さっき散々抱いた後だから、俺の機嫌は良かった。
「はぁ…姐さん、可愛くて綺麗でかっこいいッス…。美男美女カップルだ…。スタイルも抜群ッス」
「当たり前だっ!この俺が惚れた女だっ!最っ高の女に決まってるだろっ!」
「流石、筆頭ッス!ヒューヒュー!ラーブラブっ!」
俺は声を立てて笑った。
「政宗、随分嬉しそうだね」
「ああ。お前をこうして見せびらかしたかったからな」
「そうなの?それにしても随分広いお城だね」
「お前、江戸城行った事ねぇのか?」
「閉鎖されてるから入れなかった。内部画像しか知らない」
「そうか。さあ、着いたぞ」
すっと襖を開けると小十郎が頭を下げて、広い座卓の前に座っていた。
美紀も猿飛も成実もいる。
「政宗様、成実が戻りました故、呼びました。予めお断りもせず、申し訳ございません」
「いや、構わねぇ。遙、ついてこい」
「うん」
俺は成実の左隣に座り、反対側に遙を座らせた。
成実が惚れ惚れとしたように遙に見惚れた。
「やっぱり梵が見初めるだけの事はあるね。すっげぇ美人だ」
「ただの美人じゃ俺は惚れねぇ。最高に頭がキレて、情が深い。絶対に悲しませたくねぇ女だ。だからこそ惚れた」
「へぇ!梵にそこまで言わせるって相当すごいんだね」
「私、そこまですごくないよ?政宗の方がすごいよ?」
小十郎が微笑ましそうに笑う。
「遙様は本当に政宗様の事がお好きなんですね。とても嬉しく思います」
「Hey、小十郎。腹が減った。そろそろ始めろ」
「はっ。てめぇら、そろそろ始めろ」
「はっ」
やがて襖が開き、大きな寿司桶がいくつか運ばれ、板前も部屋の隅に控えた。
上座には能一座が控える。
遙は驚いたように目を瞠っている。
「政宗?何で、能まで?」
「ん?風流でいいだろ?お前をもてなすために用意した。今日は初めてここで食事だからな。楽しいpartyだ。遠慮せず食え」
「わぁ!ありがとう!」
遙がこうしてこんなに喜んでくれてとても嬉しい。
もう片時も離さない。
「流石、政宗、伊達男!」
「ねぇねぇ、政宗様、これ本当に食べていいの?甲斐じゃこんなの食べた事ないよ!」
遙だけでなく、美紀も猿飛もキラキラと目を輝かせていて嬉しくなる。
俺はくつくつと笑って答えた。
「もちろんだ。そのために呼んだんだからな。遙の命を救った褒美だ。ささやかだけどな」
俺は扇をパチンと鳴らした。
能の演奏が始まる。
「では、政宗様、どうぞ」
俺が箸を付けるのを小十郎が待ち、皆を促した。
遙はどれから食べようか悩んでる様子だった。
「好きな物から食え」
「じゃあ、トロから食べてもいい?」
「いいぜ」
「わあい、頂きます」
口に入れると幸せそうに顔が綻ぶ。
「トロ美味しい。しかも大トロ。もう一個食べちゃおうっかなー」
「遠慮しなくていい。お前がやっと食べられるようになって安心した。今は頼むから身体を治す事に専念してくれ。上洛が済んだら婚儀、それから世継ぎ作りか」
「もう…政宗、恥ずかしいから世継ぎ作りだなんて言わないで?」
「何が悪い。お前を手に入れた今、俺に足りないのは世継ぎだけだからな!覚悟しろよ、遙!世継ぎが出来るまで、俺は引きこもるっ!」
隣で成実が堪え切れないように笑い出した。
「梵は、本当に遙ちゃんの事が好きなんだねー。惚気話あんだけ廊下で聞いてたから、知ってたつもりだけど。やっと伊達家も安泰だよ。遙ちゃん、頑張って梵の子たくさん産んでね」
遙は頬を染めて、それを隠すように次々にぱくぱくと寿司を食べ始めた。
これだけ食べれれば上出来だ。
「遙、慌てんな。寿司は逃げねぇよ」
「だって、職業病で。早く食べるの癖になっちゃった」
「そうか。もっとゆっくり食うようにしろ。足りるか?」
「全種類二貫ずつ…んー、もうちょっとかな」
ざっと見積もって、いつもの遙よりはずっと多い量に安心した。
明日は何を食わせるか考える。
そんなのも楽しみだ。
遙は俺の言う通り、ゆっくりと食べ始めた。
「ねー、遙ちゃん。遙ちゃんは梵のどんな所が好き?」
隣の成実が、興味津々に遙の顔を見つめた。
「政宗の全てが好きだけど、そうだなぁ…一番は温もりかな。初めて出会った時、私、失恋して泣いてた。失恋で不眠になってた。温もりが恋しかった。でも、そんな時に政宗が現れて、ただ、私を抱き締めて寝てくれた。それでやっと眠れたの。夜伽じゃねぇ、添い寝だってね」
「へぇ!梵にしては珍しいじゃない?すぐに女に手を出さないってさ。なぁ、小十郎?」
「ああ、そうだな。そんな政宗様は珍しい」
初めて出会った時の遙の顔を思い浮かべる。
とても辛そうで、でも、綺麗な泣き顔だった。
笑顔を取り戻してやりたいと思った。
あれが恋の始まりだった。
今思えば一目で恋に落ちていた。
「こいつの泣き顔ときたら…絶対泣かせたくねぇって顔で泣きやがる。すっかり涙に絆されっちまった。まあ、今考えればそれが恋の始まりだな。出会った時から俺は遙に惚れてた。ただ抱き締めてたのも泣かせたくなかったからだ」
「へぇ!そうなんだ!想像つくようなつかないような。今までの梵じゃあり得ないね。泣いてる女なんて面倒って思いそうだからさ」
「遙の一途な愛情が欲しくなった。…前の男に嫉妬してな。確かに今までの俺じゃ、あり得なかったな」
「で?手を出したのはいつ?すぐに?」
「そんな事、してねぇよ。出来なかった…大切過ぎて、出来なかった。遙を抱いたのは、告白して受け入れてもらってからだ」
成実は心底驚いたように目を瞠った。
「大切過ぎて手を出せないなんて、よっぽどだな!こんないい女だろ?梵って遙ちゃんと住んでた訳?」
「ああ、そうだ。女一人所帯に男と住むなんて危険極まりねぇのにな」
「よく我慢出来たねー!俺じゃあ、耐え切れねぇよ、こんないい女。で、告白って?いつ頃?」
「葉月の三日、俺の誕生日だ。そうだな…出会ってから二週間弱か。遙が龍恋の鐘に行こうとしてて、随分気を揉んだ。他の誰かと行きたいんじゃねぇかってな。でも、遙が一緒に龍恋の鐘に行きたいのは俺だって気付いた。それで決心したんだ。そこで告白しようってな」
「なるほどねー。龍恋の鐘って?龍に恋で龍恋?」
「ああ、そうだ。天女に恋した龍が、自分の悪行を改心して天女と結ばれて江ノ島に住むようになったらしく、その伝説にあやかって作られた鐘が龍恋の鐘だ。その鐘を鳴らすと永遠の恋になるってな」
「ああ、それで龍恋の鐘か。永遠の恋って梵らしくないよね。あれだけ女遊びしてたからさ」
「おいっ、遙の前でバラすな。嫉妬する」
「あ、悪ぃ悪ぃ。でも、本当の事だろ?まあ、それだけ遙ちゃんにぞっこんだったって訳か。梵、お前、初告白だったんだろ?聞かせろよ。何て告白した、この伊達男が。お前の告白、絶対キザだ」
成実が俺の肩に手を回して笑う。
俺も喉の奥でくつくつと笑った。
成実のこういうノリが好きだ。
遙は食べながら俺達の会話をじっと聞いてる。
気付いたら、全員俺達の会話に耳を傾けていた。
「当たり前だ。惚れた女の前で醜態晒す訳には行かなかったからな。それなりの告白はしたつもりだぜ?」
ニヤリと笑うと、成実もニヤリと笑い、俺の脇腹を肘で小突く。
「もったいぶらずに早く聞かせろ、梵。何て告白した?」
俺はニヤリと笑い殊更に低い声で言った。
あの日、遙に告げたように…。
「龍は天女に恋をした。天女は、遙、お前だ。近いうちに別れが来るのは分かっている。それでも…。この気持ちに嘘はつけねぇ。遙。俺はお前を愛している。お前だけだ。今までこんな気持ちになったことはねぇ。お前は?お前の気持ちを聞かせてくれ、ってな」
その瞬間、成実はひゅうっと口笛を吹き、俺とハイタッチをした。
ふと見遣ると目の前の猿飛と美紀が頬を染めて俺を見ていた。
「キザだ…。流石は、運命の王子と姫だ」
「政宗のその声でいい物聞いちゃった…」
「もう一度聞けるなんて思わなかった…」
頬を染める遙の頭をくしゃりと撫でる。
「また何度でも口説いてやるから、安心しろ」
それを聞いた成実が口笛を吹き、またハイタッチをする。
「流石、天下一の伊達男!夫婦になっても口説くのはお前らしいかな」
「だろ?」
小十郎も食べながら、始終微笑ましそうに俺達の会話を聞いている。
成実はまた俺の肩を抱いた。
「梵、やっぱお前、最高の伊達男だな。遙ちゃん、喜んだだろ?」
「うん、びっくりしたけど嬉しかった。私振られると思っていたから…。最高の思い出だよ。振られると思ってあの鐘の前に行きたくなかったの」
「へぇ、そうなんだ」
「ああ。怖気付いた遙を無理矢理抱き上げて、鐘の前に連れて行って告白した。遙は俺を受け入れてくれた。その先に別れがあるのにな。あの時交わしたキスと夕陽は今でも忘れられねぇな。夕陽と海が見える丘だった」
「流石は梵だぜ。それが初キス?」
「いや、違う。初キスは、出会った翌朝だ。遙は寝ぼけて添い寝する俺にキスをした。あれが初キスだったな」
成実は、また驚いたように目を瞠った。
「お前、よくそれで抱かずに済んだな。相当我慢しただろ?」
「まあな。でも、キスをして傷付いたような顔を見たら抱けなかった」
「なるほどね。もう惚れてた訳だ。お前らしくねぇな。で?告白の後は?」
「すぐに日が暮れて、展望台へ行ったか」
「展望台って?」
「夜景が見える、でっかい塔の事だ。天守閣に似ている。未来の世界ってな、明かりの色がとりどりで、宝石箱みたいで綺麗だった」
「そんなんがあるんだ。未来はすげぇ」
「だろ?やっと大っぴらにキス出来るようになって、嬉しくてキスしまくってたら、遙が恥ずかしがってな。二人きりになりたい、帰りたくないって言い出した」
「政宗、恥ずかしいよ…」
「終わった事だろ?それに成実は俺の従兄弟だ。何でも話せる間柄だな」
「もう…」
成実はくつくつと笑っていた。
「清楚な姫君って感じの遙ちゃんがそう言うのは、随分勇気がいったんじゃない?梵は色男だから、すぐに抱かれたくなる気持ちも分からなくもないかな」
「でも、怖かった。幻滅されると思ってた。あの頃平均的な身体つきだったし。すぐに抱かれるの怖かった」
「ああ、あの時お前、すごく不安そうだったからな。俺に抱いて欲しいって言い出すまで我慢する事にして、また随分気を揉んだぜ?俺が抱いていいのかってな」
「そこまで据え膳されて我慢するって、梵、お前、相当だな?」
「ああ、あれは堪えた。俺達何も変わらねぇんじゃねぇかってな。結局遙は俺が欲しくなって、抱いて欲しいって言い出した。心もこの身体も政宗のものにして欲しいの、ってな。あの時の遙、最高に綺麗で可愛いかったぜ?嫁入初夜の姫君って感じでな。でもな、俺、柄にもなく緊張してた。初恋だったからな。今まで抱いた女みたいな抱き方したくなかった。大切にしたかった。あんなの初めてだった…」
思い出して遠い目になると、成実はまた笑い、俺の髪をくしゃりと撫でた。
「緊張か。梵にしては、らしくねぇな」
「ああ、緊張し過ぎて、閨で遙にキスをする時、吐息が震えた」
「ねぇ、政宗、これ以上言わないで?」
「大丈夫だ。お前の抱き方までは言わねぇよ。絶対お前の身体で妄想するから言えねぇな」
「それは残念だな」
「今度、二人きりの時に教えてやってもいいけどな。お前は俺の女遊びの事、よく知ってるからな。ただし、絶対遙の身体で妄想すんな」
「ははっ!楽しみだ」
「もう…」
遙は頬を染めて、顔を背ける。
成実は俺の頭を小突いてまた肩を抱いた。
「で?後朝の歌は贈ったのか?初恋の後朝の歌、聞かせろよ」
「ああ、いいぜ。かみのつけの あそのまそむら かきいだき ぬれどあかぬを あどかあがせむ だ」
成実は驚いたように目を瞠った。
「全然らしくねぇ!いや、待てよ。戯れに抱いた女でも体位の練習で何度か抱いた女もいたっけな。開発の練習もしてたっけな」
「だから、遙はそういうんじゃねぇし、そんな事バラすな!」
「いいだろ?梵?そのお陰で遙ちゃん、悦ばせられるんだから」
「まあな」
「政宗!」
「怒るな、遙。俺はお前を悦ばせられて、嬉しいぜ?お前も嫌じゃねぇだろ?」
「もう…」
ぷりぷりと怒っている遙の目は怒っていなくて、笑いながらくしゃりと髪を撫でた。
成実が喉の奥でくつくつと笑った。
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