99%の真実 -3-

ゆっくりと熱いお茶を啜ると、何だかすごく和む。
はぁ、ぬるくて甘い玉露もいいけど、俺はやっぱり熱くて渋い玄米茶の方がいいなぁ。
遙もお茶を啜ると溜息を吐いた。

「はぁ…熱いお茶もいいねー」
「そりゃ、良かった。玉露しか飲まないお嬢様かと思ったよ」
「そんな事ないもん。あー、でも、薄茶を立てて飲むのもいいなぁ」
「やっぱり出たか。この大名級の姫様遙が。お抹茶なんてそうそう手に入らないの!諦めなさい!」
「ううっ、その言い方、オカンだよ!」

うっ、遙にも言われちゃった、俺の陰の名前を。
何だか、すごくショック。
俺、まだ若いのに。
どっちかって言うと、美形男子の部類に入ってると思うんだけど。
がくっとうな垂れた俺には気付かず、遙はまた溜息を吐いた。

「はぁ…政宗様なら薄茶、飲ませてくれるかなぁ…」
「まぁ、あの人なら簡単に手に入れられるからね。腕を見込まれてるんだから、振舞ってくれるかもよ?」
「だったらいいなぁ。政宗様のお作法って綺麗なんだろうなぁ…」

遙が憧れているようなうっとりした表情で、吐息を吐いた。
遙が伊達政宗にどんな印象を持っているのか全然分からないけど、あの、ツッパリリーゼント軍団の筆頭が優雅に綺麗なお作法で茶の湯を楽しむ姿は、正直俺には到底想像出来ない。
でも千利休をお抱えにしてるから、間違いなく茶の湯も嗜んでるだろうって誰もが思ってるし、俺もそうなんだろうとは思うけど、しかも茶懐石を主催するくらいだから相当なんだろうとは思うけど、やっぱり全然想像つかない!

「馬に乗ってる姿は暴走族の頭にしか見えないから、俺には想像もつかないけどねぇ」
「暴走族ねぇ…そう言われると、何だか想像つかなくなって来た」
「だよねー。はぁ、俺、やっぱ庶民だ。熱い玄米茶が美味い!」

俺はずずっと熱いお茶を啜った。
そして、はぁっと幸せの溜息を吐く。
遙はそれを見てくすくすと笑った。
今度はおじいちゃんみたいと言われて、更にショックを受けた。

ねぇ、遙?
俺って君にとってどんな存在なの!?
オカンとかおじいちゃんとか…!!
まぁ、遙の親友に似てるってのは嬉しいからいいけどさ。
俺は命を懸けて君を守る騎士でいたいの!
はぁ、何か切ない…。

二人でぼんやりしながらお茶を啜っているうちに、湯飲みが空になった。
遙は、うーんと伸びをした。

「さて、あの子の目の様子を見に行こうかな。もう、9時過ぎちゃったけど、経過が良かったら、何か食べさせてあげたいし」
「そうだね。じゃあ、行こっか」

遙は白衣を着ると、鞄を持って外へ出た。
その後ろをついていく。
手を繋ぎたいのはやまやまだけど、何かあったら両手が空いてる方が有利になるから仕方ない。
家を訪ねると、肝っ玉母さんが俺達を出迎えた。

「ああ、先生!お呼びに行こうかと思ってたとこだったよ。娘がお腹空いたお腹空いたってうるさくてねぇ。流石に不憫でたまらなくて、先生に診てもらってからと思ってね」
「そうですか。遅くなって申し訳ございません。すぐに様子を診て来ます」

遙は家に上がると、あの子の寝ている屏風の裏へ入って行った。
俺もそれに続いた。
まだ、二つ点滴がぶら下がっている。
子どもは遙の姿を見ると目を輝かせた。

「あっ!先生!お腹空いたよう…」
「うん、分かってる。お熱測って、お口の中を診て、お目々も診たら、何か食べようね。それまで我慢出来る?」
「うん、我慢する」
「いい子だね。じゃあ、まず、体温測るから、これ、脇の下に挟んで」

遙は白衣のポケットから体温計を取り出すと、子どもの脇の下に挟んだ。
そして、またポケットからライトを取り出した。

「はい、お口の中見せてもらうね。あーん」
「あーん」

遙はライトで照らして念入りに口の中を観察している。
その間に体温計がピピっと音を立てた。
遙は体温計を子どもの脇から抜いて、ライトを消してポケットにしまった。

「はい、お口閉じていいよ。もう、あんまり痛くない?」
「うん!ちょこっと痛い所もあるけど、ほんのちょこっとだもん!」
「そうだね、ずいぶん良くなってるね。熱は、37.8度か。術後にしたらいい数値だな。でも、まだお外で遊んじゃダメだよ?お薬でお熱が下がって、痛いのも止めてるだけだから、今日はまだおとなしくしててね。じゃあ、最後にお目々見せてね」

遙は、鞄の中から栄養剤の缶と、ガラスの皿、封を切っていないガーゼを取り出した。
子どもはじっと遙の左手の指輪を見ていた。
金色で、少し大き目のキラキラしたガラスのような丸い円形の装飾が3つ並んであしらわれていて、キラキラと角度によって煌めく指輪は、よっぽどお気に入りなのか、手術の時しか外さない。
指輪には確かローマで使われている数字が彫られている。
ガラスのようだけど、ガラスってこんなに輝くものではない。
これも未来の素材なんだろうなぁと、何となく思っていた。
遙の細い指にとてもよく似合っている。
遙は子どもの眼帯とガーゼを外した。

「じゃあ、身体を起こして、このお皿に右目を当てるように俯いてくれる?」
「うん!」

子どもが身体を起こして右目をガラスの皿に当てると、黄色みがかった透明な液体がぽたぽたと義眼に開いた穴から零れた。
すっかり液体が出切ってから、遙は皿を外して新しいガーゼを義眼に当てて眼帯をかけた。
そして、左手でガラスの皿を持ち上げて、液体を観察している。
また遙の指輪がきらきらと煌めく。

「ねぇ、先生!先生がいっつも左手の指に着けてる輪っか、キラキラしてて綺麗だね!」
「ふふっ、ありがとう。これは指輪って言うんだよ」
「へぇー!初めて見たよ!お星様よりキラキラしてて綺麗!」
「そうだね、ダイヤモンドは永遠の輝きだからね。私も気に入ってるの」
「だいやもんど?」
「そう、この宝石の名前。よし、目は膿んでないね。でも、あと一日は、抗生物質投与しておこう。すみませんが、3時におやつとして、この子にこの栄養剤を与えて下さい」
「かしこまりました」

付き添いの部下が頭を垂れた。
遙は、手早く点滴の管を外した。

「はい。これでおしまい。一緒にお母さんの所に行こう」
「ご飯は?」
「お粥かお雑炊ならいいよ」
「ほんと!?わぁい!!」

子供は先に駆け出して行ってしまった。
遙はガラスの皿の液体をガーゼで拭き取ると、透明な袋に入れて、鞄にしまって右手で鞄を持つと立ち上がった。

「佐助、私達も行こう」
「ああ、そうだね」

土間に降りると、子どもが早く早くと母親にせがんでいる所だった。

「ああ、先生、ありがとうございます。お粥か雑炊ならいいって先生が言ってたって今度は急かされちゃってねぇ」
「お雑炊も柔らかい具材だったら何でも構いません。お腹いっぱい食べさせてもいいですよ。ただし、塩味は控え目に」
「わぁい!お母さーん。お雑炊がいいよー。出来たら卵がいいなぁ。あるかなぁ、卵…」
「ああ、それなら誰か村人に俺が頼んで届けさせるよ」
「わぁい!佐助、ありがとう!」
「どういたしまして」
「これっ!佐助様ってお呼びしなさい!すみませんねぇ、すっかり世話になっちまって」
「いいのいいの!それより、お子さん元気になって良かったねー!」
「先生と佐助様のお陰です。ありがとうございます」

母親は深々と頭を下げた。

「あら、先生。その指にしている輪っかの飾り、見た事もないくらいキラキラしてて綺麗だねぇ!今まで気付かなかったよ」
「いつも手袋をしていましたから」
「お母さん!だいやもんどって言う宝石なんだって!」
「へぇ!宝石!!先生、やっぱりあんた、どこかの大店のお嬢様なんだねぇ。仕草も上品だし、只者ではないとは思ってたよ」
「いえいえ、そんな事ないですよ。これは普通の結婚指輪で…」
「ええっ!?結婚!?」

母親と俺が叫んだのは同時だった。

「そりゃ、そうよねぇ。こんなに美人で優しい人を、男が放っておく訳ないものねぇ。旦那さん、さぞや寂しがっているでしょうに」
「そうですね…」
「疱瘡がみんな治ったら、早く帰ってあげなよ」

遙は儚げな笑みを浮かべた。

「そうします。では、失礼致します」

遙は会釈すると家の外に出た。

遙が人妻…。
何かすごくショック…。

でも、俺はある意味、とても納得した。
遙が何か辛そうなのは、夫と何らかの理由で生き別れになっているに違いないから。
おそらく、それが遙の抱えた秘密。
永遠の愛なんだ…。

それに、俺が納得したのには、もう一つ理由がある。
俺が初めて遙に出会った時、遙は誰かたった一人の男の虜になっていて、例え他の男にどんなに抱かれても決して情に絆されず、そのたった一人の男の事しか想えないくらい、その身体を何度も何度も抱かれて、忘れられないくらいの快楽を何度も何度も与えられた事があるような感じがしていた。
俺によく手懐けられたくノ一達のように。
だからこそ、俺は初め、遙をくノ一と勘違いしたんだった。

でも、人妻なら納得がいく。
いや、俺がくノ一と勘違いするくらいに、普通の人妻より、ずっと、ずっと、心も身体も夫に愛されまくってたんだと思う。
他の男なんて絶対に想えないくらいに、深く深く愛されて、毎日のように抱かれていたに違いない。
遙の見かけは年齢不詳だけど、遙ほどの女を男が放っておくはずがないから、若くして結婚していても不思議ではない。
一途で純粋なのも、夫を深く深く愛しているからなんだろう。

はぁ、せっかく実った純愛の恋なのに、生き別れだなんて、切ない…。
やっぱり純愛の悲恋だ…。

真田の旦那の腕の中で、幸せそうに眠りながら囁いた愛の言葉は、愛する夫の腕の中で愛を囁き合う夢を見てたからだったんだなぁ、今思い返せば。
あの時は、珍しく気が動転してて、てっきり真田の旦那と両想いかと勘違いしちゃったけど、よくよく冷静に考えたら、最初から遙がその男以外を想えるはずがなかったんだった。
俺も恋で盲目になってた訳だ、情けない。

旦那は本当に、熱と寒気で辛い思いをしている遙を温める猟犬でしかなかったんだなぁ、旦那も可哀想に。
それで旦那は恋に落ちちゃったようなもんだし。
湯たんぽでも持って行ってあげれば良かった。
まぁ、あの頃は俺と遙の仲は険悪だったけどさ。
俺があんなに疑い深くなければ、旦那も遙を腕に抱いて眠る事なんてなかったし、そのせいで遙にあんなに恋する事もなかった。
嫉妬に駆られて涼風を利用する事もなかった。
そう思うと、何か色々な事象が少しずつ狂って、今、どうしようもないくらいに、物事が絡み合って解けない状態になっているんだとしみじみ感じる。
それが、きっと、俺の胸騒ぎの原因になっている。
ものすごく、嫌な予感がしてたまらない。
何かがものすごく狂っている。

はぁ…それにしても、遙は人妻なんだ…。
それも、あんなに恋しがって声を上げて泣くほど、夫にぞっこんな人妻なんだ…。
道理で俺を全然男として意識しないはずだよねぇ。
ま、その方が俺にとっては都合がいいし、気楽だけど。
堅気の女に惚れられたら面倒この上ないしね。

でも、何だかショック…。
俺、傷心…。
遙は、まだ未婚だとばかり思い込んで姫君のように思っていたけど、奥方様だったんだね…。
姫君の騎士の方が良かったなぁ…。

「佐助、どうしたの?何か元気ないよ?」
「いや、そんな事ないよ。考え事してただけ。部屋にいったん戻ろう。あの子の家に卵を届けるよう、村長に申し付けるから」
「うん、そうだね。もう一杯お茶が飲みたいしなぁ」
「んじゃあ、それも頼んでおくよ」

俺達は村長の家に戻り、言付けを頼むと部屋に戻った。
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