99%の真実 -5-

「……まだ、誰にも言わないで欲しいの…」
「分かった、約束する。だから、離れ離れになった理由を教えてくれる?」

遙は、タバコをもみ消し、また次のタバコに火を点けると、ゆっくりと煙を吸い込んで、吐き出し、少し迷うような表情を浮かべていたけど、やがて、小さな声で呟いた。

「彼が神隠しに遭ったの。それで離れ離れになったの」
「神隠し…!?ええっ!?じゃあ、君と同じ?」
「うん。私と彼は、今、同じ世界にいる、絶対に。7年振りに…」
「君の男が、この世界に…。それで、君も神隠しに遭ったのか…」

遙は小さく頷いた。

「君の存在は異質だからね。その男だってどこかの大名に匿われているかも知れない。そんな噂、この俺の耳にも入ってないから、相当厳重に匿われているのかも知れない。疱瘡が収束して、俺の部下達を動かせるようになったら、お館様のお許しを得てから、探してあげようか?」
「いや、その必要はないよ、佐助」

遙の口元に唇の端を吊り上げるような笑みが浮かんだ。
まただ。伊達政宗そっくりの笑い方。

「政宗様と、取り引きの文を書いたから。政宗様なら私の願いを叶えてくれるよ」
「えええっ!?じゃあ、あの異国語の文は…何か異様に長いと思ってたんだけど…」
「そう。八王子と吉原の件だけじゃない。政宗様と取り引きをしたの。お返事がまだだから、それが不安材料だな。政宗様がどう動かれるかが、ものすごく心配。ただ、それだけ」

俺は呆気に取られて、ぽかーんと口を開けたまま、遙を見つめた。
何て、大胆な…!!
あの、伊達政宗と、取り引き!?
只者ではないと思ってはいたけど、ここまでとは…!!

「全く、恐れ入ったよ。あの伊達政宗と取り引きだなんて、恐れ多いにもほどがある!!天下人だよ!?」
「知ってる。一番の権力者で、一番の適任者。それに、政宗様は喉から手が出るほど私を欲しがってる。政宗様からの文にそう書いてあったよ。私の願いを叶えられるのは、政宗様だけ」

俺はまた呆れて遙をぽかーんと見つめた。

「何て言うか…君って策士でもあるんだね…見た目に騙された…」
「あははっ!!惚れた男のためなら女は策士になれるもんだよ、佐助!くノ一の子もそうなんでしょ?」
「うっ、そうだけどさ…。って、えええっ!?遙、くノ一の事、詳しいの!?」
「いや、寸劇で知ってる程度だけ。お色気で男を惑わすんでしょ?それくらいしか知らないけどさ」

俺はホッとした。
俺の裏の顔だけは、遙に知られたくないから。

「それにしても、やるねぇ。伊達政宗と取り引きとは…」
「そう?はぁ…今日の文も早く届かないかなぁ。あの子の治療が終わるまで待って欲しいって。それからお館様と交渉して、私の身柄を引き取って欲しいって。そう書いたんだけどなぁ…」
「…君、天下人と大名を手玉に取るなんて、呆れるほど、すごいね、はぁ…」
「手玉になんて流石には取れないよ。丁重にお願いしただけ」
「それが手玉に取ってるの!んもう!伊達政宗が君をそんなに欲しがってるなら、そのくらいの要求飲むのなんてあの人には容易いよ!」
「でも、お館様には姫様って切り札があるからなぁ。政宗様にも難しいんじゃないかな。政宗様って婚儀を拒んでるんでしょ?」
「そうなんだよねぇ。ってか、そこまで読んでるのか、全く。呆れるほど頭が回るね。でも、お館様は姫様を切り札にはなさらないと思うなぁ。君の願いは叶うんじゃない?」
「だと、いいんだけどねぇ。私に出来る事は、将棋みたいに戦況を眺めて、相手の思考を想定しながら最善の一手を打つだけ。でも、生身の人間はどう動くか本当に予想外だから、そんなに上手くは行かないよ。患者の容体もね。それが、最大の不安材料。佐助の胸騒ぎもすごく気になるし…。忍の勘ってすごく当たるって、今回の疱瘡の治療で、嫌って言うほど分かったからね…。だから、何か不安だな…」

遙は、本当に不安そうな表情で深い溜息を吐いた。
俺も同感。
涼風の一件があってから、胸騒ぎが止まらない。

「そうだね…。昨日から胸騒ぎが止まらない。今日も同じ。いや、どんどん嫌な予感が強まってる。ねぇ、今からでも、お館様にお会いしに行かない?」
「いや、流石に昨日大手術したばかりの患者から、そんなに遠くまで離れる訳にはいかないな。もうしばらくしたら、また様子を見に行くよ。食事がどれくらい出来たか確認して、その後の経過観察もしなきゃいけないし。容体が急変したら、すぐに飛んで行かなきゃいけないし。多分、大丈夫だとは思うけど、今日一日は、まだ絶対目が離せない。定期的に様子を見に行かなきゃダメだな。仮に容体が急変して、私がここにいなかったら、私は一生後悔すると思う。不安なんだ、私はあの子に懸けてるから」
「はぁ、遙がそう言うなら、見た目にはあの子は元気でも、まだ重症なんだね」
「そういう事。やっぱり、脳に近い所の手術だから、余計にね。痛み止めをどうして行くかとか、容体がどう変わるかとか、色々最悪の想定はしてるよ、頭の中でね。もう一度、局所麻酔をして義眼を外して、術後の組織の色の観察もしたいし。6本ある主要な血管の止血をしたから、余計に心配でね…」
「そっか…。手詰まりだね…」

遙は、また溜息を吐いて頷いた。

「佐助の胸騒ぎの理由って心当たりあるの?」

唐突に核心に迫られて、俺は言葉に詰まった。
心当たりを全て打ち明けるなら、涼風の事も、真田幸村の事も話さなくてはならない。
今はいったん勝手に配下から離れているとは言え、俺の憶測だけで、主である真田幸村が必ず何かをしでかすだろうなんて、到底断言出来ない。
本当に、単純な嫉妬なだけかも知れない可能性だってある。

ただ、やり方が俺の知る真田幸村らしくない。
それが、胸騒ぎの理由だ。
こんな曖昧な理由で、遙に真田幸村を疑わせるのは流石に気が引ける。
それに、疑った所でどうする事も出来ない。
真田幸村の事はお館様に任せてあるから、そうやすやすと動けないはずだ。
ただの俺の杞憂かも知れない。
でも、それでも拭い切れない不吉な予感がしてたまらない。
最善の手を打ったはずなのに、不安でたまらない。

「心当たりがある事は確かだね。でも、すでに手は打ってあるから、滅多な事は起きるはずがないんだ。それに、俺の杞憂の可能性もある。ただ…君の言葉を借りるなら、生身の人間はどう動くか本当に予想外って事しか言えないかな」
「そう…。何か引っかかるなぁ。佐助はほぼ確信してるような気がするんだけど、私の気のせい?」

遙は、じっと俺の目を見つめた。
冷静で、何かを目まぐるしい速さで計算している時の遙の目つきだ。

「相変わらず鋭いね。はぁ…あんまり話したくないんだよなぁ…。ごめん、確信してる訳じゃないから、話せない。ただ、これだけは確認させて、念のために。君、護身術の心得はある?」
「射撃なら出来るよ。銃も持ってる」
「射撃か…。それなら銃声が聞こえるから都合がいいな。もし、仮に、俺が君のそばから離れざるを得ない状況になって、その時、君が危険に晒されたら、その瞬間に迷わず銃声を聞かせて欲しい。いい?身の危険を感じた瞬間にだよ?」

遙は、少し困ったような表情になった。
そして、可愛らしく唇を尖らせる。

「そんな私の命に関わるような危険なら、誰が犯人か言ってくれればいいのにー。せめて犯人の特徴だけでもさ。私の知らない人だったら、特徴から推測するしかないもんね。犯人が射程距離に入った瞬間に、死なない程度に、でも手出しは出来ない程度の怪我をさせる射撃の腕くらいはあるよ。これでも一応外科医だから、急所は外せるしさ。命に関わる危険人物だったら、迷いなく撃つよ。まだ死ぬ訳にいかないから、絶対に。本当は怪我もさせたくないけど、手術したら治るし、私の身の安全が確保されたら、私の手で手術して治せばいいからね!」

まさか遙の口からそんな言葉が出るなんて思わなくて、俺は絶句した。

可愛く唇を尖らせて、何て物騒な事を言い出すんだ、この子は!?
本当に、恐ろしい子!!

ますます真田幸村が怪しいだなんて言えない!
本当に真田幸村がただの嫉妬で涼風を使ったのなら、そのせいで遙にいきなり銃で撃たれる羽目になるなんて、あんまりにも不憫だ!!
不憫過ぎる!!
何か、涙ちょちょぎれそう…。
ダメだ、ちょっと本音打ち明けようかと思ったけど、絶対ダメだ!

「いやいやいや、威嚇射撃で十分だから、ね?」
「えー?間に合わなかったら嫌だもん。間合いなんてあっという間に詰めらるよ?二発で必ず両脚を仕留めるよ。絶対にまだ死ぬわけにいかないんだから、教えてよ。誰?くノ一?」
「いや、あのね、遙。胸騒ぎはするんだけどさ、君が殺されるかどうかまでは断言出来ないくらい、曖昧な理由だから、お願いだから、物騒な事は止めてね、お願い!!」

遙はまだ不満そうに唇を尖らせている。

「佐助、分かってないなー。本当は、私だって誰も傷付けたくないの!出来るなら、本当に絶対に誰も傷付けたくない。でも、私も何か嫌な予感がするんだ…。何となく。佐助が不安でたまらないなら、尚更…。私は、まだ死ねない。あの子を助けて、彼と再会するまでは、死ねない…」

そう言うと、遙は溜息を吐いて天井を見上げた。
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