バイタルを確認すると、異常はなかった。
しばらく、佐助と言葉を交わす事もなく、ただ意識の回復を待つ。
それから10分ほどして、子供の睫毛が震えて、左目が開いた。
少しぼんやりとした様子だったのが、次第に目に表情が戻って行った。
「先生の声が聞こえたらお返事してくれる?」
顔を覗き込むと、瞬きをした後、元気な返事が聞こえた。
良かった…。
意識は正常だ。
「気持ち悪くない?吐き気はしない?」
「うん、大丈夫!お水飲みたいな…」
「じゃあ、ちょっとだけね」
私は被せていたマスクを外すと、身体を少し起こさせ、予め用意しておいた吸い飲みで少しだけ水を与えた。
気管に入る事もなく、きちんと嚥下したのを確認してホッとした。
「今日はまだこのまま寝ててね」
私は心電計と血圧計を外した。
ずっと見張っていられないなら意味がないし、この様子だと、大丈夫そうだ。
痛み止めの処置と栄養剤の点滴を確認して、ご両親を呼びに行った。
「お母さん!!」
「あらまあ、元気じゃないの!痛くなかったのかい?」
「さっきお目々が覚めたら全部終わってたの。一、二まで数えたの、覚えてるんだけど、ねんねしちゃってね、その後、起きたら先生がにこにこしてたの!」
「そうかい、そうかい、良かったねぇ!」
「お母様、この子が厠に行きたくなったら、付き添いの者に言って下さい。また、今夜は何も食べさせないで下さい。もし、どうしても食べたいと言い出したら、ぬるめの重湯を少しだけなら構いません。しかし、基本的に絶食です。また様子を見に来ます」
「先生、ありがとうございました!またお待ちしております」
両親は深々と頭を下げた。
私は鞄を持って佐助と一緒に外へ出た。
「佐助、誰かに手術の道具、運ばせて。器具の洗浄と消毒するから」
「分かった」
佐助が指笛を鳴らすと数人の忍達が集まり、機材を運んでくれた。
佐助とおしゃべりをしながら排水溝のそばで器具の洗浄をして、アルコールに浸したまま、部屋へ持ち帰った。
敷きっ放しの布団の上に横になると、今頃になって、身体中が痛んだ。
「うー、いたたたた…」
身体を丸めてごろごろと転がると、佐助はくすくすと笑った。
「修行足りてないんじゃない?」
「だって、今まで手術って、背の高い台の上で、腰に負担がかからない高さでやってたんだもん。それも3時間だよ!?キツかったー!本当にキツかったー!うー、痛いよー!痛いよー!腕もぷるぷる震えるよー!明日、筋肉痛だよー!」
佐助は、何だか嬉しそうに、楽しそうに笑った。
「何で笑うの?」
「いや、だって、さっきまであんなにキリッてしてたのにさ、俺の前で寛ぎまくりじゃん!おかしいやら可愛いやら可哀想やら…でも、何かすごく嬉しい…」
佐助はにこにこと笑ってよしよしと頭を撫でてくれた。
「俺も一緒に横になろうっと。おっ!押入れに布団発見!じゃあ、早速敷こうっと!」
佐助はちゃっちゃと布団を敷くと、ごろんと横になった。
二人でだらしなくごろんと横になって、何とはなしにお互いの顔を見つめ合ってた。
はぁ…何か知らないけど、落ち着くなぁ…。
美紀ときゃっきゃとはしゃぐ感じにすごく似てるんだよなぁ…。
佐助の前だったら、弱み見せられるんだよなぁ…。
こんなにでろーんとしてても気にならないんだよなぁ…。
何でだろう…?
何でだろうなぁ…。
どう見ても佐助は男顔なのに、多分、イケメンなのに、男に見えないんだよなぁ…。
アレだ、布団の上で、ごろごろ寛ぐと言えば、アレだ。
女子会の次はパジャマパーティか…。
「どうしたの、遙?じっと俺を見つめて」
「いや、じっと見つめてない。ぼんやり眺めてるの。どう見ても佐助って男顔なのに、男と思えないなーって思ってさ。一緒にいると、何か落ち着くんだよねー。仕事の疲れがじんわり取れるというか。あのね、女の子同士が寝巻き姿で、お布団でごろごろしながらおしゃべりするのをパジャマパーティって言うんだけど、今夜は女子会じゃなくて、パジャマパーティだなーって思って」
佐助は呆気に取られたようにぽかーんとした後、額に手を当ててくすくすと笑った。
「俺、遙のそういう所、大好き!!昨日の姫様みたいな遙も、男顔負けの酒飲み男前遙もいいけど、こうして寛ぎまくって可愛い弱音吐いてる遙もいいねー。自然体でさ。あー、何か俺もすごく寛ぐよ。ごろごろしちゃおうっと。いいよ、パジャマパーティしようよ。届いたカルテに目を通して指示飛ばしながら、合間におしゃべりしようよ。じゃあ、頑張った遙のために、ごろごろする前に忍の秘術の整体してあげる!温泉より効くよー!」
佐助は笑いながら、私の身体の整体をし始めた。
「痛い、痛い、痛いよー!」
「こんなになるまで放っとくから痛いの!もう!どこもかしこも疲れ、溜まりすぎ!お血が溜まってんの!」
「リンパとか東洋医学は専門外だもん!信じてないもん!」
「ふーん。忍の秘術も随分甘く見られたもんだね。じゃあ、ここは?」
「はあ…極楽…」
「ほーら、見ろ!んもう!首と背中と腰の矯正しようと思ったのに、筋肉がっちがちで治るもんも治らないよっ!徹底的に背中と首、ほぐすからねっ!脚だってきっと浮腫んでるしさ」
「あっ、こら!袴、捲らないでよっ!」
「ふくらはぎは、第二の心臓!ひざ下くらい、どうって事ないでしょっ!?」
「まぁ、そうだけどさ」
「もう!こんなに浮腫んで、痛いの我慢してたなっ!袴で隠れてて騙されてた!」
「ううっ、だって触ると痛いんだもん」
「はぁ、仕方ないね…。植物油で凝りほぐしたらそこまで痛まないから、やらせてもらうからねっ!徹底的に!」
さらさらとした感じのオイルがふくらはぎの裏全体に塗られる。
あ、何か気持ちいいかも…。
「遙、覚悟しろよっ!徹底的に心臓に向かってお血流すからね!」
言うなり、佐助は、足首から膝裏にかけてぎゅうっと押さえるようにしてマッサージした。
アレだ、リンパドレナージだっけ?
でも、こんなに痛いなんて聞いてないっ!!
「痛いよ、佐助!痛い、痛い!」
「痛いのは最初だけ!そのうち気持ちよくなるから!」
「ヤダ、その言い方、エロい!」
「ちょっとー!人聞きの悪い事言わないでよっ!もう、こんなに固く凝り固まって!手のかかる子っ!」
バタバタと脚を動かそうにもがっちりと掴まれて動けない。
「ふふん。忍頭の俺に力でなんて一生かかっても勝てないからねっ!おとなしく観念して、我慢、我慢!」
「うー、いーたーいー。くぅっ…痛いよー」
「そのうち良くなるから、我慢してっ!」
「いーやー!エロいよ、その言い方!」
佐助に容赦なく、全身揉みほぐされた後、首と背中と腰をばきばきと整体されて、終わって時計を見たら、3時間も経っていた。
「はぁ〜、何か、どっと疲れた…。だるい…眠い…」
「はぁ…流石の俺も、ここまで手がかかるとは思わなかったよ!もう!身体酷使し過ぎ!」
「うー、痛かったよー」
「でも、最後は気持ちよかったでしょ?」
「うっ…そうだけど、やっぱりその言い方エロい…」
「ふーん…俺を男って意識しちゃってる訳?」
「いや、何故かそうは思わない。あの力は間違いなく男の力だったけどねぇ。会話だけ聞かれたら誤解されまくるよ?」
「ははっ!そうだね!遙、今、すごく眠いでしょ?」
「うん…何か、だるいんだけど、すごく気持ち良くて寝ちゃいそう…」
うとうとして来て、目を閉じると、そっと背中を引き寄せられて、ゆっくりと後頭部を撫でられた。
「多分、これが最初で最後かな…。君が江戸に着くまで長旅だから、今のうちに休まなきゃ。身体も解して」
「うん…。何か寂しいなぁ。女子会楽しかったなー。佐助の整体も、良かったなー」
「俺も、寂しいよ…。君との女子会、本当に楽しかったよ…。本当にね…」
「また、明日も、明後日も、パジャマパーティだもん…」
「そうだね…。明日も、明後日もあるね…」
「うん…」
私の意識はもう微睡みの中で、ほとんど意識を手放していた。
完全に眠りに落ちる寸前の、夢と現の間で、そっと抱き締められたような気がした。
微かに額にキスの感触がしたような気がした。
その感触もよく分からないまま、私は眠りに落ちた。
「好きだよ、遙…。明日も明後日もこうして君の幸せそうな寝顔を眺めていたい。君の願いを叶えてあげたい。もしかしたら、明日くらいはまだ何も起きないかも知れない。お館様に旦那の事を頼んだから、まだ君ともう少しは一緒に笑い合えるかも知れない。でも、すごく嫌な予感がしてたまらなくて、不安なんだ…。どうしよう…こんなに君を守りたいのに、守り切れない予感がしてたまらない。すごく胸騒ぎがする…。近々、きっと何かが起きる。そんな気がする…。遙、ごめんね…。君の最期か俺の最期か分からない。だから、言わせて…君が眠っているうちに。俺、本当に君の事が好きでたまらない。大切で大切でたまらない。想う事しか出来ないけど、君の唇にキスすら出来ないけど、俺は、君を愛しているよ…心の底から…」
今でも、後悔してる。
佐助を、お館様を信じて早く打ち明ければ良かったと。
時間は作ろうと思えば作れた。
若さゆえに、時間が有限だという事を忘れていた。
毎日、仕事にばかり没頭していたあまりに、周りの事が何も見えていなかった。
佐助が最後にくれた決死のチャンスに縋れば良かった。
佐助の胸騒ぎをもっと深刻に受け止めて、4日も待たずに早くお会いしに行けば良かった。
佐助の優しさを、お館様の懐の深さを、信じて飛び込んで行けば良かった。
佐助が恐れていた、悲劇は、すぐそこまで近付いていたのに、私はそれに気付かなかった…。
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