名前(佐鳥+憂)
現王園 佐鳥―――年齢は24歳。血液型はAB型。誕生日7月7日。身長、152cm。体重は45kg。スリーサイズはB75/W57/H82。趣味はチャレンジ、探検、運動。特技は木登り、暗記。
彼女がFHCに来てからまだ数日しか経っていない。しかしこの短い間に彼女は色々な奇行な行動をしてきた。ある時は徹夜で獲って来たイカを持ってきた。ある時は急にいなくなったと思えばハープを購入して弾き始めた。最近ではいきなりカブトムシを捕りに森へと出かけた。
彼女の発想はいつもいきなりだ。いきなり過ぎて大抵の人間は彼女について行けない。それはFHCに所属する生徒たちも同じだった。話しかけようと試みた人間は何人かいたのだが、その前に彼女が姿を消すことが多かった。
そんな変人で、我が道ばかり進む彼女に唯一付き合った男性がいた。それが同じFHCに所属する一期生、天澤 遊里である。その事を知った佐鳥の弟である京一郎と遊里の姉である憂はもちろん、他の皆も驚いた。
しかしそれは昔の話。今の遊里と佐鳥は赤の他人で、今はただの“友達”なのである―――。
そんなある日、天澤 憂がFHCの廊下を歩いていると、現王園 佐鳥が窓から外を見ていた。どこかに行く感じではない事を悟った憂は、これは絶好のチャンスだと思った。何せ相手は弟が高校の三年間付き合っていた元彼女だ。一体遊里と何処まで行ったのか、何処が好きだったのか、どんな感じだったかと色々聞きたかったからだ。
憂は恐る恐る佐鳥に近付いた。
「あの〜、佐鳥さん」
「む?」
名前を呼ばれた事に気が付き、佐鳥は憂を見た。目を見つめ合ったまま少し時間が経つ。佐鳥は憂の頭のてっぺんから爪先までじーっと見るが、頭の上に?マークを出しながら言った。
「お前は……誰だ?」
「え?」
「すまない。見覚えはあるのだがど〜も名前が出てこないのだ! しかし言うなよ! 余が絶対お前の名前を当ててやろう!」
……と言ったものの、一向に名前が出てこないらしく、佐鳥は頭を悩ませていた。確か彼女は記憶力が良いと聞いた。しかしどうやら、その記憶力は彼女が興味ある物にしか使用されないようだ。
憂は大人しく待ったが、全く答えが出なさそうな為、仕方がなく答えを言った。
「憂です。遊里くんのお姉さんの……」
「遊里」の名前を出しただけで佐鳥の目が輝き、何かを思い出した、嬉しそうな表情をした。
「うむ、思い出したぞ! ゆーりの姉君だな! ゆーりから話は聞いているぞ! ならば余も自己紹介としよう! 余は現王園 佐鳥。存じの通り、ゆーりとは高校三年間付き合っていた! 姉君に一度も挨拶せず悪かったぞ!」
「いえ、気にしないでください。けど三年間、遊里くんと付き合ってたんですね。全く気付かなかったです」
「ゆーりとの約束だ。付き合っている間は周囲に悟られない様にするってのが決まりだったからな。けど余は姉君を知っていたぞ! ゆーりは隙あらば姉君の話をしていたからな! ところで余に何か用か?」
「えっと…遊里くんの事なんですけど。私、三年間、佐鳥さんと遊里くんが何をしていたのか、遊里くんはどんな感じだったのか、色々聞きたくて」
「ならば何でも聞くがいい! 余は何でも覚えているぞ!」
「えっと、じゃあ……」
憂はいくつか質問をした。出会いはどうだった? きっかけは何? 遊里の何処が好きだった? 遊里はどんな感じだった? 何故別れた? etc……。
しかし聞いてみると憂が想像していたのと少し違っていた。佐鳥と遊里の出会いは高校の入学式。木に登っていた佐鳥が遊里の真上に落ちてきたのがすべての始まりだったそうだ。そして数日後、期間付きと言う事で二人は交際。交際中の遊里はいつもとあまり変わらず、そして高校卒業後に別れたらしい。高校生の交際と言うのはこう言う物なのか……と憂は思った。
「だがゆーりと過ごしたあの三年間は余にとっては充実した三年間であった! ゆーりは余に色んな事経験させてくれた! 余はゆーりに感謝はしている!」
どうやら佐鳥にとって遊里との交際はプラスになったようだ。憂はその事に少しホッとした。遊里が女の子を泣かすような人物ではないと知っているが、もし失礼な事でもしたのではないかと少し不安だったようだ。
「……だが」
急に佐鳥は悲しそうな顔になった。まさか嫌な事があったのか……と憂は思った。
「実はあの三年間、ゆーりは一度も……記憶が正しければ一度も、余の名前を呼んだことはなかったぞ……」
「一度も?」
「彼氏に名前を呼んでもらう…ゆーりが唯一、余に経験させてくれなかったことだ。名前も、苗字も、ゆーりは一度も言ってくれなかった」
「佐鳥さん……」
それを聞いて憂は少し悲しくなった。例え遊びで付き合っていたとしても、好意を持ってなかったとしても、彼氏に名前を呼んでもらう事がどれだけ嬉しいか。憂はその経験をまだしたことがないから分からないが、きっと嬉しいことに違いない。
まさか自分の弟が、彼女の名前を一度も呼んでいないとは、憂は少しショックだった。
「だが余は気にしてない! その経験は、また別の彼氏がさせてくれるはずだ」
「それは…駄目だよ!」
佐鳥が言い終わるのと同時に憂は言った。そして佐鳥の手を強く掴む。
「佐鳥さんは、遊里くんに名前を呼んでほしかったと思う! 遊びだったとしても、好きじゃなくても、彼氏から名前を呼んでもらう事はきっと嬉しい事だよ! 遊里くんが頑なに言わないなら、私がお願いしてみるよ!」
「あ、姉君! 彼氏に名前を呼んでもらう事に意味があって、ゆーりから名前を呼んでもらう事には……」
「遊里くんに名前を呼んでもらえば、きっといい経験になるよ! だって、遊里くんから初めて名前を呼んでもらったんだよ!」
「なるほど……うむ! 確かに姉君の言う通りだ! ゆーりから初めて名前を呼ばれる! きっといい経験になるぞ! さすが姉君だ! 礼を言うぞ!」
佐鳥はそう言うと、憂に頭を下げてから何処かへ行ってしまった。それから数分後、憂の後ろから遊里がやって来た。
「姉さん、こんな所で何してるの?」
「あ、遊里くん! 実はね、さっき佐鳥さんとお話しててね」
「へぇ、アイツと」
「それで聞いちゃったんだけど……佐鳥さん、一度も遊里くんから名前を呼んでくれた事がないって……」
「そ、それは……」
「ねぇ、どうして名前を呼んであげないの?」
「それは……」
遊里は少し気まずそうな表情をしたが、口を開けた。
「実は俺、アイツの名前知らないんだ……」
「……え?」
「苗字も名前もアイツがFHCに来て初めて知ったんだよ。これ本当だから!」
彼女の名前を知らない。そんな事はあり得るのだろうか。名前も知らない相手と三年間付き合う遊里も凄いが、名乗ってもいない佐鳥も凄いと憂は少し思った。
「どうして知らないの? Lineとか名前書いてたでしょ?」
「それがアイツのLineの名前、「王様」だとか「秘密の園」とかそんな名前だったから……クラスも違うし、自己紹介する前に流れで付き合って、そんなこんなで三年間過ごしてたかな」
「でも佐鳥さん、遊里くんの名前知ってるよね」
「どこから情報を手に入れたのか、気が付けば名前呼んでたなアイツ」
「お付き合いって……そんな感じでいいの?」
「しかし自己紹介しなかったアイツが悪いのに、名前を呼ばれなかったって、まるで俺が悪いみたいじゃん」
遊里は不満そうにそう言った。何だか、遊里が佐鳥と付き合えた理由が何となく分かった気がした憂であった―――。
「そう言えば、まだ名前呼ばないの?」
「だってあいつ、自己紹介してないから」
「したよ。FHC入った時、皆の前で」
「皆の前では確かに名乗ったけど、俺に直接言ってきたわけじゃないでしょ。だから言ってあげない」
遊里はそう言うと、ふふっと笑った。
「俺に自己紹介するまで、絶対言ってやらないから」
END
- 38 -
[*前] | [次#]
ページ: