縫合した。
やっとまた眼球の下の組織が見えた。
遙は点滴をいじって、機械をしばらく見つめると、また患部を厳しい表情で見つめた。

「マズイな…。眼球摘出だけじゃ済まない。まだ膿疱が3つある。先に眼球を摘出しましょう。佐助、手で眼球、押さえてて。止血の時は手を離してもいいから」

俺は手袋をした手で、だらりと垂れた眼球を支えた。
遙は、また器用に両手で器具を使って慎重に切り取って行った。
器具を使って俺に止血をさせては、手早く血管を縛り、傷口を縫合する。
そして、しばらくして、やっと眼球の摘出は終わった。
それを遙は水の入った瓶に入れた。

深い溜息が遙の口から漏れる。

「これで2時間弱か…。予想よりちょっとオーバーかな…。麻酔は持つから大丈夫。これから先に痛んだ組織を切除し、その後、膿疱の摘出を行います。明かり、貸して」

血で濡れた手のまま部下の手からライトを受け取ると、ガーゼでそっと血を拭き取りながら、虚ろな穴になった部分を隈なく照らして厳しい目をして慎重に何度も何度も確認している。

「佐助も見て」

言われて見ると、確かに膿を持った腫れ物が3つあった。

「俺が確認出来るのは3つだね。それから、両側の筋肉が傷んでる。このままだと壊死するね」
「そうだね。もう一ヶ所怪しい所があるから、念のため、そこも切除しておく。今日の診察で、口内の水疱はだいぶ減ってたから、多分、これ以上膿疱が増える事はないと思うけど、この怪しい部分を放っておいたら、腫れ上がって、再手術の可能性もあるから、今、切除しておく。佐助、この人とライト照らすの代わって。お願い、ここを押さえてて下さい」

俺は遙からライトを受け取った。

「佐助、両側の筋肉を切除した後に、向かって右側から膿疱を切っていくから、影が出来ないように照らしてくれる?」
「分かった」

遙は、またピンセットとハサミを使いながら、手早く傷んだ筋肉を切除し、止血すると一息吐いた。
そしてすぐに、右側の膿疱の周りを切開し始めた。
遙の手の動きに合わせてライトで照らし、手の放せない遙の代わりにガーゼで止血した。

「ありがとう、佐助、助かる」
「どういたしまして。それにしてもすごいねー。神の手だよ、全く」
「いや、まだまだ。終わるまで、気を抜けない」

そう言いながらも、素早いながらも慎重な手の動きは止まらない。
時折機械と点滴をちらりと見遣りながら、目を光らせながら病巣を見極めつつ切っていく。
一つ、二つ、三つ…。
膿疱を貫通している血管を縛って止血しては傷口を縫合しながらの作業。
気の遠くなるような作業だ。

「佐助、あと、ここ、照らしにくいけど、照らして」

眼球の下の部分に当たる所だ。

「ああ、何とかなる。君こそ、体勢大丈夫?」
「枕元に移動すれば何とか」

遙は、枕元に移動すると、そこをじっと見た。

「ごめん、君に覆いかぶさる感じで照らさなきゃいけないかも。君の身体には絶対触れないから心配しないで。これでも忍だからね。無理な体勢は慣れてるから」
「うん、分かった。助かる」

遙は、枕元に腹這いになって、器具を構えた。
下側から照らすように、俺は遙に覆いかぶさり、左腕で身体を支えて、遙に体重をかけないようにした。

「ごめん、全然触れないって訳にはいかない」
「そのままでいてくれるなら、このくらい大丈夫。絶対動かないでね。じゃあ、いくよ」

俺がライトで照らすと、遙はじっと組織を観察して、そして、決心したように切除を始めた。
切除を始めて、ようやく俺にも分かった。
確かに、膿始めの腫れ方をしている。
遙の動きに合わせてライトの角度を変えていく。
遙はあっという間に切除を終えた。
また、切除した組織を瓶に入れた。
そして傷口を丁寧に縫合した。

「佐助、一回、身体起こそう。今から最終確認」

俺達は身体を起こして、またライトで目のくぼみを照らした。
遙が溜まった血をガーゼで吸い取る。
ガーゼで拭き取ってもまたすぐに噴き出すように血溜まりが出来る。
眉間に皺を寄せた厳しい顔つきをしながらガーゼでまた血を拭き取ってしばらく押さえている。
そして、止血を繰り返しながら、出血元を探して目を光らせる。

「しまった、血管傷付けた!どこだ、切れてる血管。細動脈かな…。どこだ、どこだ…Shit!」

あれ?
それって伊達の旦那の口癖だ…。
何で遙が知ってんの?

「Come on…どこかにあるはず。あ、見つけたっ!!」

遙は、素早く細いピンセットでそこをつまむと、俺に押さえさせた。
そして、両手に持ったピンセットで細い糸を操り、器用に縛った。
糸を切ると、ガーゼでまた血を吸い取って出血の確認をしている。
何度かガーゼで吸い取ると、俺の目にも明らかに、大きな出血は止まっているのが分かった。
遙はそこをガーゼで拭き取りながら何度か洗浄した。
もう、あまり血はついていない。
この程度なら、放っておけば勝手に血は止まる。
遙はまだじっと虚ろな空洞をしばらく観察していた。

「ふぅ…。止血による組織に異常なし。止血剤も効いてる。これで、後は仮の義眼を入れて手術は終わりだな」

そう言うと、遙は、半透明な貝殻の形のような物を、子供の目の中に入れた。
そして、目蓋を開けていた器具を取り外した。

「これで、執刀は終わりました。皆様、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました」

俺と部下とそれぞれに目を合わせると、遙は礼を言った。
そして、手袋を外したので、俺もそれに倣って手袋を外した。
遙は手を消毒すると、また新しい手袋をした。
そして、子供の顔についた血をアルコール綿で丁寧に拭き取り、厚めのガーゼを義眼に当てて、また眼帯をかけた。
そして、中心静脈栄養の処置をして、栄養剤の点滴を始めて、別の点滴を少しいじると、ホッとしたような溜息を吐いて、壁に背中を預けて疲れたように天井を仰いだ。

「最後まで執刀出来て、良かった…」
「ああ、君は本当によく頑張ったよ。本当に。えらかったね」

俺も隣りに座り、肩を抱き寄せてポンポンと叩くと、遙は緊張が解けたようにぽろぽろと涙を流した。

「佐助のお陰だよ…。本当にありがとう…。やっと助けられた、やっと…」

やっと助けられた、か…。
何か引っかかる言い方だなぁ。
どういう意味なんだろう…?

でも、はらはらと安堵の涙を流す遙に聞く事なんて出来なかった。
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