婚儀の相談 -1-

手術の部屋に入ると、屏風の向こうから成実と登勢の嬉しそうな声が聞こえて来た。
屏風の向こうから美紀が出てきて朗らかに笑った。
美紀も元気そうで安心する。

「あ!遙、遅かったね!でも、よく眠れたみたいで良かった!食事と薬は?」
「朝一回起きて薬飲んでまた寝て、起きてお風呂入ってお昼食べて薬飲んで来たよ。朝は抜いちゃった」

遙が適当に端折って話すので笑ってしまう。
でも、大筋で合ってるから俺は黙っていた。

「朝くらい今なら抜いても大丈夫!政宗もゆっくり出来て良かったね!」
「ああ、お前のお陰だ。登勢はいつ目覚めた?」
「夜中麻酔が切れて、痛み止めの処置をしながらまた眠ってもらって、面会は1時間前から。手術は成功だと思う。それは遙に判断してもらおうかな」
「うん、分かった。ここまでのバイタルと経過を確認して、美紀の報告を聞いたらバトンタッチ。登勢ちゃんのカルテ、クラウドで共有出来ないかな?」
「クラウドのアプリ入ってるから出来ると思うよ」
「良かった!じゃあ、これからのシフトなんだけど、夜10時から朝10時まで美紀担当。朝10時から夜10時まで私担当なら、お互い身体が持つと思うんだ。夜勤させて悪いんだけど…」
「ううん、それには私も賛成。そろそろ眠くなって来たから丁度いい。ちゃちゃっと報告したら、すぐに寝るよ」
「うん、分かった。佐助は焔とくノ一を一人呼んでくれる?これから10日間は私の助手だって伝えて。シフトも伝えて。交代したら、若草ちゃんも休ませてあげて、佐助も休んでいいよ」
「はいよー!焔、そこにいるね?くノ一の選定お願い!シフトも聞いてたね?」
「左様でございます。かしこまりました。すぐに戻ります」

焔は障子の向こうで返事をして消えて行った。
俺が茶を申し付けると、遙と美紀はiPadを見ながら打ち合わせを始めた。
それも、15分もかからずに終わった。
遙は昔から才女だと思っていたが、流石、遙の親友だけあって、美紀もマジで出来る女だ。
美紀がいれば、八王子も伊達の世継ぎも安泰そうだ。
俺は登勢と上洛の件で、八王子の治療の時期が遅れる旨を、爺やに伝える事にした。
さらさらと文を書いて花押を書くと、遙が嬉しそうに笑っていた。
俺も思わず笑ってしまった。

「相変わらず、俺の文が好きなやつ。早く読めるようになれ」
「登勢ちゃんの治療が終わったらね」
「仕方ねぇなぁ。小十郎は?」
「はっ、隣の部屋に控えてございます」
「お前もここに来て、政務を手伝え。黒脛組を、八王子に使いにやれ」
「はっ!」

小十郎は襖を開けて部屋に入ると、文を預かり黒脛組を呼び出して言付けた。
そして、焔がくノ一を伴い部屋の中に入ると部屋の隅に控えた。

「じゃあ、美紀、もう寝ていいよ」
「うん。お茶飲んだら退散するね」

美紀は茶菓子を食べ、ゆっくりと茶を飲み干すとホッとしたように笑い、手早く身仕度を整えると猿飛と若草と共に部屋を出て行った。

「それにしても、この小十郎、美紀の医術にも大変感服致しました。お陰で遙様も政宗様もゆっくりお休みになられたようで安心でございます。政宗様も、こちらで政務をなさると聞き及び、待機していた次第でございます。大変ご立派です。流石は政宗様でございます」
「遙が仕事している間、退屈だからな。政務しながら待てばいい暇つぶしになるし、遙の知恵も借りれる。一石二鳥だ」
「誠、その通りでございますね。成実は?」
「登勢とゆっくりさせてやりたい。俺も後で登勢の顔を見に行く。遙、それでいいか?」
「うん。準備が出来たタイミングで政宗を呼ぶよ」

遙は屏風の向こう側を確認して戻って来ると、そう答え、iPadを真剣に読み始めた。
俺と小十郎は、これからの政策について相談し始めた。
主に貿易と遙の欲しがっていた物について話すと、小十郎は微笑ましそうに笑った。

「政宗様のお気持ちは痛いほど分かります。是非、遙様の願いを叶えて差し上げて下さい。この小十郎に出来る事があれば何なりと」
「Thanks、小十郎!なぁ、遙。iPad貸せ」
「今使ってるし、仕事に必要だから無理!」
「Shit!じゃあ、四次元ポケットから、俺専用のiPadを出してみろ。お前なら出来るだろ?」
「そんなに都合よく出て来るかなぁ」
「いいから、やれ!」
「もう、分かったよ」

遙はiPadを読むのを中断すると、バッグを漁った。

「iPadがもう一台ある…。セットアップ、どうなってるんだろう…」

青いカバーが付いたiPadを取り出すと、遙はしばらく熱心にいじっていた。

「政宗のアカウントが作られてる…。なら、私のデータとごっちゃにならなくていいな。政宗、Safariってアイコンをタッチしたら調べ物出来るよ。コンパスのマークのアイコン」

遙は俺に手渡しながらそう言った。
それを開くと、iPodとよく似た画面が表れた。

「Safari、これか」
「あくまで私の世界のデータだけど、それを踏まえて調べてくれる?」
「分かった」

Safariを立ち上げると、かつてよくいじっていたInternet Explorerに少し似ていて懐かしくなった。
これなら使い方が分かる。
遙の世界のデータなら、官僚制についてもう一度よく調べられる。
これは、便利そうだ。

「Thanks!Internet Explorerによく似てるな!これなら使い方分かるぜ」
「流石、政宗!私はもう仕事していい?」
「ああ、いいぜ。これから小十郎とお前のドレスの打ち合わせだ。楽しみだ!」
「政宗様、そのような事が可能なのですか?」
「ああ。この画面に色々なドレスが出てくる。その中から遙に似合いそうな候補を選んで、どの国の職人に作らせるか考えなきゃならねぇな。正直、思ってたより書類は少ねぇし、遙との婚儀の方が優先だ。一年以内には挙式してぇからな」
「政宗様の意見に、この小十郎も賛成致します。上洛さえ済んでしまえば、あと残るのは婚儀のみ。正直半年以内に終わらせて頂きたいくらいでございます」
「じゃあ、張り切って急がせろ。ただし、手は抜くな。遙との婚儀は、世界最高の婚儀にするからな!」
「もちろんでございます。多少延びるのはいたしかたありませんね。必ずや、歴史に残るようなお式にする所存。では、ドレス選びから始めましょうか」
「流石だ、小十郎!遙、キーワードは?」
「ウェディングドレスだけでいい。それで画像検索かけたらたくさん出てくる。英語で打てば、世界中のドレスが出て来ると思うよ。それからロイヤルウェディングって英語で入れれば各国の皇族の婚儀の衣装が出てくるよ」
「Okay!画像検索ってこれだな!」

俺は、まずは日本語でキーワードを入力し、検索結果を表示した。
画面に数えきれないほどのドレスの写真が現れた。
小十郎に見せると感嘆の吐息を漏らした。

「随分と便利ですね。しかし、これだけ選択肢が多いと絞るのに時間がかかりそうですね」
「そうだな。でも、衣装選びが一番肝心だろ?じっくり時間をかけようぜ。選びきれなかったら、また祝言を挙げればいいだけだ。遙との祝言なら何度でも挙げてえからな!」
「では、政宗様。お色直しと言う事で、教会式が一度、江戸城で披露宴が一度、それでも足りなければ武田の屋敷で披露宴が一度、というのはいかがでございましょう?遙様の身分は信玄公の実子でございますから、信玄公ならばお許しになるかと」
「里帰りか。小十郎、お前、最高だぜっ!それなら3着まで絞ればいいのか。遙のドレス姿が3回も見れると思ったら、俺、幸せでたまらねぇ!よし、その想定で行く」
「かしこまりました。正直この小十郎も一着には到底絞り切れません。じっくり時間をかけて選びましょう」
「流石だ、小十郎。一つずつゆっくり見て行こうぜ。もちろん海外のドレスもな」
「はっ!」

俺と小十郎は、額を寄せるようにして、じっくりとドレスを一つずつ見て行った。
一方の遙は、その間、焔とくノ一に機械の見方を叩き込んでいる様子だった。

「相変わらず、遙様の説明は分かりやすいですね。波形の見方も数値の見方も心得ました。点滴の繋ぎ方は疱瘡の時と同じであれば、我々ならば容易く出来ます。点滴の落ちるスピードの指示と薬の準備だけお願い致します。それから、検査のタイミングも予めお知らせ下さい」
「流石は焔だね。飲み込みがいいね。これなら援護は完全に期待出来る。点滴のスピードは、今落ちてる速さで。よく観察して覚えてね。薬との組み合わせを間違えないように。検査や痛み止めのタイミングはカルテを参照して、同じタイミングでよろしくね。痛み止めは私がやる。私は血液検査をした後、今日の昼までのバイタルとカルテを確認するね。登勢ちゃん、ちょっとだけ診察させてくれる?」
「はい」
「成実、邪魔してゴメンね。すぐ終わるから、しばらく静かにしててね」
「ああ、構わねぇ。遙ちゃん、ありがとう!」
「ふふっ、先に手術が本当に成功したか確認させてね」
「ああ、いいぜ」

しばらく遙は診察してる様子だった。
15分ほどして遙のホッとしたような声が聞こえた。

「手術は成功。予定通り、この部屋を出られるのは11日後だな」
「やったぜ!登勢、良かったな!」
「はい、成実様!」
「政宗、登勢ちゃんに会いたい?」
「ああ、元気な顔を見たら、またドレス選びに戻るけどな」

俺は立ち上がり、屏風の向こう側に行った。
登勢はまだ身体を起こせない様子で、俺は成実の向かい側に立った。

「登勢、お前、良かったな!」
「政宗様にもこうして再びお会い出来、恐悦至極に存じます」
「登勢、堅苦しいのはよせ。お前は俺の幼馴染だ。具合はどうだ?」
「傷口は少し痛みますが、呼吸は随分と楽になり、胸の痛みもなくなりました」
「そうか、良かったな!お前の治療は、俺の許婚の遙が行った。登勢、お前には期待してるぜ?1ヶ月後から夜伽が出来るようになるから、伊達の世継ぎ、期待してるぜ!」

俺がそう言うと、登勢は真っ赤に顔を染めた。
成実は声を立てて笑った。

「1ヶ月後、楽しみだな、登勢!」
「成実様、恥ずかしい…」
「いや、待てよ…。1ヶ月後、登勢を抱くだろ?もし一発で懐妊したら、俺、登勢を1ヶ月しか抱けねぇじゃねぇか!そんなんじゃ全然物足りねぇっ!その後、十月十日なんて絶対に待てねぇっ!なぁ、遙ちゃん!今すぐピルくれ!登勢に飲ませてくれっ!頼むっ!」

成実の予想通りの反応に、俺と遙は爆笑してしまった。
登勢は不思議そうに俺達を交互に見た。

「登勢、ピルってな、一時的に妊娠を止める薬の事だ。それを飲んでりゃ、懐妊はしねぇ。俺も遙に飲ませてる。流石に婚儀前に妊娠する訳にはいかねぇからな。お前も病み上がりだし、成実だって、せめて半年はお前を毎日抱きたいだろうからな。ピルを飲んでやれ。伊達の世継ぎは二年以内には必ず出来るから心配すんな。俺と成実の二馬力で世継ぎ作りをするから楽勝だ!」
「流石だ、梵!やっぱお前最高だなっ!」
「だろ?」

登勢は、今度こそ首まで真っ赤になった。

「あの…その…政宗様、よろしいのですか?二年後になっても。私、いつ懐妊しても構いません。早い方がよろしいかと…」
「気にすんな!どうせ遙との婚儀で忙しいからな。上洛にはお前も連れて行くし、その後は俺の婚儀で忙しいから、せめてその間だけでもピルを飲め。すぐに身重になって、お前に無理させたくねぇからな」
「そういう事でしたら、私、飲みます」
「登勢、よく言った!梵、説得してくれてthanks!」
「お前の事はよく分かってるつもりだからな!」
「流石は俺の従兄弟だぜ!梵、お前やっぱ最高!」

俺達はハイタッチをした。
遙はその間ずっとくすくすと笑っていた。

「Hey, 遙。いつまでも笑ってんじゃねぇ。早くピルを処方しろ」
「政宗、あのね、ピルを飲み始めるには検査がいるし、タイミングがあるの。それは美紀の専門だから、ピル希望って伝えとく。それでいい?」
「ああ、いいぜ」
「初夜までに間に合うなら構わねぇよ、遙ちゃん」
「分かった、カルテに書いとく」
「遙、俺は小十郎との打ち合わせに戻るぜ」
「ふふっ、政宗、嬉しそうだね」
「当たり前だ。成実、お前は登勢のそばにいてやれ」
「もちろんだ」
「政宗様、ありがとうございます」
「礼には及ばねぇ。早く元気になれ。じゃあな」

俺は小十郎の下へと戻った。
小十郎は複雑そうな表情をしていた。

「はぁ…遙様のご懐妊を心待ちにしておりましたが、そのような薬を飲んでらしたのですね」
「何が悪い。流石に婚儀前の懐妊は避けたいからな。外聞が悪い。例え俺が天下人でもな」
「はぁ…それもそうですね。いたしかたありません」
「婚儀が終わったら、俺は遙と引きこもる。まあ、新婚3ヶ月くらいは楽しみてぇから、その間は飲ませるけどな。ピルを止めた途端に多分懐妊する。だから、見逃せ。7年分、抱き足りねぇんだ」
「はぁ…政宗様のお気持ちを考えますと、この小十郎も止めようがございません。引きこもるのもまたよろしいでしょう。それで政宗様が満足なさり、お世継ぎがお生まれになるのであれば」
「小十郎、よく言った!ますます早く婚儀を済ませて引きこもりてぇな!」
「ですから、打ち合わせを再開致しましょう」
「それも、そうだな!」

俺はまた小十郎とiPadを眺め始め、話し合いながらじっくりとドレスを検分しているうちに、いつの間にか、日が暮れた。

「小十郎、野菜の収穫は?」
「昼餉後に済ませておりますから、ご安心を。鍋の準備は?」
「あと半刻後にでもするか。遙、どう思う?」
「うん、それでいいよ!食事するのは、政宗、小十郎、成実、私でいい?登勢ちゃんは、まだ食事無理だから。焔達は、私達の夕餉が終わったら交代ね」
「御意」
「かしこまりました」
「ねーねー、遙ちゃん。登勢、本当に食べなくて大丈夫なの?」
「うん、身体に直接栄養入れてるからね」
「そうなんだ!良かった!じゃあ、安心だ」
「よし、小十郎、夕餉は半刻後だと言付けろ」
「はっ!」

小十郎が部屋を出て行き、戻って来ると、遙も屏風の向こうから戻って来た。

「少し休憩。政宗、お茶が飲みたいな。タバコも。縁側に行こう?」
「そうだな。成実、お前はどうする?」
「俺もタバコ吸いてぇな」
「なら、お前も来い」
「Okay!登勢、すぐ戻るからな」
「はい、成実様」

成実が姿を現すと、遙はバッグの中から新しいタバコを取り出して、縁側へと向かった。
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