昨日の夕餉も楽しかったし、夜は心ゆくまで好きなように遙を抱いて、俺の機嫌は良かった。
小十郎には今日の夕餉まで休暇を申し付けてある。
十二単が届くまで、束の間の休日だ。
今日は暇だから、いくらでも遙と抱き合っていられる。
そう思うと嬉しくてたまらなかった。
茶を飲み干して、遙を膝の上に抱き上げてキスを交わしてる時の事だった。
遠くから、慌てたような足音が猛スピードで近付いて来た。
「梵っ!入るぞっ!」
言うなり襖がスパーンと開けられ、息を切らせた成実が厳しい表情で部屋に入って来た。
成実がこんなに慌てるのはとても珍しい。
何か非常に良くない火急の知らせがあるに違いない。
俺は遙を抱き締めたまま、成実に尋ねた。
「火急の知らせだな?」
「ああ、そうだ。すぐに亘理に帰らせてくれ。登勢の命が危ない」
「何だと!?」
「俺、登勢を失ったら生きて行けねぇ。頼む、梵。すぐに帰らせてくれっ!」
「政宗、私も行く。成実、危篤の知らせはいつの話?」
「向こうを立ったのは、今朝早朝、鳩の早文で届いた」
「2時間くらいか…。登勢…。成実、奥方がいたんだね?」
「ああ、そうだ。登勢は昔から心の臓が弱くて夜伽も出来なかった。俺の女遊びはそのせいだ。もっと幼い頃は馬も薙刀も出来てたけどな」
「なるほどね。若年性心疾患?いや、途中から心臓病になったのかな?詳しくは血管造影しないと分からないな。政宗、行かせてくれる?」
「いや、俺が今江戸を離れる訳にはいかねぇからな。だから、当然遙を亘理城に行かせる訳にもいかねぇな」
「もしかして、遙ちゃん、登勢を治せるのか!?遙ちゃんって医者なの!?」
「うん、そうだよ。特に心臓外科は得意な方だよ」
「なぁ、梵!一生のお願いだっ!遙ちゃんを貸してくれっ!」
俺は悩んだ。
いくら伊達領内で安全とはいえ、亘理まであまりにも遠過ぎる。
病み上がりの遙にまた無理をさせるのは気が引ける。
「なぁ、遙。お前どうやって治すつもりだ?」
「まずは投薬で発作の予防。それから検査をして手術かな。手術は一人では無理だから、美紀の助けが必要」
「そうか…。ならば、猿飛の忍隊に凧を出させるか。空からなら一刻もかからずに亘理城まで着くはずだ。美紀を同伴させて、投薬の後にすぐに江戸城まで連れて来て検査と手術だ。遙、それでどうだ?」
「そうだね…。私が亘理城に行ったら2週間は帰って来られないし、江戸に向かう途中に何かがあっても美紀がAEDで蘇生させながら連れて来ると思うから、ここで手術するのが間違いないと思う。往復どれくらい?」
「3時間くらいだ」
「なら猶予があると思う。成実、それでいい?」
「登勢が助かりさえするのなら、俺はそれに従う。美紀ちゃんも医者なんだね?」
「うん。美紀を同伴させるから心配しないで?」
成実は少しホッとしたように吐息を吐いた。
俺は声を張り上げて部下を呼んだ。
「今から猿飛忍隊を亘理城に派遣するっ!凧で向かわせるから、そう申し伝えろ!亘理城に行くのは成実と美紀だ。今すぐに準備させろっ!」
「すぐ呼んで来るっス!」
「良かった…。俺、今度こそ登勢を失っちまうかと思ったぜ。遙ちゃん、完全に治せる?」
「病気の種類にもよるけど、最終手段もあるし、夜伽が出来るレベルまでは治せるから安心して?」
「マジかよ!遙ちゃん、すげぇな!分かった。すぐに登勢を迎えに行って江戸に連れ帰って来る」
「魔の時間、10時まであと2時間か。政宗、急がせて!」
「分かった」
ほどなくして、凧を持った猿飛達が俺の庭に現れた。
「話は聞いたよ。成実様の奥方様の命が危ういってね。凧の準備は出来てる」
美紀は厳しい顔つきで遙に尋ねた。
「遙、処置はどうすればいい?」
「チアノーゼを起こしてたら、ニトログリセリンの投与、及び酸素吸入で様子を見て。向こうの出発は魔の時間の10時以降。なるべく温かい格好させて。カイロでもあげて身体を温めて。途中、気絶するような事があったら、すぐに凧を降りてAEDで蘇生。それで何とか江戸まで持つと思う」
「分かった。セオリー通りだね。心電図は?」
「一応取っておいて。到着し次第私が確認する。血中酸素濃度の確認もね。政宗、手術が出来そうな部屋ある?厠が近いと助かるんだけど。何日もそこに詰めるから広い部屋がいい」
「梵、俺の部屋の近くの広間はどうだ?そこの庭に凧も降ろせる」
「そうだな、そうしよう」
「政宗、敷布団をたくさん重ねさせて。床の上じゃ体勢がキツくて手術出来ない」
「分かった、到着までに用意させる。他には?」
「今のところは大丈夫。到着までに、器具の消毒と、様々な想定をして調べ物をするくらいかな。成実、急いで登勢様の所へ向かって」
「分かった。登勢の事は登勢ちゃんで構わねぇよ。年下だし、遙ちゃんは、梵の許婚なんだから」
「ふふっ、そうだね。あとは、佐助、美紀、頼んだよ!」
「ラジャー!」
猿飛達は、凧に乗って風のように飛び立って行った。
「遙、助けられるか?」
「絶対に助けてみせる」
「そうか…。成実を幸せにしてやってくれ」
「うん」
俺達は誓い合うように、長いキスを交わして、成実達が飛び立った空を見上げた。
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