政務の時間 act. 1 -1-

俺はちらりと時計を見遣った。
そろそろ政務の時間だ。

「遙、そろそろ政務の時間だ。甲斐でお前が俺に教えてくれた策を官僚共に伝えなきゃならねぇし、議事録にも目を通さなきゃならねぇからな。甲斐で手間取ったから、溜まってるはずだ。成実、お前も手伝え。外国からの書簡があれば、遙、お前にも手伝わさせる」
「ああ、いいぜ」
「うん、いいよ」
「美紀、お前は馬の稽古だ。お前をどこかに連れて行く時、乗れなかったら不便だ。城内の馬場を使え」
「分かった。佐助に教えてもらう。これでも運動神経いいから」
「政宗様、任せてよ」
「よし、じゃあ行くぞ」
「流石は政宗様でございます。遙様と再会なさって政務をおろそかになさるかと心配しておりましたが、この小十郎の杞憂でございましたか」

小十郎はホッとしたように微笑んだ。
俺もニヤリと笑った。

「遙に幻滅されたくねぇからな。俺に惚れ直してもらうためにも政務に励むぜ」
「誠、遙様をこの城にお迎えして幸いでございます。政宗様は、より一層ご立派になられましたね。とても嬉しく思います」
「そういう訳だから、遙、小十郎、成実、部屋を移動するぞ」

俺は遙の荷物を持ち、手を繋いで政務の部屋へと向かった。

「ねぇ、政宗。官僚って?」
「ああ、霞ヶ関を作らせた。お前の世界と同じだな。桜田門からすぐそばだし便利だ」
「そっか。大統領令みたいに政宗が命令して、細かい政策を練らせているの?」
「そういう事だ。流石、お前は飲み込みが早いな。細かい所まで俺がやってたらキリがねぇ。俺が指示するのは大枠だけだ。そうだな…厚生労働省と国土交通省は、お前の力を借りるかも知れねぇな。上下水道の設備を整えたい。古代ローマみたいにな。あとは、病の人間か。それから外務省と経産省もだな。官僚共に必死に外国語を勉強させてるが、世界史までは教えてねぇからな。今の情勢を読んで、防衛と貿易の策を練ろ。そうか、防衛省もだな」
「なるほどね。出来る範囲で頑張る」
「へぇ!遙ちゃんってやっぱりすごいね!そりゃ、梵も惚れるの分かるぜ」
「だろ?俺に帝王学を教えてくれたのは、遙だ。天下一の才女だ。誰にも渡さねぇ」
「伊達にはやっぱり遙ちゃんが欠かせないね。遙ちゃんと再会出来て、本当に良かったぜ」
「誠、遙様は素晴らしい。今後の伊達の治世が楽しみでございます」

遙は忍笑いを漏らした。

「ふふっ、そんなに期待されると緊張しちゃうな。でも、世界を政宗と掌握するのは楽しいかも」
「そうだな。またお前に惚れ直しそうだ。さあ、着いたぞ」

俺は遙を部屋に促し、文机の前に座った。
思っていた通り、書類の山がある。
これは、時間がかかりそうだ。

「小十郎、成実、書類を読むのを手伝え。綱元は勘定方で忙しいからな」
「Okay」
「かしこまりました」
「遙、これが今の世界地図だ。頭に叩き込んで何か考えろ」

俺が地図を差し出すと、遙はそれを受け取ってしげしげと眺めた。

「ふーん、16世紀末期の地図か。私の世界とあまり変わらないな。むしろ、各国の歴史の方が気になる。事件とか、政策とか、技術とか、文化とか」
「それなら、こっちの資料だ」

俺は外国語の書簡をいくつも渡した。
遙は一つ一つ見分して、思案顔で答えた。

「イギリス、オランダ、フランス、イタリア、神聖ローマ帝国ね。オランダ語は分からないな。iPadで英語に翻訳するしかないか。確か文法は英語と同じだ」
「お前、そんな事も出来るのか?」
「うん。この7年間で随分便利になったんだよ?」
「やっぱり未来はすげぇ!じゃあ、適当に始めろ」
「うん」

俺は、小十郎と成実に書類を渡すと、読み始めた。
俺もしばらく無言で書類に読み耽り、遙が教えてくれた政策について命令を下す文をいくつか書いた。
そうしているうちに3時間ほどが経ち、無性にタバコが吸いたくなって顔を上げると、遙は膝を抱えながら座っていて、iPadを手持ち無沙汰のようにいじっていた。
外国語の書簡をあれだけ渡したのに、遙の退屈した様子に驚く。

「遙、もう読み終わったのか?」
「うん…30分ほど前に。確かに時代の前後はあるけれど、大枠は一緒だし、内容も薄かったから…」
「お前、やっぱり大した女だぜ」
「すげぇな、遙ちゃん!梵でも時間かかった書簡なのに、もう読み終えるとはね!」
「教養学部時代、暇だったから、外国語の授業たくさん取ってただけだよ。ヨーロッパ旅行、家族でよく行ってたし。この程度なら何とか読めるし、iPadで知らない単語調べたら楽勝」
「で?何か思いついたか?」
「うん…。大航海時代はまだ続いてる。海賊の時代だね。インドと東南アジアの守りを固めるのが重要だな。もちろん、日本も。ヨーロッパには、本土とアメリカで戦争させるよう仕向ける必要があるな。外国人スパイの養成か。鎖国する訳には行かないから、外国語を指導する教官や、文化人の誘致、それから、防衛のためのより一層の水軍強化だな。地上戦にならないように、海で全部カタをつける。鉄砲や大砲の精度と威力を上げなきゃ」
「カッコいいね、遙ちゃん!惚れ惚れするよ」
「ああ、そうだな、成実。俺も惚れ直した。その策については俺も賛成だ。産業革命の見取り図を長曾我部に渡してあるから、蒸気機関の開発は間もなくだ。石炭を動力にした戦艦の開発に着手しよう」
「流石、政宗!最高の天下人だね!私が練れる策なんて、今のところないな。タバコ吸いたいな」
「ああ、そうだな。おい、小十郎、一息入れるぞ」
「はっ!遙様には、この小十郎も驚かされました。正に麗人の指揮官でございますね。おいっ!誰か茶と菓子を持って来いっ!4人分だっ!」

小十郎が声を張り上げると、返事が聞こえ、間もなくして茶と菓子が届けられた。

「遙、ちょっとこっち来い。休憩時間にお前を抱き締めるのが夢だったんだ」
「そうなの?」
「ああ、そうだ」

遙は立ち上がり、俺に寄り添うように座った。
その細い腰を引き寄せて、膝の上に抱き上げると、耳元に顔を埋めてジャスミンの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
とても幸せな気持ちになる。
遙はくすぐったそうに忍笑いを漏らした。

「ねぇ、タバコ吸いたいから、下ろして?」
「仕方ねぇな。一度ぎゅっと抱き締めてキスしてからだ。俺も一本もらう」
「遙ちゃん、俺も!」

俺は遙をキツく抱き締めると、何度か柔らかなキスを交わし、膝から下ろした。
遙はすぐにタバコに火を点け、俺達にタバコを差し出した。
差し出されたタバコを受け取って、俺も成実も、タバコに火を点けた。
熱い茶を啜りながら、ゆっくりとタバコを吸うとリラックス出来た。
遙をこの腕に抱けるのは、この上ない喜びだ。
疲れも吹っ飛ぶ。

「今まで通り、捗るな。いや、それ以上か。やっぱりお前は得難い女だぜ」
「そう?ねぇ、政宗。さっき読んだ書簡に書いてあったけど、バロック様式がもうフランスで始まってる。ベッドはバロック様式がいいな。王様が使ってるやつ。お布団も枕も羽毛がいい」
「I see. 取り寄せてやる。他に欲しい物は?」
「ピアノとバイオリン。ストラトヴァリウス取り寄せられる?」
「ストラトヴァリウス?何だ、それ?」
「バイオリンの名器」
「そんなのがあるのか。いいぜ?俺は天下人だ。楽勝だ」
「政宗、最高!愛してる!」
「ああ、俺も愛してるぜ?惚れ直したか?」
「起きてからずっと惚れ直しっぱなしだよ」
「なら良かった」

遙はキラキラと目を輝かせて嬉しそうに微笑むと、菓子を食べて、また幸せそうに頬を緩めた。

「もっと甘い物食べてもいい?」
「構わねぇよ。おいっ!誰か最中をどっさり持って来いっ!」
「今すぐ行くッス!」

伝令を聞きながら、空になった湯呑みを置き、また遙の腰を抱き寄せた。
こんな幸せな休憩時間があるのなら、いくらでも政務に励んでやる。
小十郎は微笑みながら茶を淹れてくれた。

「政宗様も、いつもより熱心でございましたね。流石でございます」
「遙に醜態見せる訳には行かねぇからな。早く仕事を終わらせて、夕方からはゆっくりしてぇな」
「左様でございますね」
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