ハレルヤコーラス -4-

成実がドレス選びを始めて、まもなくして遙はまた縁側へと戻って来た。

「政宗、お茶一杯もらえる?」
「もう温いけど、いいか?」
「うん、いいよ」

遙は俺の隣に座り、タバコに火を点けてホッとしたように微笑むと、ポケットからiPhoneを取り出していじり始めた。

「随分、楽しそうじゃねぇか。何を調べてるんだ?」
「教会式の流れについて調べてるの。私、披露宴しか参加した事ないから、よく分からなくて」
「なるほどな」

俺は遠い昔に美紀から聞いた、教会式の流れを思い出していた。

「お前、俺と教会で祝言挙げたのに、覚えてねぇのか?」
「もちろん、覚えてるよ?政宗が全部リードしてくれたから何とか出来たけど。でも、確か、教会式にも色んなパターンがあるって聞いたから、この際だからよく調べようと思って」
「そうか」
「今回は流石に全部日本語でやらなきゃいけないし。入場の仕方とかよく分からないし。父親と普通はバージンロードを歩くからね。今回のお式は、父親役は、やっぱりお館様かな?」
「それが妥当だな。式部卿宮でも構わねぇが、お前、信玄の方が緊張しねぇだろ?俺も信玄の方が頼みやすい。それに式部卿宮を呼んだら接待が面倒だ。一応帝の叔父だからな」
「そんなすごい人の養女になるのかぁ」
「他の大名と公家を牽制するためだ。お前には最高の位を与える」
「やっぱり政宗はすごいね!本当にシンデレラストーリーだよ」
「シンデレラでも何でも俺は構わねぇ。俺の妻はお前だけだからな!それは7年前から変わらねぇよ」
「政宗、嬉しい。愛してる」
「俺も愛してるぜ?」

俺達は軽くキスを何度か交わして、また遙はiPhoneで検索を始めた。

「やっぱり文字で読むだけじゃ、イメージ湧かないな。一応流れは分かったけど。YouTubeで動画検索するか」

遙は別のアプリを立ち上げると、動画を再生した。
興味を惹かれて、俺も遙のiPhoneを覗き込んだ。
その動画は控え室の花嫁の姿から始まっていた。
先に新郎が入場し、祭壇の前に立ち、次に花嫁が父親とゆっくりと一歩ずつ祭壇に進むシーンでは、皆が賛美歌を歌っていた。
俺も知らなかった事ばかりで、遙と肩を寄せ合って、二人で動画を最後まで見た。

「知らなかったぜ…。俺達の祝言は略式だったんだな」
「参列客がいなかったから、仕方ないよ」
「これ、リハーサルが必要だぜ?流石に大名達が歌うとも思えねぇし、賛美歌のシーンは何か別の策が必要だ」
「別の策か…」

遙は茶を飲みながら、しばらく考え込んでいた。

「そうだな、このお式は、プロテスタントだから、まずはプロテスタントの牧師が必要だな。この時代のプロテスタントで同じ宗派はオランダか。政宗、日本語が話せるオランダ人牧師っている?」
「ああ、いるぜ?何せ、蘭学が城下では流行ってるからな」
「そうなの!?じゃあ、牧師を誰か任命してくれる?」
「Okay, 楽勝だ。他には何が必要だ?」
「教会のオランダ人聖歌隊かな。大名達はきっと歌わないから、代わりに聖歌隊に歌わせる。出来れば英語で歌えるといいんだけどな」
「俺が英語を推奨してるから、日本にいる外国人は大抵英語も話せる。特にオランダ人は英語が得意だ。何の問題もねぇ。もちろん日本語もな。何人くらい必要だ?」
「教会の規模によるかな。バージンロードは長い方が素敵だなぁ。祭壇の向こうには大きなステンドグラスがある感じで」
「クッ、そうだな。流石は伊達女だな。俺もそんな感じの教会の方がいい。確かにあのドレスなら、バージンロードが長い方が映える。よし、200人規模の教会にするか。まだ図面が出来上がってないだろうから、いくらでも変更出来る。バージンロードは30メートルくらいあればいいか?」
「えっ!?30メートルも!?随分長いね。でも素敵だな」
「だろ?俺は待ちきれねぇかも知れねぇけど、ヴェールダウンしたお前の姿をゆっくり見られるのは魅力的だ。もしかしたら300人くらい入るかもな。図面が出来上がらないと断言は出来ねぇ」
「なるほどね。じゃあ、250人の想定で、聖歌隊は40人くらいいればいいかな。それより少なくても十分だ。男女混合でね。祭壇の後ろに配置」
「分かった。祭壇は広めに作らせる。しかし、それだけ広い教会にすると、空席が目立っちまうな。さくらに野郎共で埋め尽くすか」
「それがいいと思う。佐助の忍隊も全員呼んで?すごくお世話になったから。伊達軍は歌の上手い人達で選抜。それなら賛美歌も歌ってもらえる。リハーサルも出来るでしょう?」
「確かにそうだな。よし、その手で行く。なぁ、遙。英語ってどこで使うんだ?オランダ人に英語で歌わせるんだろ?」
「うん。普通のお式は30分くらいで終わっちゃうから、何だかもったいなくて。そのためだけに遠路はるばるみんなに来てもらうのも気が引けるから、せっかくなら政宗の入場前に聖歌隊に何曲か歌わせて楽しんでもらおうかなって思ったの。その方が豪華でしょう?」
「やっぱ、お前って最高だぜ!確かにさっきの式は少し味気なかったからな。聖歌隊に歌わせたら、ちょっとしたコンサート気分が味わえるだろうな!でも、俺達の入場前だったら、俺達は歌を楽しめねぇな」
「だから、私と政宗は、二階の特別席で歌を楽しめばいいの。オペラ座みたいにね」
「そこまで考えてたのか、流石だな。二階席までの階段は隠し通路にして誰にも見られないようにするか。二階席も薄いカーテンで隠す。お前の姿は、入場まで隠し通す。せっかくなら招待客の入場開始前からそこで眺めていようぜ。高見の見物だ!」
「政宗も流石だね。うん、それがいいと思う。私もみんなが驚く所が見たいな。それでね、歌うのは、ヘンデルのメサイアから何曲か。有名なハレルヤコーラスとか。それが英語の歌なの」
「なるほどな、メサイアか。キリスト教の歌だな。教会にぴったりだ。やっぱお前は流石だな。後で聞かせろ。それにしても、伴奏はお前、どうするつもりだ?流石にお前の世界のフルオーケストラは多分この時代にはねぇぞ?あるかも知れねぇけど、あるとしたら神聖ローマ帝国だな。それでも管楽器が全部は完成してねぇだろうな。俺はドイツ語はよく知らねぇからそこまで詳しくねぇ。何なら調べさせてそこから呼び寄せるか?普通の教会にあるのはパイプオルガンがせいぜいだ。伴奏はパイプオルガンで足りるのか?」
「流石にフルオーケストラは教会に入りきらないよ。伴奏は美紀に弾いてもらう。あのキーボードがあれば、ピアノの曲なら何でも弾けるし、オルガンの音も出る。ハレルヤコーラスはピアノで歌えるよ?私、ピアノに合わせて高校の時、歌った事あるよ?美紀にも私達がよく見えるように、キーボードは祭壇を背に配置かな。大名達が席に着くまでの間のBGMもずっと美紀に弾いてもらうよ。チェンバロの音で、バッハを弾いてもらおうかな」
「BGMか!それはいいアイディアだし、伴奏もこれで安心だな。あの腕前なら信頼出来る。お前が歌った事があるなら尚更安心だ。俺達も二階席でずっと聞いてられるしな!よし、じゃあ、手始めにまずはハレルヤコーラスを聞かせろ」
「うん」

遙はピアノの伴奏のハレルヤコーラスの動画を見つけて再生した。
祝いの席に相応しい、めでたい歌だ。
ただ、ピアノの伴奏が華やかな歌声と旋律に負けてしまって聞いているうちに物足りなくなって来た。
かと言ってパイプオルガンもしっくり来ない。
クラシックギターなんてもっと無理だ。
最後まで聞き終わって、俺は悩み始めた。
やっぱりどうせならオーケストラの方がいい。
オーケストラなら多分ぴったりだ。

「遙、ピアノの伴奏だと貧相だ。一応オーケストラの伴奏のも聞かせろ。オーケストラのやつ、あるか?なかったらピアノで我慢してやる」
「はぁ、政宗ってやっぱりすごい完璧主義だね。それに果てしなく耳がいいね。そこまで見抜くとは思わなかったよ。うん、オーケストラのやつあるよ?だってそれがオリジナルだもん」
「だったら、尚更それを聞かせろ。教会にオーケストラが入るかどうかは、俺が動画を見て判断する」
「うん、分かった」

遙はオーケストラの動画に変えて、再生した。
イントロといい、さっきのアレンジよりダントツにいい。
これは最高に盛り上がる。
動画を覗き込んでいるうちに、俺は楽器が全て弦楽器だという事に気付いた。

「遙っ!これ全部、弦楽器じゃねぇかっ!」
「うん、そうだけど?ハレルヤコーラスは色んなバージョンがあるよ?多少の管楽器と打楽器が入ってるバージョンがオリジナルかな?」
「何でもっと早く言わなかった!?弦楽器なら全て形が完成してる!一部の管楽器も打楽器もだっ!この規模なら教会の祭壇に余裕で入る!何ならサイズはまだまだ変更可能だ!確かエリザベスがオーケストラの楽団をお抱えにしてたな。大量の香辛料と引き換えにあいつの楽団を借りるぜっ!どうせなら聖歌隊もあいつの声楽隊に変更だっ!!本場の英語で歌わせてやるぜっ!!」
「ええっ!?そんな事したら音楽の歴史が変わっちゃうよ!」
「あいつはヴァージン・クイーンだから、あいつの代で全てが終わる。後世には伝わんねぇよ。楽譜さえ渡さなきゃ問題ねぇ」
「はぁ、政宗って本当にすごいね…。そこまで一瞬で思い付くんだ。全く感心するよ。まさかあのエリザベス女王の楽団を呼ぶなんて思いもしなかったよ!そんな事出来る人が、この世に存在するなんて思いもしなかったよ!イギリス史上最強の女王だよ!?あの世界を制覇してたスペインの無敵艦隊を破った世界最強のクイーンだよっ!?いくら香辛料を使うからって何で政宗そんな事が出来るの!?激しく謎だよっ!」
「俺はこの国の天下人だからな!あいつと並んで当然だ。エリザベスとは戦抜きで天下統一前から個人的に懇意だったから、何も問題はねぇ。それもニックネームで呼び合う仲だぜっ!何せ俺がシェイクスピアを日本で瞬く間に流行らせたからな!ロミオとジュリエットは歌舞伎の演目にすらなってるぜっ!それも江戸一番人気の演目だ!この調子で次の作品も翻訳してやるぜっ!楽しみでたまらねぇ!遙、後でシェイクスピアの他の悲劇について詳しく教えろ。次はそれを翻訳する。多分、エリザベスなら喜んで楽団を貸してくれるぜ?何せシェイクスピアを最高に誇りに思ってるからな!日本で流行らせた俺にすっげぇ感謝してるぜ。俺の婚儀にあいつの楽団を使ったら、あいつはますます鼻高々だ!もしかしたら、気になって見に来るかもな!どうせならBGMも全てエリザベスの楽団にやらせる。それなら美紀も婚儀を心置きなく楽しめるだろ?」
「まあ、そうだね。その方が美紀も確かに喜ぶね。はぁ、しかしロミオとジュリエットが歌舞伎の演目にまでなってるなんて、予想もしてなかったよ…。歴史が変わりすぎだ…。政宗って本当にすごいね…。もう言葉も出ないよ…。ペンは剣よりも強しってこういう事か…。まさかニックネームで呼び合うほど仲良しだったとは…!はぁ、人生で一番びっくりした…。まさかこんな果てしなくすごい人と結婚してたなんて…。世界最強だ…。しかもあのエリザベス女王が結婚式の主賓になるかも知れないなんて…!ガチで本物のロイヤルウェディングだ…。もう驚き過ぎて何て言ったらいいのか分からない…」
「クッ、お前でもそんなに驚く事があるんだな。安心したぜ。よし、これで決まりだ!楽団の規模は多分この動画と変わらねぇから、この動画を参考に祭壇の大きさを計算だな。何ならエリザベスに楽団の規模をすぐにでも問い合わせて確認してもいい。余裕を持って少し大きめに作るか。大は小を兼ねるからな。派手なpartyになりそうだぜっ!」
「流石は天下一の伊達男!やる事のスケールが違う!」
「俺はやるからにはとことんまでやるからな!遙、お前は他の曲の選定をして俺に聞かせろ。その中から俺が判断する」
「分かった。弦楽器の曲ばかり選ぶね」
「とりあえずは、メサイアの他の曲を聞かせろ」
「うん。メサイア、すごく長いよ?」
「BGMの分も考えたら長くても構わねぇ。パートごとに分けて演奏させれば問題ねぇ」
「はぁ、流石だね。うん、じゃあ、かけるよ」

遙はApple Musicに切り替えて、メサイアを最初から流し始めた。
よく聞くと、チェンバロの音も入っている。
教会には念のためパイプオルガンとチェンバロは用意した方が良さそうだ。
このオーケストラの構成なら、俺の時代の楽器で十分対応出来る。
この管楽器と打楽器も問題ねぇ。
本番が楽しみでたまらなくなってきた。
その時、小十郎が急須を取り替えにやって来た。

「政宗様、随分と嬉しそうでございますね。外国の音楽でございますか?とても荘厳で綺麗ですね」
「ああ、そうだ。教会式の構成を遙と考えていた。無音だと寂しいからな。ずっと楽団に演奏させる事を思い付いた。楽団はイギリスのエリザベス女王から借りる。声楽隊もな。大量の香辛料をあいつにくれてやったらきっと上手く行く。何なら綿花もおまけにくれてやってもいい。それでなくてもあいつは俺にすっげぇ好意的だからな!ニックネームで呼び合う仲だしな!間違いなく楽団は借りれるぜっ!もしかしたらエリザベスも気になって俺の婚儀を見に来るかもな!あいつならそう言いかねねぇ!あいつはそういう女だ。俺も一度会ってみたいしな」

小十郎は心底驚いたように目を瞠った。

「エリザベス女王でございますか!確かにあのお方ならば、政宗様にきっとご協力して下さるでしょう。シェイクスピアの件で政宗様に大変感謝していらっしゃいましたから。文通もしょっちゅうしていらっしゃいましたしね。しかし、まさかそこまで大掛かりなお式になるとは夢にも思わず、心底驚きました!正直、遙様が見せて下さったロイヤルウェディングの規模をはるかに凌駕致します!古今東西、例を見ないお式になる事は間違いございません!想像を絶します!まさか、あのエリザベス女王が政宗様の婚儀においでになるかも知れないとは…!間違いなく史上初、しかも世界最大の婚儀になります…!」
「ああ、俺もびっくりだぜ!遙がハレルヤコーラスを大名達に聞かせたいって言い出したから、相談しているうちに成り行きでそうなった。エリザベスと文通しててマジで良かったぜ…。まさかこんな所で役に立つとは思いもしなかったぜ…」
「遙様が!?流石でございます。それにしてもスケールが違い過ぎます!桁が違い過ぎます!政宗様の婚儀の指揮、最早この小十郎の手に負えるレベルなのか大変心配になって参りました!それで、政宗様、ハレルヤコーラスとは?」
「おい、遙。ハレルヤコーラスに変えろ。俺ももう一度聞きたい」
「うん、分かった」

遙は曲を探し始めた。
その間に小十郎は熱い茶を湯呑みに注いでくれた。

「政宗様、夕餉がまもなくでございます。ハレルヤコーラスを聞いたらお部屋を移動致しましょう」
「ああ、そうだな。遙、まだか?」
「やっと見つけた。今からかけるね」

ハレルヤコーラスが遙のiPhoneから流れ出す。
小十郎は目を閉じて、気持ち良さそうに音楽に聞き惚れていた。
俺と遙はタバコに火を点けて、熱い茶を啜りながら音楽に聞き惚れた。
最後まで聞き終わって、俺達は感嘆の吐息を漏らした。

「何度聞いても最高だぜ…。祝いの席に相応しい歌詞だしな」
「誠に素晴らしい調べでございました。大名達もきっと驚くのは間違いございません。必ずや、政宗様にしか出来ないお式になるでしょう」
「当たり前だ。他の誰がエリザベスの楽団を使える。よし、小十郎、部屋を移動するぞ。遙、成実、行くぞ」
「うん」
「Okay!」

小十郎は湯呑と急須と灰皿を盆に乗せて立ち上がり、俺達は部屋を移動した。
俺は遙と話し合った教会の規模について小十郎に話した。
小十郎は少し驚いた後に微笑みながら頷いた。

「確認致しました所、まだ設計図の案をいくつか作成しているところだそうでございます。大工に政宗様のお言付けを申し伝えます。今の段階ならいくらでも設計の調整がききます」
「流石だ!頼んだぜ、小十郎!祭壇のサイズはエリザベスからの返事待ちだ!」
「かしこまりました」

遙は、熱い茶を啜りながら、バックグランドでメサイアを再生しながら、iPhoneを熱心にいじっていた。
成実もまだ真剣にドレスを選んでいる様子だった。
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