お忍び

私はくノ一を二人倒して部屋を抜け出した。
最近何故か、見張りのくノ一の数が少なくて、隙を突いては部屋を抜け出す事が出来てた。

だから、幸村にも会いに行けた…。

2日しか逢瀬出来なかったけれど、幸村は、私をとても大切にしてくれて、優しく愛してくれた。
最後に愛してるって言葉を言ってくれた。
私にはそれで十分だった。

でも、でも、でも、あれだけは絶対許せない!!

さっき、佐助のくノ一が二人現れて、私に疱瘡の予防の薬を与えようとした。
それが、薬湯だったら、それでも嫌だけど、何とか我慢出来た。
でも、くノ一の説明だと、腕に引っ掻き傷を付けて、そこが腫れ上がって、一生消えないって言うんだもの!

そんなの、絶対に、嫌!!
だって、最後の夜、幸村が私の肌を褒めてくれたから…。
何人足りとも傷付けちゃいけないくらいに綺麗だって…。

だから、私は持てる武力を総動員させて、抵抗した。
伊達に幸村と鍛錬して来た訳じゃない。
くノ一は、技だけで勝負だけど、私は技も力もある。
武田で二番の槍の使い手になるには、それ相応の力も必要。
槍がなければ拳がある。
父上と幸村の素手の技の掛け合いを幼い頃から見て来て、幸村にも教わった。
だから、例えくノ一が二人でも、私には敵わない。
何とかして私に予防の薬の引っ掻き傷を作ろうとしてたけど、隙を突いて、一瞬のうちに延髄に肘打ちで一人気絶させ、もう一人は腕で首を固めて落とした。
慌てて乳母が父上を呼びに行ったので、私は慌てて逃げ出して来た。
流石にあの父上と拳で張り合えるのは幸村しかいない。

父上の鉄拳から逃げる手はただ一つ!!
家出のみ!!
逃げ先はどうにかなるから、小金をとりあえず持って、私は乗馬用の着物にさっと着替えると、馬に乗り屋敷の裏手から馬を走らせた。
この道は、騎馬隊が戦の時に通る道だけど、今は太平の世だからほとんど使われていない。
それに、そのまま走れば街道に出れる。
街道を走れば、どこかに宿場町があるって聞いた事がある。
宿場町はどこにあるかよく分からないけど、当然宿場があるはずだから、数日はそこに身を隠せる。
それしか方法はない!

私は街道を目指して、一直線に馬を走らせた。

しばらく馬を走らせると、街道を目指していたはずなのに、何故か少し道の狭い田畑の広がる農園地帯に出てしまって、もしかしたら、道を間違えたんじゃないかと、何だか不安になって来た。
通り過ぎる幾つかの村を横目に、とにかく広い道を見つけようと目を細めた。
すると、遠くに荷馬車がゆっくりと行き違うのを見つけた。
荷馬車が行き違えるほどの広さなら、きっとあれが街道だ!

やっぱり、この道で合ってた!!

私は街道に向かって馬を急き立てた。
間もなく街道に突き当たり、右と左、どちらに行こうか考えた。
また荷馬車が通って行く。
左から右へ。
樽に赤穂の塩と書いてあるのを見て、左が江戸だと見当を付けた。
江戸から赤穂の塩は甲斐に入る。
右の方角は、確か城下町のある所だから、そこで荷下ろしをして、武田の屋敷にも届く道筋のはず。
父上から早く逃れるには、間違いなく左の道!
江戸に向かう人は多いはずだから、それだけ宿場も多いはず。
私は、江戸に向かって馬を走らせた。

しばらく馬を走らせると、遠くから地響きのような複数の馬の走る音がすごい速さで近づいて来て、思わず手綱を引いて、馬の速さを緩めた。

何、これ…?
この馬の音って…。
これは、武士の乗る馬だ!!
父上の騎馬隊の音に似てる!!
何騎いるんだろう…?

耳を澄ましてよく馬の数を数える。
……20騎くらい?
もしかしたら、斥候!?
何で、江戸から!?

数を数えているうちに、あっという間に騎馬隊の姿が見えて来た。

……何か、とても、変わった集団?
世間では、ああいうのが流行ってるの?
普通、旗って一本真っ直ぐ持つのに、振り回してる?
普通、家紋が描いてあるのに、あれは、絵巻の大漁旗?
えーと、夜露死苦?
何て読むんだろう…?
何か、みんな髪型が、ニワトリ?

「そこの女、どきやがれっ!!」

先頭を走ってる男にそう怒鳴られ、ムカっとした。
この武田の領内で、私にそんな口を利くなんて、許せない!!

「そっちこそ、道開けなさいよっ!!」
「生意気言ってんじゃねぇっ!!どけっ!!」
「この私に向かって失礼なっ!!ここをどこだと思ってるの!?武田領内で、その無礼な口の利き方なんて許されないんだからっ!!」

そう叫ぶと、からかうような口笛が最後尾から聞こえた。

「お前ぇら、道を開けろ…」

低い、渋い美声が止めてくれた。

やった!!
話が分かる人も中にはいるみたい!!

そう喜んだのもつかの間、騎馬隊は、速度を緩めながら進軍し、私の前まで来ると、すっと真ん中に道が出来て、一番後ろを走ってた人がゆっくりと馬を歩かせながら、進んで来た。
進むにつれて、見えて来る、あの弦月の前立ては…。
まさか…!!

その人は私の真ん前に馬を進めて止まった。

「やけに威勢のいい女だと思ったら、また厄介なもんにぶち当たったもんだぜ、なぁ、武田の姫さんよ!」

からかうように、唇の端を吊り上げてニヤリと笑った。

厄介なもんですって!?
最低!!最悪!!
これが、天下一の伊達男!?
これが、伊達政宗!?
この人が、私の許婚!?
こんなの、こっちから願い下げよっ!!
幸村の嘘つき!!
確かに幸村より美形だけど、こんなの、ただの、ゴロツキじゃない!!

伊達政宗は冷たい目で、じっと私を睨むように見つめていた。
睨まれただけで、動けなくなるような、強い殺気のようなもので満ち溢れている。
後ろには烈火の如く怒っている父上、そして目前にはもしかしたら父上よりももっと恐ろしいかもしれない天下人伊達政宗。

「あんた、何しに来た…?」
「そっちこそ何しに来たのよ!?」
「チッ、生意気な女だ…マジで厄介だぜ…。ただのお忍びだ!!江戸で退屈してたから、たまには馬を走らせたくなって、ちょいと甲斐まで遠乗りしただけだ。文句あっか!?」
「遠乗り!?」

甲斐と江戸は隣の国だけど、江戸城からここまで、相当遠いと聞いた。
父上でも丸一日かかるのに…。

「さっさと城に戻りやがれ!!」
「嫌よ!!家出して来たんだから!!」
「は!?ったく…よりによって武田の姫とはな…」

次の瞬間、伊達政宗はものすごい殺気を迸らせた。
全身がばちばちと稲妻で帯電している。
そして、刀をすらりと抜いて間合いを詰めて私の喉の前で、ぴたりと止めた。

「俺と取り引きだ。拒否権はねぇ。俺に会った事は口外すんな、絶対に。口外したら、数日のうちに甲斐を攻め滅ぼす。30万超の軍勢でな!!」
「そ、そんな…」
「俺を甘く見るんじゃねぇ…。俺のお忍びは派手だぜ?護衛に、後続に30万の軍勢くらいいつでも動かせるようにしてからお忍びだ!」

そんなお忍び聞いた事がない!!
全然忍んでない!!

「あ、そうそう、言っておくが、屋敷の中だからバレねぇと思ったら大間違いだぜ?伊達の忍の規模は、猿飛佐助の忍隊の30倍以上だからな。あんたが口外した瞬間、伊達の軍勢はすぐに動く。甲斐を守りたかったら、黙ってろ…それにしても、厄介だ…嫌な予感がする。このまま斬っちまおうか…?」

刀がばちばちと帯電した。
後退したくても、馬は後ろに動かすのは難しい。

「政宗様、お戯れはそこまでにしたらいかがですか?」

後ろから、またすごく渋い美声が響いた。
馬を進めて来た人を見た瞬間、私はまた凍りついた。
今度はヤクザ…!!

「戯れなんかじゃねぇ!!この女は邪魔だ!胸騒ぎがする…。斬っちまえばすっきりするかもな!!」
「政宗様、信玄公のお怒りに触れます」
「そうよ!父上に言い付けてやるんだから!!」
「Ah〜?子どもみてぇな女。つまんねぇなぁ。しかも、頭も回んねぇ、父上だけが頼りか。こんな女、押し付けられるなんて、迷惑極まりねぇなぁ!!こんな女にこの俺の世継ぎを生ませるつもりだなんて、俺も見くびられたもんだぜ。馬鹿しか生まれねぇ!!」
「馬鹿ですって!?」
「ああ、馬鹿だ。さっき言った事すら覚えてられねぇ、大馬鹿だ!後ろに30万の軍勢がいつでも動かせるお忍びだ。言い付けたらどうなるか、分かってたら父上なんかに言いつけるなんて言わねぇだろ、この大馬鹿野郎が!!」
「うっ…」

この人は、本気だ…!!
怒りと共に、殺気が膨れ上がる!
本当に甲斐は滅ぼされる!!

「そうだなぁ、取り引きと言うからには、あんたの望みを一つくらい叶えてやんねぇとなぁ。これでも俺は慈悲深いからな!」
「どこがよ!!」
「チッ、生意気な女!なぁ、小十郎、俺、マジでこの女、今すぐ叩っ斬りてぇ!この女は邪魔だ」
「政宗様のお気持ちは分かりますが、どうか、戦だけは、回避して頂きたく…」
「あー、つくづく邪魔な女だ。そうだなぁ、あんたが黙ってれば、好いた男と一緒にさせてやるってのはどうだ?あんた、好いた男がいるな…?」
「ええ!?本当!?」
「ああ、俺にとっても都合がいい。駆け落ちでもなんでも手伝ってやるぜ?だから、俺に会った事は口外無用だ。あんたの駆け落ちについては、あんたに伊達から接触する。それまで、待て。ただし!」

そう言って、私の喉元に刀の切っ先を突きつけた。

「俺の邪魔だては、今後も一切認めねぇ。甲斐に眠る俺の宝が少しでも傷付けられる事があれば、すぐに甲斐を攻め滅ぼす!!」
「何よ、その宝って!!分かんないよ、そんなの!!」
「ほぅ…じゃあ、あんたは言えるのか?好いた男の名前を、俺に。甲斐を攻め滅ぼす代わりにその男を惨殺する方があんたにとっては脅しになるか…クッ!!」

私はサッと青褪めた。
幸村が殺されたりなんて事になったら、私は生きていけない!!

「さっさと帰りやがれっ!!」

そう怒鳴られて私は馬を後ろに向けてゆっくりと歩かせた。

「政宗様、あの道は…」
「大丈夫だ、遙がすでに手を打ってる、間違いねぇ。さっさと馬走らせろっ!!この大馬鹿野郎が!!」

後ろから怒鳴られて、私は馬を疾走させた。
とにかく来た道を急いだ。
砂埃が舞い上がり、目と口に入って目は痛いし咳き込んだりしたけど、とにかくそのまま涙を流しながら走った。
悔しくてたまらない。
その向こうに、私を探してる様子の幸村が目に入ったけど、私は幸村の嘘が許せなくて、呼び止めようとする幸村に向かって叫んだ。

「お探ししましたぞ、姫様!!」
「幸村の大嘘つき!!あんな男、こっちから願い下げよっ!!」

驚いたような顔をした幸村を無視してそのまま通り過ぎた。
それから、武田の屋敷に帰ると、父上がカンカンに怒っていたけれど、私の青褪めた顔を見ると、今日は静かに休めと言われて、私は部屋に戻ると着替えてそのまま眠った。

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