この命を懸けて -4-

どうしよう…。
政宗に会いたいって佐助に言うのは筋違いな気がする。
政宗が攫いに来る、なんて言ったら戦になるかも知れない。
政宗はとても頭がいいけど、私の事になると、どう暴走するか分からない所があるから、それだけが不安だ。
戦だけは避けなければ。
政宗を止めるために早急に手紙は書かなければ。
それから、お館様に政宗との約束についてお知らせしなければ。

「あのね、佐助。私、お館様とお話がしたいの」

佐助は驚く事なく、静かに相槌を打った。

「やっぱりね。君ならそうすると思ったよ。八王子と吉原の件だろ?」
「うん…。私、お館様のご了承も得ずに政宗様とお約束をしちゃったから、なるべく早く、私自身がお館様にお会いして、江戸に行くご了解を頂かなきゃ失礼だと思うの。私の今回の働きと引き換えに、伊達に身柄を引き渡すというご了承を得たいの。だって、私の身柄と引き換えに、姫様の婚儀を政宗様に承諾なんてさせたら、姫様が可哀想だから…」

佐助は空を見上げて、少し悩んでいた。

「君をお館様に会わせる段取りはもう出来てる。今朝のうちに手配しといたよ。それから、君と伊達政宗の約束の件もその文に書いてある。姫様の婚儀はお館様の悲願だからなぁ…。それを止めるのは難しいかも知れない。止められるもんなら、俺だって止めたいさ。姫様には旦那と幸せになって欲しいからね。疱瘡の根絶の功労として、伊達に身柄を引き渡すってのは、お館様ならお認めになるだろうな。あのお方は知将で戦略家だけれど、心の広いお方だから。遙が必死に八王子と吉原の惨状を訴えたら、哀れに思って江戸に行かせて下さるさ、きっと。姫様との婚儀を承諾させる切り札にはなさらないと俺は思う。あのお方はそういう小賢しい取り引きはなさらない。多分だけど。きっと、正攻法で行くよ。だから、婚儀がまとまらないんだけどね」
「そっか…。佐助にはお見通しだったんだね…」
「全部が全部じゃないけどね。俺が君のために打てる手はただ一つ、その一手だけ」
「ううん、最善の一手だと思う。なるべく早くお伺いしたいけど、4日後じゃないとここから離れられないかな。あの子の峠はここ3日だと思うから」
「4日後ね、うん、分かった。もう一度、文を書くよ」
「私も、政宗様に、文を書くよ。この間は、まだ疱瘡の収束の見通しがつかなかったから。多分、4日くらいでほぼ完全に収束すると思う。半数以上の人が完治していて、他の人達はかさぶたが取れるのを待ってるだけだから。本当にあの子が最後の重症患者かも。お館様のご了解が得られたら、あの子の目を治してから江戸に向かうって文を書くよ」

私は立ち上がって、うーん、と伸びをした。

「ねぇ、遙?」
「うん、なぁに?」
「君さ、手術中にShit!って言ってたよね?どこで覚えたの?」
「ん?学生…見習いの頃。あの頃、日本語より英語を話してる時間の方が長かったの」
「そっか」
「いけない口癖なんだけどね。汚い言葉は英語で誤魔化しちゃうの。悪態つく時はね、特に。というか、必ずと言っていいくらい」
「悪態ねぇ…。あの人もそうなんだよね…。伊達政宗なんだけど」

ああ、やっぱり佐助は何か勘付いてる。
佐助は私の味方?
それとも、あくまで武田の人間?

「遙の抱えた闇って何?何か深い闇を抱えていて、苦しんでる感じがする。君が固く口を閉ざして言わない秘密みたいなの。あるでしょ?」

真っ直ぐな目で見つめられて心が揺れた。
佐助に泣きついて、助けて欲しいって言いたい。
政宗に会わせてって泣き付きたい。
でも、佐助は武田の人間。
お館様の了解なしには勝手に動けない。
佐助の命に関わる。
それに、私にはあの子に綺麗な義眼を入れてあげる義務がある。
これは、私が戦わなければならない問題。
政宗が暴走するなら私が止めなければならない。

「未来に置き忘れて来た何か?心残り?」
「…未来でもあり、過去でもある、大切で切ない思い出と、誓った永遠の愛、かな…。闇なんかじゃないよ。とても綺麗で優しい想いだよ。きっと再び交わる温かい気持ちと、永遠に互いを想い愛する気持ち。それが、私の抱えた秘密」
「永遠の愛…?」
「そう…。だから、心配しないで?」

座り込んだ佐助の顔を覗き込むと、佐助は立ち上がり、私をきつく抱き締めた。

「じゃあ、何で、こんなに胸騒ぎがするの!?俺の悪い予感ってすごく当たるんだ。君の笑顔が失われる気がしてしょうがないんだ…。君が、深く深く傷付く気がしてしょうがないんだ!ねぇ、俺に言いたい事、本当にないの!?ねぇ!!俺、君を守るためだったら、この命を懸けられるよっ!?命を捨ててでも、君を守りたいんだ!!」

その言葉は、酷く私の決心を鈍らせるくらいに魅惑的で、泣いて縋りたいほど、心に突き刺さった。
でも、私は、あの子を見捨てられない。
他の患者さんも見捨てられない。
みんなもうすぐで完治するのに…。
酔った勢いだったら、そのまま流されて泣き付いていたかも知れない。
でも、こうして政宗の分身とも言えるあの子の目覚めを待っている今、私は絶対にこの村を離れる訳にはいかない。

「っ…ごめん…まだ、その時じゃないから…。私は、私の責任を果たすまで、何も言えないし、動けない。ただ、甲斐の疱瘡が収束したら…あの子が峠を越えたら、佐助の力を借りると思う。だから、それまで待って?あともうちょっとだけだから…」

そう言うと、佐助はようやく私から身体を離した。

「…俺こそゴメン…。君が、守りたいのは人の命。それを見捨てて君が動けるはずなんてないの、分かりきってるのに、ゴメン…。でも、これだけは、約束して。俺から絶対に離れないで。君を俺の手で江戸に送り届けるまで、絶対に、目の届く範囲にいて。…絶対に…」
「うん、分かった」
「今夜からまた見張りを徹底する。俺も眠らなきゃいけなかったら、君と時間を合わせて同じ部屋で寝る。それくらい、嫌な予感がするんだ…」
「う、うん、いいよ…」

流石に抵抗はあったけど、佐助の表情を見ると、只事ではなさそうで、私は頷いた。
佐助の予感は、きっとただの直感じゃない。
今朝、佐助は何だか憔悴していた。
私の前では素顔を見せるようになった今だから分かる。
佐助は隠してたつもりかも知れないけれど、理性の塊みたいな佐助ですらショックな出来事があったに違いない。

私が傷付けられるって、どういう事だろう…。
誰かの憎しみ…?
僻まれたり憎まれたりする事は慣れている。
でも、佐助がこんなに取り乱すほどの悪い予感って、何だろう…。
幸村が姿を見せない事と何か関係あるんだろうか…?
でも、幸村は、ショックを受けて屋敷に帰ったんだし、その後は武士の本分を務めているはずだから、関係なさそうだ。
むしろ、お館様の傍に幸村がいない方が不自然なくらいだ。
あくまで私の印象だけど。

はぁっと溜息を吐いて時計を見たら、そろそろ麻酔が切れる時間だった。

「あ、佐助!もう戻らなきゃ!」
「あ、ああ、ごめん。行こう」

佐助は私の手をしっかりと握って歩き出した。
まるで、手を離したら、私がどこかへ消えてしまうとでも思っているように…。
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