腹痛を訴えていて、診察しても異常が見られないから、母親によくよく話を聞いてみると、ただの食べ過ぎで、脱力するやら安心するやらで、私は膝から崩れ落ちそうになった。
ここでも、予想外の出来事だ。
佐助も感じていた胸騒ぎが酷く気になって、やっぱりお館様にお会いしに行こうかと心が揺れていたけど、この子の親にも指導しないといけないから、やっぱり諦めた。
私は経過を診るため、またしばらくあの子の家に留まり、腹痛がようやく落ち着いてしばらくしてから、もう一度、今度は局所麻酔をして、術後の組織の観察をした。
血流の滞りによって組織が傷んでいないか心配だったけれど、予定通り、術後の経過は良好だった。
母親に、食事の量を厳しく指導して、中心静脈栄養は外して、6時間おきに抗生物質と鎮痛抗炎症剤の点滴をするだけにした。
点滴は、1時間で終わるし、あの子の自由も大分きくようになる。
ただし、少しでも熱っぽく感じたら寝ているように釘を刺して、傷口があんまりにも痛むようだったらすぐに連絡を入れるように母親に申し付けた。
そして、夕食は見張りに行き、きちんとした食事をしたのを確認してから部屋に帰って、私達も夕食をとって、また佐助とゆっくりと他愛ないおしゃべりをしながら何時の間にか眠ってしまった。
そう、他愛ない話しか出来なかった。
私は、たった一つの秘密を秘めたまま、全てを話す事が出来て、やっと安心出来た。
それに、あの緊迫したような会話は、もうしたくなかった。
佐助と過ごすのは、とても楽しい。
美紀を思い出すから。
でも、それもあと数日と思うと、仕事が終わって、美紀と部屋飲みをする感じでのんびり過ごしたかった。
佐助も、全てを思考の外に追い出したいような様子で、諸国で見て来た事を面白おかしく話してくれて、また大笑いをしていた。
でも、時折、佐助も見せていた。
不安に押し潰されそうな表情を。
きっと、私も同じ表情を浮かべていたはず。
お互いに気付いていたのに、素知らぬ振りをして、あえてその事に触れなかった。
私と佐助は十分にすでに手を打ち、策も話し合った。
これ以上、お互いの胸騒ぎについて話し合う事はない。
お互いにそう思っていた。
後は、機が熟すのを待つだけ…。
ただ、拭い切れないこの不安は何なんだろう…。
早文で届いているはずだから、政宗は今頃文を読んでいるはず。
最初に書いたラブレターを政宗に送ってから、まだ数日しか経っていないし、そこに駄目押しのようにまた追加の手紙を書いたから、流石の政宗も突っ走らないはず。
だとしたら、やはり、この胸騒ぎの原因は、佐助が確信しているはずなのに、教えてくれなかった胸騒ぎの原因にあるような気がする。
今日も美味しい朝食を終えて、また診察に行き、帰って来てから、焔にお茶を持って来てもらった。
「はぁ、お茶はやっぱり玄米茶だねぇ!」
「何か、佐助には大きい湯のみに玄米茶が似合うねぇ」
「ねぇ、遙?それって褒め言葉じゃないでしょ?」
「いや、ただの感想」
「どうせ、俺は庶民だよー。遙みたいな優雅なお嬢様じゃないからねー」
「だから、私は優雅なお嬢様じゃないから!多忙な医者!はぁ、研修医になってから、生活乱れまくって、もう、女も捨ててる。はぁ…幻滅されそう…」
「まあまあ、落ち込みなさんな。みんな美人って言ってくれてるじゃん。確かに、遙って話してるとかなり男前な感じがするけどね!昨日の策士遙は本当にカッコ良かったよー、男前でさ!100人くらい、女の子、あれで落とせそうなくらいシビれた!俺も惚れた!」
「うっ…やっぱり外科医はまずかったか…。彼と再会出来ないなら女捨ててもいいやって思って選んだ道が仇になるとは…。会議での緊迫した議論とか、救急搬送された患者の治療で、一瞬のうちに頭を最大限に使って計算しながら指示飛ばしつつチームで手術したりとかしてたから、男前って言われるんだ…。はぁ、秒刻みで動かないといけなかったから、頭の回転の速さはそれ以上…ううっ、そのせいで策士な男前になるなんて…」
「大丈夫だって!お琴引いてたら姫様に見えるから大丈夫!仕事の雰囲気から抜け切らないから男前なだけなんじゃない?疱瘡が収束したら、また女の子に戻れると思うよ?」
「ああ、やっぱ、今は女じゃないのか…。そんな気はしてた。はぁ…。いいや、もう。女捨ててる間に、久しぶりに射撃の練習でもしようかな、実弾で。しばらく手術ないなら、多少撃っても腕に影響ないし」
そう言うと、佐助は、少し真剣な表情になった。
「そうだね。君の銃声の特徴、聞いておきたいから。よし、今から村外れの林の中に行こう」
「うん、じゃあ、的を持って行くよ」
私は、ビニール袋にまとめてある、経口栄養剤の缶を持ち、鞄から銃を取り出した。
安全装置を確認して、袴の帯に挟むと、佐助と村の裏手にある林に行った。
村の広場の前にある、村長の家から歩いて5分くらい村の奥の方に抜けて行くと、林があった。
村人が薪を取るための林だ。
林に入ると、佐助は私の手を取って、支えるようにしながら歩いた。
その更に奥に入ると、倒れた大木がいくつも転がっていて、薪も纏めて積んである。
薪の材料になる木がごろごろと無造作に転がっていて、足元は柔らかい腐葉土で、くるぶし辺りまで足が埋まる。
「足場、悪いなぁ」
「林ってこんなもんでしょ?」
「雑木林なんて入った事ないもん」
「はぁ、この箱入り娘が。じゃあ、あの大木の上に的、並べて来てあげるから、貸して」
佐助は、缶の入った袋を持って歩き出した。
「ねぇ!それより奥の大木にして!それじゃ、近過ぎてつまんない!」
「ええっ!?君の銃の腕ってそんなにすごいの!?」
「別の銃の大会で賞をもらった事、あるよ?」
「文武両道とは、やっぱり化け物め!」
「いいから!この銃は初めてだから、試し撃ち!」
「はいはい、分かったよ!」
佐助は、20mほど先の倒れた大木の上に、缶を並べ始めた。
その間に、私は久しぶりに手にした銃を観察した。
トカレフに似てるけど何か重いし、持ち手も長いし、何か見慣れないスイッチが幾つかついている。
一ついじってみると、レーザーの光が出た。
ああ、なるほど、的を絞るためか。
的を絞ったらつまらないから、消しておこう。
銃から弾倉を取り外してみる。
…何か、予想以上に弾が沢山入ってるんだけど、何で?
あれだよ、マトリックスでネオとトリニティが撃ちまくっていた、連射式の銃みたい。
いや、あんなにコンクリートがぼろぼろになるほどの威力はないはずだけど。
道理でずっしりしてたはずだ。
反動で腕痛めたら嫌だなぁ。
耳栓持って来れば良かった。
口径は、一般的な大きさで、殺傷力は十分。
私は弾倉を装填して、手応えを確認した。
これで、準備完了…のはず!
観察している間に、佐助が戻って来た。
そして、私が持っている銃をしげしげと眺めた。
「へぇ!濃姫の銃にちょっと似てるじゃん!遙もああいう太腿の上の方まで切れ目の入った着物着たら、男装しなくても、馬にも乗れるね!」
「あのねぇ、佐助。私に太腿をさらけ出せと?」
「遙だったら、細身だから綺麗なんじゃない?あー、何かもったいない事した。そういう着物手配しとけば良かった。忍の里にはあるからね!うん、くノ一の衣装も似合うかも」
「エロいよ、佐助!」
「ちょっ!銃、こっちに構えないで、お願い!マジ、冗談だから!撃たないで!」
私は無言でさっと的の方に銃を向けて照準を合わせると、両手で二発連続で撃った。
缶が二つ、勢いよく飛んで行った。
結構銃声が大きくて耳が痛い。
サイレンサー、バッグの中にあったかなぁ。
「ふぅ!すんごい軽い撃ち心地!反動も少なくて、腕を傷めなくていいね!これなら片手でも行けそう!連射も出来るのかな?」
嬉しくてニコッと笑って佐助を見ると、驚いたように目を瞠って口を開けたまま、固まっていた。
「す、すごいね、君…。あんなに遠くて小さい的なのに」
「いや、普通でしょ。照準合わせたら外さないよ、普通」
「いやいや、普通じゃないから!ごめん、もうちょい離れた所で銃声聞かせてもらうよ。だいたい特徴は分かったけど、音が大き過ぎるから、もうちょい離れた所で聞かせて!」
そういうと佐助はさっと、後ろに3回飛びすさって、後退した。
ここから、約30m後ろ。
…3歩でそこまで飛べる方が普通じゃないけどなぁ…。
私は並べられた缶を順番に片手で撃って行った。
最初はゆっくりと、そして、反動が少ない事を確認すると、立て続けに残り10個全部撃ち抜いた。
「ふぅ!思ったより撃ちやすいし、腕も鈍ってない!」
佐助がすぐ隣りに飛んで来た。
「この銃の銃声の特徴、よく分かった。これなら離れてても聞き分けられる。大丈夫。きっと村で焔も他の部下も銃声聞いてるはずだから、この銃声は君だってみんな分かる。それにしても、片手で一個も的を外さないなんて、濃姫と勝るとも劣らないほどの腕前だね!安心したよ」
佐助はホッとしたように、にこにこと笑った。
「じゃあ、いったん村に戻ろうか。そんな物騒な物、持たせておきたくないけど、念のため、袴にいつも挟んでおいてね。お館様にお会いするまで、ずっと」
「うん、分かった」
私達が、振り返って村長の家に戻ろうとした時の事だった。
焔が複数の忍を伴って、疾風の速さでこちらに飛んで来て、佐助の前に跪いた。
いつも、柔らかな雰囲気を纏っている焔のその顔は、只事ではないほど、切迫したような厳しい表情だった。
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