政宗の大暴露 -1-

翌朝、目を覚ますと、8時だった。
昨日寝たのが3時過ぎだから、5時間ほどしか寝ていないが、身体は随分すっきりしている。
腕の中の遙はまだぐっすりと眠っていた。
そっと腕枕を引き抜き、枕元のiPhoneをいじると、明け方までLINEのやり取りがたくさんあった。
エリザベスのpartyの様子の写真と動画に、美紀と猿飛のコメントがたくさんついている。
俺も興味を惹かれて、じっくりと写真と動画を見て行った。
イギリス料理の事はエリザベスから聞いていたけれど、これほど肉料理中心だとは思わなかった。
香辛料を欲しがるのも分かる気がする。
エリザベスをもてなすのに、肉牛は用意しておいた方が良さそうだ。
早急に黒毛和牛の畜産を開始した方がきっといい。
あとは、羊を連れて来るようにエリザベスに言付けるか。
いずれにせよ、婚儀が楽しみで仕方ない。

遙が起きる様子がないので、俺は襖を開けっ放しにして、自分の部屋に入り、コーヒーを淹れてタバコを吸い始めた。
とりあえず、婚儀の準備で俺一人で出来る事、かつ、早急に終わらせなければならない事は、7年前とプロポーズまでの手記だ。
俺はテキストエディタを立ち上げて、遠い昔の記憶を辿りながら、手記を書き始めた。

初めて遙とキスした時にどうしようもなく心を鷲掴みにされた事。
初めて、遙と外出して、ビリヤードで遊んだ事。
アメリカ映画を見て、初めて微かな恋心に気付き始めた事。
翌朝、遙にどうしようもなくときめいてしまって、困惑した事。
花火を見に行く時の遙の浴衣姿がとても綺麗で見惚れてしまった事。
初めて恋心を確信して、でも、それがとても哀しかった事。

色々な思い出が蘇り、俺は章立てにして、俺目線の手記にした。
書き始めると、あの頃の想いが鮮やかに蘇り、普段は思い出せない細かなエピソードや気持ちまで思い出して、俺は溢れる想いのままに手記を書き綴った。
すっかりiPhoneの操作に慣れて、筆より速いスピードで、俺はどんどん書き進めた。
タバコの火を消して、次のタバコに火を点けると、コーヒーを一口飲み、またそのまま手記を書き続けた。

しばらく没頭していると、流石に少し疲れて、俺は時計を確認した。
そろそろ11時だ。
3時間も書いたのに、まだ、俺が風邪を引いたエピソードくらいまでしか書き終わっていない。
本当に、1ヶ月半とはいえ、色々な事があったのだとしみじみと思った。
その時、遙の気配を感じて、俺は振り向いた。
遙は、夜着を着付け直して、欠伸を噛み殺しながら椅子に座った。

「政宗が私のそばにいないって珍しいね。何をしてたの?」
「動画のシナリオのための手記を書いていた」
「そうなんだ!政宗、流石、仕事が早いね。読んでもいい?」
「ああ、いいぜ。クラウドに保存してあるから、お前のiPhoneで読めるだろ?」
「うん」

遙が俺の手記を読み始めて、俺は二人分のコーヒーを淹れた。
遙の目が潤み出し、静かに綺麗な涙が頬を滑り落ちて行った。

「政宗って、本当に文才があるね。あの頃の事を思い出して切なくなっちゃった。そりゃ、佐助もロミオとジュリエットを読んで泣くよ」
「そうか?」
「うん。私にこんな文章書けるかなぁ」
「お前は伊達女だから大丈夫だ。もう読み終わったのか?」
「あと少し」

遙はもうしばらく読んで、読み終えたのかiPhoneをテーブルの上に置いて、両手で顔を覆って溜息を吐いた。

「知らなかった、政宗の気持ち。こんなに前からずっと私の事を深く想っていてくれてたなんて…」
「だから、お前に一目惚れしたって言っただろ?」
「でも、まさか初恋で初めからこんなに愛されてたなんて思いもしなかったよ。はぁ、自分勝手に政宗の温もりを求めてた自分が情けなくなっちゃう。シナリオは政宗の手記中心の方が絶対盛り上がるね。変に書き直さない方がいい」
「じゃあ、お前は俺の手記で被らない所とか、俺の知らない事とか、お前の手記の方がいいと思う所だけ書いたらどうだ?お前はシナリオを書かなきゃならねぇし、その方が手間が省ける」
「うん、そうする」
「コーヒーが飲み頃だ。タバコも吸いたいだろ?」
「うん、ありがとう」

遙はやっと微笑んで、嬉しそうにコーヒーを飲んで、タバコに火を点けた。

「よく眠れたか?」
「うん。何かすっきりした」
「良かったな。あと1時間足らずで昼餉だな。お前、暇だろ?どうする?」
「私も手記を書くよ」
「じゃあ、そうしろ。俺も書く。懐かしくて案外楽しいな」

俺達は、それぞれ手記を書き始めた。
鎌倉入りのエピソードまで書き始めて、俺は悩み出した。
あの時のすれ違いをどう表現するか。
遙の手記もないと無理だ。

「遙、鎌倉のエピソードで悩んでいる。お前の情報もないと断片的な手記にしかならねぇ」
「断片的でいいから、そのまま書いて。後で私が調整するから」
「Okay!」

俺はそのまま書ける範囲で手記を書き続けた。
丁度、レストランのエピソードを書いている時に、襖の向こうから声がかかった。

「政宗様、昼餉をお持ち致しました」
「Okay, 入れ」
「かしこまりました」

すぐにくノ一が部屋に入って、昼餉を配膳すると、灰皿を取り替えて下がって行った。

「よし、遙、休憩だ。お前、どこまで書いた?」
「花火の前まで。丁度、政宗の手記に繋がる所まで書いたよ」
「お前、速いな。流石だ。昼餉が終わったら読む」
「うん、いいよ。わあい、お漬物の古漬けがついてる。あと、冬野菜のオンパレードと鯖の塩焼きかぁ。美味しそう」
「お前の世界と違ってバリエーションは少ないけどな。毎日そんなに喜んでくれて嬉しいぜ。冷めないうちに食え」
「うん。いただきまーす!」

遙は大喜びで昼餉を食べ始めた。
俺も朝餉は抜きで、ずっと文章を書くのに没頭していたから、より一層美味く感じられた。

「鎌倉入りの前のエピソードは、お前のエピソードが必要だな。何故か帰宅したお前の機嫌が良かったから、そこは謎だ」
「うん、それに関しては、美紀の手記が必要だと思うよ?何で美紀が龍恋の鐘を告白の場に選んだのか、私も知らないから」
「あいつが選んだのか!?そう言えばそんな事も言ってたな。なら、納得だな。何となく理由は分かったが、あいつの手記があった方がいい。美紀との交代までに、そこまで書けそうか?」
「うん、何とか間に合うと思うよ」
「よし、なら美紀に読ませて、俺達の手記をモデルにあいつにも書かせるか」
「それにしても、政宗、どうして美紀の意図が分かったの?」
「憶測にしか過ぎねぇが、お前、あの日、美紀に恋愛相談したんじゃねぇか?」
「うん、そうだよ?」
「やっぱりな。そこで美紀は、俺とお前の気持ちに気付いたと考えるべきだ。じゃねぇと、龍恋の鐘なんて場所を選ぶはずがねぇ。あれは、俺のためにあるような場所だからな。美紀は、俺が鐘の謂れを読んで、先手を打って俺に告白させるつもりだったんだろうな。多分、お前が怖気付いて告白出来ねぇと踏んで打った手だ。伊達にお前の親友じゃねぇな。あいつも頭がキレる策士だぜ」
「美紀ったら、そんなつもりで龍恋の鐘を選んだの!?」
「ああ、ほぼ間違いなくそうだぜ。後で聞いてみろ。絶対バレたかって笑うはずだぜ?」
「はぁ…。全部美紀の手のひらの上で踊らされてたのか」
「まあ、俺にとっては好都合だったけどな。祝言も挙げられたし、婚約指輪もあらかじめ用意出来たから、甲斐でプロポーズも出来たしな。全てが運命で必然だ。お前は未来の事なんて何の心配もしなくていい。お前の存在は消えねぇし、必ずいい方に未来は変わる。また技術が発達するかもな!」
「そうなのかな。じゃあ、エリザベス女王が婚儀に来ても、何の問題もないかな」
「そうだ。だから、心配すんな」
「うん」

俺達はそこで会話を切って、ゆっくりと食事を終えた。
食後の茶を淹れて、膳を下げさせると、俺は遙の手記を読み始めた。

「はぁ、確かに文章は上手いが、お前ってつくづく鈍感の天然だな。妙な所で気は利くくせに、肝心な事は何も気付いちゃいねぇ。男に対して無防備過ぎるしな!寂しかったからって俺を求め過ぎだ!信頼し過ぎだっ!他の男でも良かったのか!?マジで英語出来て良かったぜ。本気で心配でたまらなくなる。絶対に俺のそばから離れんな。必ず目の届く範囲にいろ」
「うっ…そこまで言われるとは思わなかった」
「で?花火の日、お前、コンビニに行ったまま行方不明だっただろ?来栖に抱き締められて、お前、すごく不安そうで怯えてた。俺が助けた後、お前、初めて俺のキスを素直に受け入れただろ?何の心境の変化だ?」
「自分でもよく分からないんだけど、政宗が助けてくれて、すごく安心して、すぐにキスされてびっくりしたんだけど、舌まで使われて蕩けそうに気持ち良くて、そんなキス初めてで、気持ち良すぎて拒めなくて、思わずキスに応えちゃってた…」
「はぁ!?お前、そんな理由で俺のキスを受け入れたのか!?そんなんだったら、お前、相手が成実でも同じじゃねぇか!要するにキスのテクニックでめろめろになっただけだろ!?」
「うっ…多分、政宗のキスじゃないと受け入れなかったと思うよ?男子苦手だし。そもそも成実とキスした事ないし、男性経験ほとんどないから、比較の対象がない。キスしたの、政宗が二人目だよ?」

俺は頭を抱えて、テーブルに肘をついた。
マジでテクニックを磨いておいて、本当に良かった。
遙がキスを受け入れた理由が、こんな理由だったとは思いもしなかった。

「お前、世間知らずにもほどがあるぞ!すげぇ美人のくせに無防備過ぎるしな!何で今まで悪い虫がたからなかったのか不思議でたまらねぇ!俺が二人目の男だなんて奇跡だぜっ!世界七不思議の一つのレベルだっ!」
「だって、ずっと女子校だったんだもん!男慣れなんてしてないもん!大学入って、男だらけで本当にびっくりしたんだから!怖くて知らない男子とは距離置いてたよ!」
「そうか、だったら、いい。じゃあ、何で俺には親切だった?」
「だって、政宗、行く当てもないし、私のせいだったかも知れないし。夜伽じゃねぇ、添い寝だって言ってくれたし。腕の中で思いっきり泣かせてくれたし。政宗の腕の中、気持ち良くて安心出来たし」
「お前、そんな言葉を真に受けてたのか!?無防備で馬鹿正直なのにもほどがあるっ!まあ、お前が変に男慣れしてるよりずっと色々教え甲斐があるから、そこは許してやる。道理で処女みたいに初々しかった訳だ。実際処女だと思ってたしな!無防備なのも女社会で育ったせいか。はぁ、マジで心配でたまらねぇ。キスを受け入れた理由はシナリオには入れるな。情けなさ過ぎて公開なんて出来ねぇ」
「うん、入れないよ?政宗の手記の方がロマンチック」
「それにしても、お前、一目惚れの語源知らなかったのか?」
「一目惚れの語源?一目見るだけで恋に落ちるからじゃないの?」
「全然違うっ!お前、政宗様に憧れてたくせに、そんな事も知らなかったのか!?あれは、俺が左目だけで女を見初めて抱いては捨てて来たのが語源だ!要するに俺のド派手な女遊びが語源だっ!first sightじゃなくて、one eyeの一目だっ!俺が女に手を出すのが早いから転じてfirst sightの意味になっただけだっ!お前、俺に襲われても文句は言えねぇ状況だったんだ!もっと危機感を持ちやがれっ!」
「ええっ!?そんな事、全然知らなかった…。語源になるほどの女遊びって相当なレベルだ!道理でキスも夜伽も神レベルに上手いよね」
「ああ、そうだ。当時の俺は、世界で一番危険な男だったんだ。俺の気まぐれでお前に手は出さなかったけどな。流石に泣いてる女を抱く気にはならなかったからな。お前が親切だったから尚更だ。でも、その気になれば、出会い頭にでもお前くらいすぐに抱けた。慰めるって口実でな。その後すぐにたまたまお前にどうしようもなく恋して大切過ぎて手が出せなくなってただけだ。よく覚えておきやがれっ!どれだけ俺がお前の無防備な姿に煽られて我慢して来たと思ってるっ!丈の短い生地の薄いワンピースでうろついてたしな!眼福なのか目の毒なのかマジで悩んだぜっ!それこそ隣の部屋で寝なきゃ我慢出来ない限界のレベルだっ!あんな姿のお前を抱き締めてそのまま寝れるはずがねぇ!」
「そっか。それで政宗、隣の部屋で寝る事にしたんだ。手記にも書いてあったけど、そこまで限界だったんだ。納得。嫌われちゃったかと思った」
「お前を襲いかけて、これ以上耐えられそうになかったから、指一本触れるのも止めた。じゃなかったら、そのまま押し倒してきっと無理矢理にでも抱いてたからな!」
「はぁ…そこまでとは全然知らなかったよ。だから、私と距離を置き始めたのか」
「ああ、そうだ。だから、告白の後、耐えきれなくてキスもしまくったし、初夜の日に5時間も抱き続けた。全然足りなかったけどな。あんなに女断ちしたの、初めてだったぜ。それもこの世で一番抱きたい女と暮らしながらだったから、生殺しもいい所だ。それこそ、夢の中でお前を無理矢理抱くレベルだっ!あんな夢まで見るなんて思いもしなかったぜ」
「政宗、相当だね。じゃあ、今、毎日3時間なのも、相当我慢してる?」
「当たり前だっ!お前が甲斐でそんなに無理してたのが分かったから、俺も我慢している。お前を愛してるからだっ!じゃなかったら、何日か引きこもってお前を抱き続けたいくらいだっ!」
「はぁ、よく分かったよ。体調のいい時は、午後も抱かせてあげる。でも、もうちょっと待って?せめて登勢ちゃんがあの部屋を出れるようになるまで」
「分かってる。とりあえず、気分の切り替えだ。お前を抱きたくて仕方なくなって来たからな」

俺は残りの茶を飲み干し、鉄瓶で湯を沸かしながら、タバコに火を点けた。
肺いっぱいまで煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出すと、ようやく気分も少しは落ち着いた。

「よし、遙、手記の続きだ。書いているうちに気分が切り替わる。今はすぐにでもお前を押し倒したい気分だからな」
「うっ、それは困る。お風呂に入る時間がなくなる」
「だったら、お前も書け」
「うん」

俺達はまた手記を書き始め、俺は湯が沸いたのでコーヒーを淹れると、また続きを書き始めた。
江ノ島のシーンまで書き進めて、そこで手を止めた。

「遙、龍恋の鐘のシーンはお前目線の方がいい。俺目線だとネタバレになるからな。竜宮大神あたりから、お前が書け。俺はそこは飛ばして書く」
「分かった。政宗、流石だね」
「お前、今、どの辺り書いてる?」
「政宗があらかた書いてくれたから、補足する感じで書いてて、もうすぐwild is the windのエピソードの辺りかな」
「お前は本当に書くのが速いな。俺も速い方だが、追いつかれそうだな」
「そんな事ないよ。政宗の手記を読みながらだから、時間かかってるよ」
「そうか。とりあえず、初夜のエピソードまで書いたら、お前の手記を読む」
「うん、いいよ」

俺は告白後のエピソードから書き始めて、まもなく初夜のエピソードまで辿り着いた。
あの晩の幸せな夜伽を思い返す。
流石に、5時間丸々は書けないし、どうせ後で遙が編集するはずだから、とりあえずありのままをある程度書く事にした。
後朝の歌の後、眠る遙を見つめながら、いつのまにか寝てしまった所まで書いて、筆を休めた。
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