幸せになる者と傷つく者(天澤姉弟+志野)





 俺達が幼稚園だった頃、劇をやる事になった。お話はありがちな王子様とお姫様が出てくる物語。役決めの時、憂ちゃんがお姫様役になって、王子様役が俺に決まった。その時、“彼”が泣き出したのを俺は今でも覚えているよ。

“ゆうちゃんのおうじさまは、ぼくがなるの!!”

 あの時は本当に困った。先生が何度も慰めようとしたけど、それでも“彼”は泣き止まなかった。そう言えば、その後どうなったんだっけ……俺が王子様役をやったんだっけ。それとも彼に役をあげたんだっけ……。

 よく、覚えてないや―――。


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 俺には大事な幼馴染が二人いる。天澤 遊里くんと憂ちゃん。とても仲のいい双子の姉弟だ。
出会いは遊里くんが先だった。幼稚園の時、一人で遊んでいた所、彼から話しかけてくれた。それから彼に紹介して貰って憂ちゃんと出会った。憂ちゃんは笑顔が可愛い女の子だった。
 それから俺達はずっと一緒だった。何処に行くにも、遊ぶのにも、ずっと一緒。俺にとってその毎日がとても幸せだった。この幸せな日々が、いつまでも続けばいいのにと思っていた。あの日が、訪れるまでは―――。


「…え?」

 小学2年生の夏。その日俺は天澤家に遊びに来ていた。憂ちゃんはお母さんと一緒にお出かけをしているらしく、その家には俺と遊里くんしかいなかった。一緒に夏休みの宿題をして、それから一緒にゲームをしていた。ゲームをしている真っ最中、俺はある事を言った。

「俺、憂ちゃんの事好きなんだよね」

 俺は以前から抱いていた憂ちゃんへの想いを、この日初めて遊里くんに話した。遊里くんはキョトンとした顔で俺を見ていた。

「そ、そうなんだぁ…」

 明らかに動揺している事を俺は悟った。遊里くんが憂ちゃんを大事に思っている事、そして家族以上の感情を抱いている事に、幼かった俺はすでに理解していた。けど偏見なんてなかった。だからこそ、俺はその日言ったんだと思う。所謂これは宣戦布告と言うものだ。
 もちろん遊里くんの事は友達として大好きだった。出来る事なら憂ちゃんに対するこの想いは封印して、これからも仲良く三人でいたいと思った。でもそんなことは無理なんだ。それくらい俺は、憂ちゃんが大好きだった。

 それから、俺と遊里くんの間に少し……小さな溝が出来たのを感じた。



******



 あれから数十年。何も変わらず俺と天澤姉弟はいつも一緒だった。俺は憂ちゃんに対する想いを告げずに、遊里くんも変わらず憂ちゃんとは「仲の良い姉弟」のままだった。きっと傍から見たら不思議な関係だけど、正直言うと俺はこの状態に満足していた。
 ……しかし神様は、人生と言う物はそう上手くいかないモノだ。いや、俺達は油断していたのだ。憂ちゃんに好きな人は出来ない……そんな事を俺と遊里くんは勝手にそう思い込んでいたんだ。

 最近、憂ちゃんに好きな人が出来た。そんな事、憂ちゃん本人から言われなくても、遊里くんから言われなくても、周りから言われなくても分かっている。何年憂ちゃんと一緒にいると思っている。何年憂ちゃんに想いを抱き、何年彼女だけを見続けてきたと思っている。
 しかし問題なのはもう一つあった。それは遊里くんが憂ちゃんと距離を取るようになった事。前までは何処でもずっと一緒だった二人が、最近では少し距離があるように感じた。もちろん憂ちゃんから遊里くんに話しかけたら、いつも遊里くんだけど、俺が言いたいのは遊里くん自ら憂ちゃんに近付こうとしなくなったんだ。
 きっと周りの人たちは気付かないんだと思う。けど俺は分かる。ずっと二人を一番近くで見てきた人間だから、二人の些細な変化にも気付く。きっと遊里くんも憂ちゃんに好きな人が出来たことに気付いているんだろう。当たり前か。
 こんな微妙な状況を、俺は何とかしたかった……。

「ゆ〜りくん! こんばんは!」

 夜、コンビニ帰りの遊里くんとバッタリ出会う。遊里くんは俺を見ると、少し面倒な顔をした。俺と遊里くんの家は近所だ。だから一緒に帰る事にした。
 少しの間、無言が続いたが俺は口を開いた。

「最近ね、夢を見るんだ」

「夢?」

「小さい頃、劇をやったの覚えている? 俺が王子様で、憂ちゃんがお姫様だったのやつ」

「あぁ、幼稚園の時の……」

「役が決まった時さ、遊里くん泣いてたよね。俺が王子様やりたいって」

「懐かしいな」

 遊里くんは思い出したのかクスっと笑った。

「でもね、夢はそこで終わるんだよ。ねぇ、結局あの後どうなったか覚えてる?」

「……さぁな」

 遊里くんはそう呟いた。嘘だ、きっと彼は覚えている。彼が憂ちゃん関連の思い出で忘れた事なんて一度もなかった。だからきっと覚えている。けど彼は話そうとしない。
 俺は足を止める。そして遊里くんも立ち止まり、俺の方を見た。「廉次?」と心配そうな声で話しかけてくる。俺はすぐに口を開く。

「万里くんがね、最近遊里くんが全く憂ちゃんの話をしなくなったって言ってた……」

「……」

「万里くんだけじゃない。二兎さんもそう言ってたよ」

「そ、そうか? 気のせいじゃねぇの?」

「ねぇ遊里くん。誤魔化さないでよ。俺が気付いてないとでも思ってるの?」

 今まで聞いたことのない俺の低い声に、遊里くんは少し驚いていた。俺は今まで感じてきたことを彼に話した。憂ちゃんに好きな人がいるって俺も知っている事も、遊里くんが憂ちゃんを避けている事も。
 遊里くんはずっと下を向いていた。

「ねぇ、何で憂ちゃんを避けるの? 憂ちゃんに好きな人が出来たから? 失恋しちゃったから?」

「……ちげぇよ、そんな事じゃない。ただ、憂ちゃんの邪魔になりたくないから」

「邪魔?」

「俺は誰よりも憂ちゃんの幸せを願っている。だから俺は身を引こうと思う。けど憂ちゃんと一緒にいると、この気持ちを抑える事が出来なくなるんだよ。憂ちゃんを独り占めしたい、ずっと一緒にいたいって……」

 そんなの、俺も一緒だよ。俺だって憂ちゃんと一緒にいたいし、独り占めしたいよ。でも憂ちゃんの幸せを願っているよ。俺は憂ちゃんの事が大好きだから。だから遊里くんの気持ちは凄く分かるよ。憂ちゃんの幸せは俺達の幸せ……それなのに、どうして? どうしてこんなにも、胸が痛いんだ。

 どうして君は、そんなにも悲しい顔をするの―――?



*******



 ねぇ、遊里くん。君はあの時泣いたよね。

“憂ちゃんの王子様は僕がなるの!”

 俺ね、あの時は本当に驚いたんだよ。何故かって、君が初めて自分の“気持ち”を言ったからだよ。
 今まで君は我慢して来たよね。でも本当は嫌だったんでしょ、“俺”の存在が。遊ぶ時も、ご飯を食べる時も、お昼寝の時も、帰る時も、ずっと俺は憂ちゃんの隣にいた。君はそれを当たり前のように受け入れていた。でも心の奥では俺が嫌いだったんだよね。
 だから俺、嬉しかったよ。あの日、遊里くんが我儘を言ったの。憂ちゃんを困らせない様に我慢していた君が、初めて憂ちゃんを困らせたんだよ。

 あの告白以降から遊里くんは明らかに俺を邪魔もの扱いするようになった。俺の事が嫌いだって少しは顔に出るようになったけど、君はまた我慢をしている。そして今も我慢をしている。
 君は自分が我慢をすれば済むと思っている。違うよ、そんなんじゃ誰も幸せになれないよ。憂ちゃんが幸せになっても君は一生傷ついたままじゃないか。
 邪魔になりたくない? 困らせたくない? 傷つけたくない? 違うよ、遊里くん。そんなの……。

 それはただの……。



*******



「言い訳にすぎないじゃないかッ!!」

 俺はそう怒鳴ると、遊里くんの胸倉を掴み、彼を壁へと押しつけた。突然の事に困惑していた遊里くんは持っていたレジ袋を落としてしまった。

「君はッ! ただ怖いだけなんだろ! 彼女に嫌われるのが! 拒否られる事が!!」

 困らせてしまったら、傷つけてしまったら、邪魔をしてしまったら、憂ちゃんから嫌われてしまう。君はそれが嫌なんだ。だから今まで我慢して来たんだ。君はこの平和な日常を壊したくなかったんだ。
 
「君は自分だけ傷ついたらそれでいいと思っていた。それで憂ちゃんが幸せになれるのならって……でもそれじゃ何も変わらない! そんな事しても、憂ちゃんは君を見てくれない!」

「お、お前! 何言ってんだよ! 俺は憂ちゃんが幸せになれば、俺も幸せに……」

「なるわけねぇだろ!! そんなの、テメェだけが傷つく、ただの自己犠牲なんだよ!!」

「意味わかんねぇよ! つーか俺が傷つこうが憂ちゃんは気付かない! いくら双子だからってお互いの心を読み取ることは出来ない! 別にそれでいいじゃねぇか!」

「よくねぇよ!! お前が憂ちゃんの幸せの望んでいると一緒で、憂ちゃんもお前の幸せを望んでる! でもお前が憂ちゃんの幸せばかりを望んでいたら、お前には一生幸せなんて来ない! お前はお前自身の首と、憂ちゃんの本当の幸せを苦しめてるっていい加減に気づけよ! 遊里!!」

「じゃあどうしろって言うんだよ! 憂ちゃんに告白して、振られろってか!? 結局傷ついてるのに変わりないじゃないか!!」

「全然違う! 言わないで後悔するより、告白してから傷つく方がマシに決まってるだろ!! 確かに告白してしまえば溝が出来てしまうかもしれない。けどそれでもいいじゃねぇか! そんな小さい溝なんて、すぐに埋まるだろ!!」

「お前も憂ちゃんの幸せの為なら身を引くって言ってたじゃねぇか!!」

「あぁ、言ったよ! でも俺は嫌なんだよ!! 告白しないまま恋が終わるのが!」

 確かに、俺は彼女の幸せを願った。彼女が幸せなら身を引こうって何度も思った。でも、出来なかった。あの胸の痛みがやっと理解できた。
 そうだよ。俺は嫌なんだ、憂ちゃんが誰に取られる事が。俺の傍から離れることが。何も言わなないまま、この恋が終わってしまう事が……。

「なぁ、廉次。俺はどうしたらいんだよ。俺はただ、この幸せが続いてほしいだけなんだ。それなのに、お前は何が不満なんだ。憂ちゃんの幸せを望んで、何が駄目なんだよ。今まで通りにしていれば、何も変わらないのに……」

 少し落ち着いたのか、遊里くんは小さな声で俺にそう訊ねてきた。俺も少し落ち着いてきたが、遊里くんの胸倉を掴む手は離さなかった。

「……遊里、さっき言ってたこと覚えてる? 役決めの後、結局舞台はどうなったのかって、聞いたよね」

「……あぁ」

「今やっと思い出したよ。あの後結局、俺達二人が王子様の役をやって、お姫様とハッピーエンドになったよね」

「あぁ」

「俺ね、遊里と一緒に王子様役をやれてよかったって思ってるよ。だって初めて遊里が我儘を言ってくれたもん。俺、すごく楽しかった」

「…俺も、楽しかった」

 もしあの時、遊里くんが王子様役をやっていれば、俺は怒っていたかもしれない。その逆もありえたか。しかし二人で王子様をやって同じ人を好きになれたから、今の俺達がここにあると思う。

「俺ね、あの時と同じようにこの事もいつか笑い話になればいいなって思うんだ」

 いつかそれぞれに好きな人が出来て、結婚して、子供が出来て、そして再び会えた時に「こんなことがあったね」って、三人で笑いたいんだ。だから一人でも幸せになってほしい。遊里くんにも笑っていてほしんだ。
 俺は胸倉を掴んでいた手をやっと放した。すると遊里くんはその場に座り込んでしまった。泣いている…のだろうか。俺は遊里くんの前にしゃがむと、彼を優しく抱きしめた。

「一緒に前へ進もうよ。憂ちゃんに振られる事が別にゴールじゃない。むしろスタートなんだよ。一緒にスタートして、皆で幸せになろうよ」

「でも俺は出来ないんだ……怖いとかじゃない。俺は家族だから……」

 震える遊里くんの身体を、俺は強く抱きしめる。

 静かな夜に響くのは、遊里くんのすすり泣く声と、スマホから彼を心配して電話をしてきた憂ちゃんからの着信音だけだ―――。

                                                                  END



【作者コメント】
 結局、この作品が何を言いたかったのかと言うと、遊里くん幸せになれよ。


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