俺は火鉢の火を強め、行燈の油を足すと、鉄瓶で湯を沸かし始めた。
「遙、風呂はどうする?」
「なんか身体がだるくて、今日はやめておこうかな。昼間入ったし」
「お前に風邪でも引かれたら困るからな。俺も昼間入ったからいい。だるいならやめとけ」
「うん、そうする」
遙はiPadを取り出して、いじって遊んでいる様子だった。
その綺麗な横顔に見惚れながら、俺は紅茶の仕度をし、遙が遊んでいる間に紅茶を淹れてやった。
砂糖入りの紅茶を遙の前に置いてやると、遙はやっと顔を上げて微笑んだ。
「政宗、ありがとう!」
「やけに真剣だったじゃねぇか。何して遊んでた?」
「披露宴のプロット立ててた」
「プロットか。それで?お前の案は?」
「うん…。披露宴が24時間でしょう?まずは、政宗と私の入場と、小十郎のお祝いの言葉と、美紀のお祝いの言葉で、乾杯まで30分から40分かかるかなって計算してた」
「なるほどな、多分その見積もりで間違いねぇな。それで?」
「その後、せっかく乾杯するからみんなもお酒飲みたいだろうし、それなら1時間で会食するのはどうかなって。昼から始める想定で」
「まあ、妥当だな。partyのための腹ごしらえか。いいんじゃねぇか?」
「だよね。ここまでで、1時間半として、その後の時間の使い方を考えてた。何せ24時間だから」
「確かにな。長いようで短いから時間の使い方はじっくり考えなきゃならねぇな。お前の世界の人前式はその後どうするんだ?」
「大抵は馴れ初め動画かな」
「だったら、その後馴れ初め動画だな」
「うん…。でも、大抵のお式の馴れ初め動画は長くても15分くらいかな。何せ普通のお式は長くても3時間だから。飲んで食べて騒ぐのが結婚式だからね。だから、悩んでた」
「そうか…。じゃあ、馴れ初め動画の長さを見積もらなきゃならねぇな。とりあえず、ライブが1時間、長くても1時間半。カラオケが1時間半から2時間。中入りがその後にあるとして、中入りはそれぞれお色直し含んでの1時間ってのはどうだ?」
「そうだね、後ろから考えるの、いいね。結びの挨拶と退場前に、ライブとカラオケか。カラオケが先の方がいいな。ライブが最後の方がみんな盛り上がるでしょう?」
「それもそうだな。結びの挨拶は5分もかからねぇから、退場まで入れてもそこはノーカウントで構わねぇな。そうだな中入り含めてカラオケが3時間、ライブが2時間半だな。これで、5時間半だ。最初の会食を入れたら6時間半だな。残りは17時間半の見積もりになる」
「17時間半か。結構長いね。なら、動画は相当長いのが作れるね。ダイジェストとはいえ、かなりのエピソードが7年前もこちらに来てからもあったから、どうやってまとめるか考えてた。削れないエピソードも多いからね」
「そうだな…。本当に色々な事があったからな。教会式の動画をお披露目すると、残りは17時間くらいか」
「うん、そうだね。2時間おきに中入りにする?」
「2時間おきか…。6回お色直しって事か。2時間上映で1時間中入りか。上映時間は11時間だな。お前、11時間で、3ヶ月半のエピソード、まとめられるか?」
「やってみないと分からないなぁ。長くなっちゃってもいい?」
「別に構わねぇよ。せっかくの披露宴だからな。俺達の秘密も何もかも暴露しても構わねぇ。この世界の理も、お前がここに来た理由もな」
「そっか…」
それからしばらく遙は考え込んでいるようだった。
俺もタバコに火を点けてゆっくりと吸い始めた。
遙ももう一本タバコに火を点けて、眉間に皺を寄せてじっと何かを考えている。
「そうだなぁ、私の見積もりだと、7年前が6時間、会えなかった7年間が1時間、甲斐での出来事が8時間くらいかかると思うんだよなぁ。それでね、政宗のプロポーズのエピソードと佐助のプロポーズのエピソードの上映のすぐ後に、みんなの前で政宗と誓いのキスをして、政宗にはGACKTのLove Letterを歌って欲しいの」
「Love Letterか。成実も祝言に相応しい歌だって言ってたからな。いいアイディアだと思うぜ?俺もお前に歌ってやりたい」
「政宗、ありがとう!それでね、そのお返しに、今度は私が政宗に歌ってあげるの」
「お前が俺に?それ、いいな…。何て曲だ?」
「伊藤由奈のPrecious」
「聞いた事、ねぇな。今すぐ聞かせろ」
「うん、いいよ」
遙はiPadのミュージックを立ち上げると、曲を流し始めた。
歌詞を噛みしめるように、聞き惚れる。
7年前の切ない恋から、変わり果てた姿の遙との再会を経て、やっと婚儀まで至った思い出が蘇り、もう、俺達には幸せな未来しかないと思うと胸がいっぱいになって、涙が溢れて来た。
俺達の新たな出発に相応しい、愛に満ち溢れた祝言によく似合う曲だ。
こんな歌を本番歌われたら、幸せ過ぎてどうにかなりそうだ。
感極まって堪え切れずにまた泣くかも知れない。
俺は涙を拭って遙を抱き締めた。
「よし、遙。お前はLove Letterの後にこれを歌え。その後、多分、俺は耐えきれなくてお前にキスしまくるだろうな。お前は最高の伊達女だな。また俺を喜ばせやがって」
「ふふっ、この曲は結婚式まで取っておきたかったの。政宗とのキス、舞台の上で蕩けそう」
「俺が満足するまで、何度でもキスしてやるぜ。遙、愛してる」
俺は遙を一層抱き寄せ、深いキスを何度かして唇を離した。
「それで、その後は?」
「うん、その後は、教会式の動画の上映会」
「なるほどな、その後カラオケとライブか」
「うん」
「遙、ちょっと時間をくれ」
俺は、少し身体を離して頭の中でそろばんを素早く弾いた。
「遙、やべぇな。上映会だけで中入り含めて22時間はかかるぜ?」
「えっ?そんなに?」
「中入りを上映3時間の中入り1時間に計算し直してみるか。それでも中入りが2回減るだけだな。20時間だ」
「20時間…。上映会だけで4時間オーバーか。やっぱり長すぎるかなぁ?」
「まあ、戦に行ったらそれくらいの長さ起きてるのは普通だから、いいんじゃねぇか?4時間オーバーなら許容範囲内だ。お前こそ大丈夫か?」
「3日までなら徹夜出来る。美紀もね。1日半くらい、どうってことないよ。中入りで休めるし」
「なるほどな。安心したぜ。食事のタイミングもついでに考えるか。7年前のエピソードの後に会食が1時間、Preciousを歌った後に会食が1時間ってのはどうだ?中入りは会食の後だな。会食中は出入り自由で構わねぇし」
「そうだね…。それで2時間は伸びるか。まあ、大丈夫。政宗、中入りは全部で何回になるの?」
「そうだな…。最初の会食の後はどうする?」
「時間がもったいないから着替えない」
「じゃあ、それは抜きにして、ライブまでで8回だな」
「政宗、お色直し、それで足りる?」
「ドレス選びをしてみねぇと分からねぇけど、多分満足するんじゃねぇか?足りなかったら、2時間おきに中入りに変更だ。中入りの回数が2回変わるだけだけどな」
「ふふっ、政宗らしいね。一生に一度だけだから、ゆっくり考えて?」
「ああ、そうする」
遙は俺に触れるだけのキスを何度かすると、ゆっくりと紅茶を飲み始めた。
俺も紅茶を飲みながら、次のタバコに火を点けた。
「そうだなぁ…。ただの上映会でもいいけど、ちょっと一捻りしない?」
遙は俺を見つめて悪戯っぽく笑った。
その茶目っ気のある笑みが可愛くて、俺も思わず笑った。
「一捻りって?」
「うん。せっかくだから、歌とのコラボレーション。上映会の間に動画止めて、もしくは無音の動画流して、私と政宗の気持ちを乗せた歌を歌うの。ただの上映会より面白いでしょう?せっかくだから、歌詞も別スクリーンで流そう。英語の歌詞は日本語訳でね。私達の思い出は常に歌と共にあったから」
遙の世界の映画を思い出す。
確かにただ見ているより、途中で歌手が出て来て歌ったら斬新だ。
映画の挿入歌が生で見られる感じだ。
「お前ってやっぱ天才だぜ!それ、最高に面白いアイディアだな!野郎共も驚くだろうな。小十郎達にも秘密だ。大爆笑してた成実も今回こそは泣かせてぇからな!段取りは黒脛組にやらせるか。よし、決まりだ!この間GACKTを聞きながら、ずっとお前の事を想っていた。歌いたい歌はたくさんある」
「政宗が歌いたい歌って?メモするから、待って」
遙はiPadをメモの画面にすると、キーボードに手を添えた。
「そうだな。まずはじめに、お前と初めて花火大会に行った日、橋の上で花火を眺めただろ?お前とキスした後にな。あのシーンをバックに、君のためにできること、をステージで歌いてぇな。お前を抱き締めながらな」
「君のためにできること…?政宗、そんなに前から私の事、好きだったの?」
「ああ、そうだ。今、思い返せばお前に一目惚れだ。お前に恋した事はねぇかって聞かれただろ?そこで柄にもなく赤面したのはお前に惚れてたからだ。お前を守ってやりたいと思った。笑顔を取り戻してやりたいってな。そばにいてやりたかった。あの歌は、あの時の俺の気持ちそのものだ。前に言わなかったか?」
「そっか…。何か聞いた気もする」
遙はしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて、素早くiPadにメモをした。
「他は?」
「お前とすれ違ってからだな。お前が大学に行ってて、俺はお前の部屋でパソコンをいじっていた。あの時、Wild is the windを聴いてた。あの歌も忘れられねぇな」
「私も大学でWild is the windを聴いて泣いてたよ…」
「そうか、お前もか…。よし、会えなかった時間のシーンをバックに俺が歌う」
「分かった」
遙はメモを取ると俺を見つめた。
俺は遠い記憶を辿った。
遙が龍恋の鐘に行こうとしてて、確か車の中でI want youを聴いていたか。
「お前、車の中でI want youを聴いていたな。まあ、それは動画の中で流せばいい。またあれで、俺は誤解して、お前を傷付けちまったな。それから、鎌倉へ着いたか。それからは随分と気を揉んだな」
「そうだね…」
遙も遠い目になった。
「今でも不思議なんだ。何で、政宗が龍恋の鐘の事、知ってたのかなって。まるで私があそこで告白するのを知ってたみたいで…」
俺は思わず喉の奥でクッと笑った。
「大学から帰ったお前の様子がおかしくて気になってた。風呂上がりの俺を見て、慌ててブラウザ閉じたから、何か隠してると思って、ブラウザの履歴を見た。それで龍恋の鐘の謂れと、場所が藤沢市にある江ノ島って事を知った。でもな、お前は他の男のとそこに行きたいんじゃねぇかって、落ち込んで随分と気を揉んだぜ?」
「そうだったんだ…。まさか履歴まで見たなんて知らなかったよ」
「俺を甘く見んな。これでも黒脛組を統括してんだ。情報収集くらいちょろいぜ」
「流石は政宗様だ…」
「まあ、俺にも限界はあるけどな。まさか藤沢市が鎌倉市の隣だなんて知らなかったしな。だから、お前と出かけた時、まさか江ノ島を目指してるだなんて気付かなかったぜ。お前が俺の事を好きだなんて気付きもしなかった」
「そっか…。政宗にカマかけてみたのに、笑って祝福されたから、やっぱり政宗には別の好きな人がいると思い込んでた」
「まさか、俺も馬鹿正直なお前がそんな事するなんて、夢にも思わなかったから、随分とがっかりしたぜ?」
「それでまたすれ違っちゃったんだね…」
「ああ、そうだ」
遙はそこで言葉を切って、ゆっくりと紅茶を飲み干した。
カップに残った紅茶を注いでやると、遙は微笑んでタバコに火を点けた。
そして、遠い目をしながらゆっくりと煙を吐いて、砂糖を入れてスプーンでかき混ぜた。
「だったら、尚更不思議なんだ。だって、政宗が江ノ島に気付くチャンスなんてなかったはずだもの。政宗はずっと私と一緒にいたし。どうしてもそこが分からない…」
あの時、俺は迂闊にも動揺してタバコを取り落としそうになったのに、遙はそれに気付かなかったのか。
「お前、ここまで話しても気付かねぇのか?お前が行きたかったの、江ノ島だろ?でも、俺は江ノ島の外観を知らなかった。まさか、あのレストランの真ん前の島が江ノ島だなんて思いもしなかったからな。でも、知らせてくれた奴がいただろ?」
遙は少し考えて、ハッとしたように目を見開いた。
「政宗のZIPPOを羨ましがってたウェイターさん?確か、政宗に、目の前のあの島が江ノ島だって言ったよね?」
「ようやく思い出したか。ああ、そうだ。そこで俺も柄にもなく動揺してタバコを取り落す所だった。まさか、龍恋の鐘に一緒に行きたいのが俺だなんて思いもしなかったからな。お前にカマかけられて誤解した直後だったから余計にな。そこでお前の気持ちにやっと気付いた。俺らしくもねぇな。恋で盲目になってたなんてな」
「政宗が動揺したように見えたのは、龍恋の鐘の事を知ってたからなんだね。やっと分かった」
「そうだ。はぁ、それにしても、やっぱ動揺したの、バレてたか。情けねぇ」
俺が溜息を吐くと、遙は微笑みながら俺の髪をくしゃりと撫でた。
「でも、何で?政宗、まるで鐘の場所、前から知ってたみたいだったよ?あそこ、分かりにくかったのに。私、政宗が寝た後、こっそり場所を詳しく調べたから、政宗が知ってるはずがない」
「お前、酔って席を外しただろ?その間にウェイターに詳しく話を聞いた。竜宮大神の前の分かりにくい小道の先に鐘があるってな。弁財天の謂れもその時聞いた。だから、繋いだ手をあの時離したんだ」
「そうだったんだ…。政宗、やけに詳しいからびっくりしたよ。確かに、あの後、政宗すごくご機嫌で優しかったよね。ずっと落ち込んでた私が馬鹿みたいだよ…」
遙が溜息を吐いて俯くので、優しくその頭を撫でた。
「悪ぃ悪ぃ。でも、告白するならあの鐘の前でしたかったからな。永遠の愛にしたかった。完全に俺のエゴでお前を傷付けて悪かった」
「ううん、一生の思い出になったから、いいよ。竜宮大神に行ったのは、あの鐘の前に私を連れて行くため?」
「ああ、そうだ。お前がどうするつもりなのか、知りたかったからな。お前が告白するつもりでも、先手を打って告白するつもりだった。でも、まさか、お前、あんなに怖気付いて立ち止まったままだったから、焦ったぜ。だから、思わず実力行使をした」
「だから、私を無理矢理抱き上げて、真っ直ぐあの鐘の所に行ったんだね。あんたって私の事呼んでたのに、お前って呼び方は変わるし、実力行使だって言うし、あの時は本当にびっくりしたよ…」
「俺は心から信用してる奴しかお前って呼ばねぇからな。お前は前々から大切な女だったが、俺の女にするつもりで呼び方を変えた。お前、鐘の前でようやく腹を括っただろ?先に告白しようとするから焦ったぜ」
「全然焦ったように見えなかったけど、私の言葉を遮ったのは、政宗が先に告白したかったからなんだね?」
「ああ、そうだ。惚れた女の前で醜態晒す訳にはいかねぇだろ?それなりの告白、レストランでお前の気持ちに気付いてからずっと考えてたぜ?鐘の謂れは知ってたからな。まあ、割とすぐに決まったけどな」
「すっごくキザな告白、よくすぐに思い付くなって思ったけど、政宗、前々から準備してたんだ」
「まあな。お前が怖気付くのも一応は想定してた。一生に一度の告白だったからな。それなりに考えたぜ?」
「やっぱり政宗は天下一の伊達男だ…。すっごく嬉しかったよ。今でも忘れられない。あの、夕陽と海が見える丘の上のキス。蕩けそうに幸せで、思わず膝から力が抜けちゃった。あんなキス、初めてだった…。政宗って本当にキスが上手いよね…」
「クッ…そうだったな。あの時、俺も夢中になりすぎた。お前が愛しくてたまらなくてな」
「ねぇ、政宗?キスする瞬間に動画で流したい曲があるの」
「どんな曲だ?」
「政宗も覚えてるかも知れないけど、ホイットニー・ヒューストンの、I will always love you」
「覚えてねぇけど、タイトルが永遠の愛か。ぴったりだな」
「使いたいのは、サビだけ。全体を聞くと、切ない曲だから。幸せなサビだけ使いたい」
「ああ、いいぜ。じゃあ、サビだけ聞かせろ」
「うん」
遙はメモの画面を閉じると、ミュージックの画面を開き、途中から曲を再生した。
よくバラエティ番組でも使われていた曲だと思い出して、その情熱的な歌声に俺は聞き惚れた。
確かにこの曲なら盛り上がるのは間違いない。
「思い出したぜ、有名な曲だったな。流石にお前でもこの曲は歌えねぇから、BGMで流すか」
「うん、きっと盛り上がると思うよ?」
「野郎共も小十郎も流石にこの程度の英語なら分かるからな。感動して泣くかもな。よし、その手で行く。お前と南京錠をかけて、展望台に行ったあとは、お前との初夜だな。流石にそれを公開するのは気が引けるな…」
「ふふっ、でも、政宗、Eternal Flameは公開したいでしょう?」
「公開したいのはやまやまだが、シチュエーションがシチュエーションだからな。それにしても、お前、どうやって再現動画、作るつもりだ?」
「ん?佐助の忍隊の精鋭で、幻術を使って再現。そうだな…ベッドシーンがあるから、幻術の得意なくノ一の方が私も恥ずかしくないな。姫様と幸村の幻影まで作れたんだから、私と政宗の幻影も作れるでしょう?あの世界の背景はiPadの中にデータがあるから、それを見せて再現してもらえばいい。私は監督兼、カメラマンかな。iPhoneで動画の撮影をするよ」
「coolだぜっ!それなら、7年前の思い出も全部動画に出来るな!お前、やっぱ最高!マジで天才だぜ!撮影なら俺も手伝ってやるぜっ!」
俺は思わず遙を抱き寄せてキスをした。
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