小十郎が縁側にやって来て控えた。
成実はようやく泣き止み、手拭いで涙を拭っていた。
「遙、この部屋から離れない方がいいか?」
「うん…。出来れば隣の部屋がいいかな。すぐに飛んで来られるし。あの点滴は、一刻は持つから、容体が急変したらすぐに知らせが届くように、若草ちゃんでも控えさせて、食事するのがいいと思う。バイタルの見方は私が若草ちゃんに説明するから」
「Okay、小十郎、隣の部屋に座卓を用意だ。一刻あれば、ゆっくり食事が出来る。それでいいか?」
「かしこまりました。すぐに用意させます」
「佐助、若草ちゃんを呼んで来て」
「了解!」
遙は猿飛に指示を出すと、疲れたように縁側に座った。
「久しぶりの大手術だったから疲れちゃった。タバコ吸ったらトイレ行って来ようかな」
「ああ、そうしろ」
「遙、私、先トイレ行くねー!」
美紀は部屋の中へ入って行った。
俺はタバコを取り出し、遙に咥えさせて、俺もタバコを咥えて火を点けると、俺のタバコから遙のタバコに火を移した。
嬉しそうに遙の目が細められる。
「ふふっ、こうしてタバコを吸うと、新婚旅行を思い出すなぁ。リラックス出来る」
「なら、良かった。疲れてるだろ?猿飛、茶を汲んで来い!」
「はいよー!本当、遙の手術すごかったからね!あれは疲れるよ。すぐ行ってくるね!」
猿飛はひらひらと手を振ると、急須を持って下がって行った。
しばらくして、遙はゆっくりとタバコを吸い終えると、一旦席を外して部屋に戻ると、仮眠用の布団の上に仰向けに寝そべって、疲れた様子でぼんやりとしていた。
俺はその上に覆いかぶさり、遙の頬を両手で包んだ。
「お前は本当に良くやった。病み上がりだから、随分心配したぜ?」
「心配かけてごめんね。でも、成実の大切なお嫁さんだから、見捨てられなかったの」
「分かってる。この後はゆっくり出来るか?」
「ううん、美紀と何時間か交代で11日間くらいは様子見なきゃ」
「そうか…。上洛が遅れるが仕方ねぇな」
「うん。人手が足りないからどうしても無理なの」
「分かった」
「政宗、ぎゅっとして?」
「ああ、いいぜ?」
俺は遙の背に両腕を回してぎゅっと抱き締めた。
遙の口から満足そうな吐息が漏れる。
「仕事の後、疲れた時に、最愛の人にこうして抱き締めてもらえるなんて、幸せ」
「いくらでも抱き締めてやるよ。でも、これだけじゃ、俺は足りねぇな」
俺は遙の唇を奪い、何度も何度も深く口付けた。
遙も俺の背に腕を回して、キスに応える。
お互い触れ合えなかった時間を埋めるように、長い長いキスを交わすとようやく満足して唇を離した。
ふと顔を上げると、猿飛が微妙な表情で俺達を見つめていた。
「あのー、お茶汲んで来たんだけど、声かけるにかけられなくてさ。やっぱ政宗様と遙はラブラブだねー」
「お前も美紀とラブラブすればいいじゃねぇか」
「何かそういう雰囲気になかなかならないの!はぁ…羨ましい。お茶、縁側でいい?タバコ吸うんだろ?あと、若草連れてきたから」
「佐助、ありがとう!タバコ吸ったら、佐助と若草ちゃんに指導するよ」
俺達は縁側に移動し、遙と寄り添って熱い茶を啜ってホッと一息吐いた。
「はぁ…寒くなって来たから、熱いお茶が美味しい」
「そうだな。美紀とは何時間交代なんだ?」
「んー、4時間が妥当かな」
「お前、あまり眠れねぇじゃねぇか。薬だけ用意して、猿飛に任せるのじゃダメか?お前は病み上がりだ。美紀の監督下だったら任せてもいいだろ?」
「うん、そうだねぇ」
「ねぇねぇ、遙。点滴の線繋ぐくらいなら、俺にも出来るから、遙は政宗様と一緒にゆっくり休めば?政宗様が心配するの、よく分かるし。薬、今のうちに用意しておいてよ」
「佐助、ありがとう!じゃあ、そうする」
遙は一本タバコを吸って、茶を飲み干すと、薬の準備をして猿飛と若草に機械の見方を叩き込んだ。
その間に、小十郎は、隣の部屋の準備を済ませて俺達を呼びに来た。
「小十郎、今日の夕餉は?」
「遙様が長時間の手術と聞き及びまして、お疲れだと思い、うな重と野菜の煮付けでございます。お身体を労って頂きたく」
「わぁ、小十郎、ありがとう!元気出そう!」
「美紀、お前ぇもよくやった。成実も喜んでるだろう。お前ぇも食って英気を養え」
「流石、小十郎!うなぎ私も楽しみだなー!」
「遙、移動出来るか?」
「うん、若草ちゃん、異常があったらすぐに知らせに来てね」
「かしこまりました」
俺達は、隣の部屋に移動した。
それぞれ席に着くと、俺が箸を付けるのを待ってから皆が食べ始めた。
遙の顔が嬉しそうに綻ぶ。
「うなぎも久しぶり」
「なら、良かった。お前、霞でも食って生きてそうな顔してるからな」
「甲斐ではそう思われてたよ。本当は美味しい物、好きなんだけどなぁ。ねぇねぇ、政宗、上洛する時、紀伊半島を回って、勝浦の温泉でクエ食べられないかなぁ。せっかく冬だし」
「クエか。一度食ったが、あれは美味いな。長曾我部に頼んでおいてやるよ」
「本当?嬉しいなぁ!」
「遙、勝浦の温泉って?」
「うん、天然洞窟の温泉で夕陽が見られるんだって。忘帰洞って言うんだけど、知らない?」
「聞いたことねぇなぁ。まぁ、長曾我部なら知ってんだろ。聞いといてやる」
「ありがとう!それからね、白浜温泉の崎の湯って所も行きたいな。持統天皇が好きだった温泉らしいんだよね。途中で、クジラも食べたいし」
遙の口から食べ物と温泉の話ばかり出て来ておかしくなる。
でも、甲斐であれだけ断食してたのだから、その反動と思えば不憫になる。
こうしてやっと食べられるようになったのだから、産地の名物があるのなら食わせてやりたい。
俺は笑いながら遙の頭を撫でた。
「お前、よっぽど飢えてたんだな。いいぜ?好きな物、好きなだけ食わせてやるから安心しろ」
「わぁい、政宗、ありがとう!」
「紀伊半島の海の幸と言えば、クエ、伊勢海老、くつエビ、クジラ、その他諸々だもんねー。いーなー、私も上洛ついていきたい」
「美紀、お前は必ず連れて行く。遙の身体にまた何かあった時にお前がいねぇと困るからな」
「やった!遙と一緒にご馳走食べれる!」
「ちょっと、梵、美紀ちゃんと遙ちゃんいないと、登勢の事が心配なんだけど」
「登勢も連れてけばいいだろ?遙、登勢が動けるようになるのにどれくらいだ?」
「そうだなぁ、2週間もあれば普通の生活もそろそろ出来るんじゃないかな。外に出る訓練もした方がいいから、一緒に上洛するのは賛成」
「マジで!?そんなに早く良くなるのかよ!俺、超嬉しい!」
「成実、お前は左大臣だから連れてかない訳にはいかねぇからな」
遙は驚いたように俺の顔を見た。
「成実、左大臣だったの?二位の位って事?」
「ああ、そうだ。長曾我部は内大臣。従二位だな。そして、小十郎は三位中将だ。だから、お前の上洛の時は俺達も参内だ」
「ええっ!?それなら、いっそ、京で政すれば良いのに」
「奥州から遠過ぎるし、俺は江戸が気に入ってる。お前と過ごした土地だからな」
「そうなんだ…」
「ほら、感心ばかりしてないで、冷めないうちに食え。ただし、ゆっくりな」
「うん!」
遙は始終嬉しそうに食事をして、俺と小十郎を安心させた。
江戸に来てから真田幸村の事を思い出す様子もなく、このまま何も考えさせずにいるのが一番いいだろう。
「遙様も随分お元気になられたようで、安心致しました。本日の手術でお疲れではと思いましたが、これだけ食べられれば安心でございますね」
「うん、まだ術後だから気は抜けないけど」
「ねぇ、遙。遙は政宗と一緒に、今晩は政宗の部屋で休みなよ。薬処方してくれたから、佐助と私で交代で経過観察するから心配しないで。何かあったら、くノ一を遣いにやらせるし、ペースメーカー入ってるから滅多な事はないと思うよ。遙はこれでも病み上がりなんだから、無理しちゃダメ」
「そうだねぇ。じゃあ、お言葉に甘えようかな。美紀には疲れてる所悪いんだけど」
「私はまだ大丈夫だよ」
「分かった。成実、面会は明日のお昼以降ね」
「ああ、分かった。早く登勢に会いてぇな」
今夜は二人きりになれないと思っていたので、美紀の申し出はありがたく、早く部屋に引きこもりたい気持ちでいっぱいになる。
早く二人きりで抱き合いたい。
食後の茶を飲みながら、遙は肩を揉んでいた。
「流石に疲れたな…。肩こっちゃった」
「遙、前みたいに整体してあげよっか?」
「わ!佐助の整体気持ちいいから嬉しいなー!」
「何だと!?前みたいにってどういう事だっ!?」
整体という事は、遙の身体に触れるって事じゃねぇか!?
そんな事を遙が許してただなんて知らなかった。
「右目の手術の後、疲れちゃって身体が痛くて佐助が整体してくれたの。最初は痛かったけど、最後はすっごい気持ち良かったの」
そのエロい言い方にまたカチンと来る。
「俺に隠れて、何エロい事してやがった、遙!最初は痛かったけど、最後は良かったって、何しやがった!!」
「政宗、何で怒ってるの!?ただのマッサージと背骨の矯正!手術頑張ったご褒美くらいいいじゃない!」
「マッサージってお前の身体を触るって事だろ!?」
「佐助はそんなエロい触り方しないもん!ちょっとー、ねぇ、成実、政宗を説得してよっ!登勢ちゃんの手術、大変だったんだから!」
「なぁ、梵。遙ちゃん、身体参ってるみたいだしさ、マッサージくらい見逃してやれよ。遙ちゃん、あんまりにも疲れてたら、お前、今晩、遙ちゃん抱かせてくれねぇぞ?」
「うっ…」
遙に拒まれるのは困る。
抱き締めてキスをして、それで止まる訳がない。
「そうだよ、政宗。このままじゃ、今晩は無理」
「チッ…分かった…。ただし、エロい事しないか見張るからな!」
「はぁ…いくら見張ってくれても後ろ暗い所は何もないからいいけどさぁ。じゃあ、食後のタバコが終わったら、手術の部屋においで」
俺はイラつきながら茶を飲み干し、縁側で遙と一本タバコを吸うと、手術の部屋へ入って行った。
しおりを挟む
top