眼球の手術は2時間もかかる大手術だ。
予定より50分ほど長くかかってしまった。
膿疱がどう食い込んでいるか、切らないと分からなかったから、止血にものすごく苦労した。
あまりにも深い所まで根が張っていたら、本当にお手上げだった。
佐助がいなかったら、絶望で泣いてたかも知れない。
私が目の手術の前に手が震える理由…。
それは、いつも政宗の心の痛みを思い出すからだった。
いくら義眼がよく出来ているからと言っても、目を失う事には変わりがない。
目を失う事にすごく抵抗をする患者さんもいた。
何より、義姫様に化け物と罵られた挙句、麻酔もなく気を失うほどの激痛の中、眼球を摘出された政宗の目の痛みと心の痛みを想像するだけで辛くて堪らなくて、目の手術をする患者さんと政宗がいつもダブって見えた。
この人は、大切な物を失って、これからの人生をどう歩んで行くのか考えたら辛くて堪らなかった。
甲斐で疱瘡が流行したと聞いた時、絶対に根絶させると強い決心をしていた。
政宗に深い傷を身体にも心にも刻み付けた病を根絶させたかった。
でも、まさか、政宗と同じような子供が現れるなんて…。
疱瘡で右目を失うなんて…。
私は、母親がその患った右目の醜さのせいで、子供を傷付けるんじゃないかと、とても恐れた。
そんな悲しい思いをさせるくらいなら、私自身が引き取って、綺麗な義眼を入れるまで保護するつもりだった。
政宗みたいにあんな悲しい思いは絶対にさせたくなかった。
でも、この子のお母さんは、本当に我が子を心から大切にしている人で、私の心はとても救われた。
後は、私自身の問題だった。
目の手術の前に手が震えるジンクス…。
それは、政宗と同じ病で右目を失う子供の手術を成功させる事でしか、乗り越えられないような気がしていた。
あのお母さんなら信じられるけれど、手術が失敗したら、あの子を傷付けてしまう。
私自身が政宗のような子供を作ってしまう。
ものすごいプレッシャーだった。
しかも、CTもMRIも血管造影も出来ない。
病巣が全く分からない、手探りの手術。
一度切開すれば何とかなるのは分かっていたけど、もし手に負えないほどだったら、と想像したら、怖くて堪らなかった。
泣き言を言える相手もいない。
チームでミーティングも出来ない。
全部自分でやらなきゃいけない。
すごいプレッシャーだった。
だから、佐助がどんなに私の救いになった事か…。
昨日は、散々泣かせてくれて、右手の震えも止めてくれた。
今日だって、抱き締めて、大丈夫だって言ってくれた。
途中で代わってくれるとまで言ってくれた。
それが、どれだけ救いになったか…。
佐助が摘出手術に慣れていると思うだけで、私は安心して落ち着いて執刀出来た。
とても、一人じゃプレッシャーに押し潰されていたと思う。
執刀が終わり、佐助に労いの言葉をかけられて、私は目の手術のジンクスからやっと解放されたような気がした。
本当は、政宗自身をこの手で助けてあげたかったけど、政宗の分身のような子供を助けられて、やっと安心した。
後は、この子の麻酔が切れて、目覚めるまでが勝負…。
多分、1時間以内には目が覚めるはずだ。
「ほらほら、そんなに泣いてると、目が腫れちゃって、あのお母さんにいらない心配かけちゃうよ?」
佐助は、私の肩を抱いたまま、親指で両目の涙を拭ってくれた。
「うん、もう大丈夫。やっとジンクスから解放された気がするから」
「ジンクス?」
「目の手術の前に、手が震える事」
「へぇー、そういうの、ジンクスって言うんだ。でも、どうして?」
本当は、佐助に全てを打ち明けたくて堪らない。
佐助は、本当に私を大切にしてくれている気持ちが伝わって来るから。
昨日だって、どれだけ佐助に本当の事を打ち明けたかったか…。
政宗の仕草や口調が次第にうつってしまったのは、政宗を失った後、政宗の面影を追いかけていたから。
男社会にいたから、強がる時は、無意識に政宗の仕草や口調がうつっていた。
昨日もきっと、そうだったと思う。
佐助が訝しげな表情を時折浮かべていたから。
でも、核心に迫る質問をして来た時も、佐助は本当に親身だった。
佐助が武田の人間でさえなければ…。
本当に打ち明けたかったけれど、出来なかった。
主君を裏切ってまで味方をしてくれるとは思えなかった。
だから、私は賭けるしかない。
政宗への手紙に書いた通り、政宗がお館様と交渉してくれるか。
疱瘡はほとんど収束している。
みな、かさぶたが剥がれるのを待っているだけ。
峠はもう越えた。
政宗は、もしかしたらその時期を見越して甲斐に向かっているかも知れない。
私を攫いに来るために。
でも、私にはあの子の目を治す責任がある。
あの時、一時の感情で、政宗の庇護の下で治療をしたいと思ったけれど、今、あの子の治療に全てを懸けている私は、今来られても素直に政宗の腕の中に飛び込めない。
あの子の目が治るまで待って欲しい。
政宗の性格はよく分かっているつもりだから、間違いなく甲斐に向かおうとしているはず。
疱瘡はもう間もなく収束する。
おそらく4日くらいで。
その時に、お館様にご挨拶に行って、政宗との約束のお話をするのが最善の手だ。
私が、お館様のご信頼が得られたのならば、全ての真実を話してもいい。
頼れるのは、政宗の交渉力と私自身の誠意だけ…。
「昨日から、そういう表情浮かべてるね。精神的に参ってる?それとも、何か相談事かな?」
「うん…。両方…。ねぇ、佐助?」
「うん、なぁに?」
「麻酔が切れるまで、もう少し時間がかかるの。ちょっと外に出てもいいかな?息抜きしなきゃ」
「ああ、そうだね。ずいぶん長い時間、集中してたからね。じゃあ、割烹着脱いでもいい?」
「ふふっ、割烹着じゃないけどね。いいよ、私も脱ぐから」
私達は身仕度を整えて、手術の道具を片付けると、報告を待つご両親の下へと向かった。
囲炉裏を囲んで、二人は数珠を手にお経を唱えて拝んでいた。
「あ!先生!娘は!?」
母親が、心配そうに私を見つめた。
「治療は成功しました。後は、目が覚めるのを待つだけです」
「ああ、良かった…あんた!あの子、助かったんだよ!良かった!!」
母親は、ぽろぽろと涙を流して喜んだ。
「目が覚めても、しばらくは安静です。今晩は、何も食べさせないようお願いします。身体の中に直接栄養を入れるので、大丈夫です。経過の観察が必要なので、見張りを付け、私も毎日様子を見に来ます。あと3日くらいで疱瘡も治まってくるでしょう。ただし、綺麗な義眼を入れるには、まだ経過を見ないと時期は断言出来ません。でも、必ず綺麗に治ります」
「ああ!良かった!!本当に良かった!!」
「すみませんが、少し休憩をしに外に出ます。娘さんの目が覚める頃にまた戻ります」
「ええ、どうぞどうぞ。お疲れになったでしょう。少し休憩して来て下さいな。私達も何か疲れちゃってねぇ。先生の方こそお疲れでしょうに。少し休むとするよ」
「ええ、そうして下さい。目が覚めるまで、娘さんの様子は見に行かないで下さい。無理に起こしたら厄介ですので」
「ええ、分かりました」
「では、失礼致します」
私は佐助と一緒に外に出た。
「疲れた顔してるね。まぁ、当然か。普通の女の子じゃ卒倒しちゃうよ、あんなの。生々しいというか何というか…」
「はぁ、流石に疲れたよ。細かい作業をしかも床の上だったから、無理な姿勢のせいで、身体中が痛いよ。首も腰も背中も腕も。どこか腰かけに座りたいな。むしろ温泉入りたい」
「はぁ、そっちか。てっきりおぞましさでショック受けてたんだと思ってた」
「そんな医者、いないよ。身体が痛みで悲鳴上げるだけ」
「はぁ、つくづく君はすごい子だね。まぁ、いいさ。村はずれの腰かけに行こう。相談事だろ?」
「うん…」
佐助は、私の手を引いて、村はずれの腰かけの所に行って、一緒に座った。
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