第1話 プロローグ






「ありがとうございました」

 FHCアイドル対談会が終わり、唯 一夏は対談相手であった一宮 紅陽に挨拶をしてからその場を去っていく。廊下を歩き、辺りに誰もいない事を確認した彼は、ドン!っと廊下の壁を強く殴る。

(可愛くなる努力……か……)

 今日の対談は唯にとって精神的大きなダメージを与えた。正直、今すぐ飛び出して行きたい気持ちを抑えるがとても辛かった。と言うのも、今回の対談は唯の急所をズバズバと刺していた。

―――僕たちみたいになりたいなら、もっとやることでしょ

―――なんでもっと可愛くなる努力しないの?

―――努力が足りてないだけだよ

―――女の子になれると思ってる?

 一宮の言葉は唯を追い込むのに十分だった。いまだに彼の言葉が頭から離れようとしない。
 しかし彼が言う事はご尤もだった。一宮……いや、他の男の娘からはきっと唯は全く努力をしていない存在と見られているのかもしれない。その為、唯はいまだに男の娘の友達がいない。それ以前に彼に近付こうとする者がいなかった。

(ここだったら、変われると思ってたんだけどな……)

 唯がそう思った時だった。

「廊下のど真ん中で止まってたら邪魔んだけど」

 後ろから声が聞こえ、振り返るとまず目に入ったのは目立つマッシュルームカットの金髪頭。唯と同じ二期生である日村 黄衣だった。唯は日村の姿を見ると安心したのか、ぶあっと涙があふれ出た。もちろん日村は驚いた。

「ちょ、ちょっと! 急に泣かないでくれる? 僕が虐めたみたいになってんじゃん! そもそも廊下のど真ん中で突っ立てるキミが悪いんだからね!」

「きぃちゃん先輩ィ!! もっと俺を罵ってほしいっす! 虐めてほしいっす!!」

「うわ、ちょーキモイ。そこまでグイグイ来られると困るんですけど……」

 キモイ台詞を連発する唯をなだめるのに、日村は30分もかかった―――。



******



「なるほど、そんなことがあったんだ…」

 屋上に上がった日村と唯。日村は煙草を吸いながら、唯から先程あった話を一通り聞かされた。
 確かに一宮なら言いそうな言葉だな……日村はそう思った。

「でもさ、あいつの言葉なんて気にしなくていいんじゃね? お前はお前らしく、自分のペースでやっていけば……」

「俺が中学生の時です……」

(え? なんか昔話が始まった)



 唯が中学1年の時だ。その頃には唯は女の子になりたいと思っていた。キッカケも理由も言わない。ただ女の子に憧れていたんだ。
 そんな中、唯の中学校では文化祭の準備が着々と進んでいた。唯のクラスは舞台をやる事になっていた。作品は忘れたが、お姫様が出る話だ。もちろん唯はお姫様の役ではなく、兵士の役だった。

「俺、お姫様やりたい!」

 なんて、死んでも口に出来ない言葉だった。しかしこの時の唯はお姫様になりたい気持ちが治まらなかった。役は無理でも、せめて衣装だけは着てみたいと思っていた。
 そして事件が起きた。それは文化祭前日の時の事だ。唯は忘れ物をしたため、準備室にいた。ふと、唯の目にお姫様の衣装が目に入った。今、この部屋に唯以外の生徒は誰もいない。これは絶好のチャンスと思った唯は、襲る襲る、その衣装に袖を通した。もちろん女子の衣装だ。サイズが合う訳はない。唯はすぐに衣装を脱ぎ始めた、その時だった。

ガラガラ―――。

 部屋のドアが開き、そこにはクラスメイトの男子がいた。男子は唯のその格好を見ると間もなく大笑いをした。そして彼らの口から出た言葉は当たり前の言葉だった。

“気持ち悪い”

“変態野郎”

“オカマ野郎”

 最悪な事に、彼らの大笑いに引き寄せられ、どんどん人が増えていく。男子から笑わられ、女子からは気持ち悪い者を見るかのように見下されていた。今の唯だったら興奮ものだっただろうが、当時の唯はそれどころじゃなかった。
 騒ぎを聞きつけた先生のおかげでその場は収まったが、先生はすぐに唯の親を呼び出した。両親はさっきの騒動の話を聞かされると、二人ともとても悲しい表情をしていた。母親は泣きだし、父親は拳を強く握った。
 家に戻ると、父親は唯を殴った。怒鳴っては殴り、怒鳴っては殴り、そして最後に言った言葉は―――「この恥知らずが」だった。

 もちろん学校は転校した。しかしこの事件のせいで唯は両親との間に深い溝が出来てしまった。父親は一切口を利かず、唯一話をしてくれる母親でもまるで「可哀想な子」、「精神がおかしい子」を見るような目で唯を見ていた。あの後は病院に送られ、カウンセリングを受けた。けれど唯の心の中では「女の子になりたい」気持ちはなくなることはなかった。しかし唯はもう二度と、人前で女装をすることは出来ない。あの姿で人前に出ると、あの時の恐怖がよみがえるからだ。

 これが、唯の昔話である―――。



 一通り話を聞いた日村は何も言わなかった。唯は喋り続ける。

「努力はしたっすよ。一歩でも女の子に近付けるようにメイクも、ヘアセットもおしゃれも、動作も歩き方もいっぱい勉強した。でもやっぱ駄目だった。ウィッグを被って人前に出るだけで足が動かない。あの言葉がよみがえって来る」

 日村から貰った煙草を吸い、唯は空を見上げる。

「でも、一宮先輩からみればその恐怖を乗り越えないって事も努力してないみたいなものなんですかね……けど、トラウマってそんなすぐに乗り越えられるものなんですかね!!」

「!?」

 何かが切れたのか、唯は急に大声を出した。するとさっきまで溜まっていた怒りが唯の口から沢山出てきた。

「つーか!! 人の苦労も努力も知らないで何であんなに偉そうなんすか!? ちょっと自分が可愛いからって調子乗りすぎっすよ!! 確かに一宮先輩の言ってることは正しいっすよ! けど俺だって努力してるっての!! 言っとくけど、俺が本気出せば俺が一番可愛いに……」

「あはははははっ!」

 日村は突然笑いだす。唯は少し驚くと、日村は腹を抱えながら息を整えようとした。けどそうとうツボだったのか、中々笑いが止まらなかった。日村が笑ってるところ初めて見たと思った唯は少し動揺しつつ、日村の背中をさすった。
 日村は少し落ち着いたのか、涙を流しながら話し出した。

「キミでも、怒る事あるんだな。ちょっと驚いた」

「い、いや! あの! この事は秘密でお願いします!」

「別にいいんじゃない? 本人の前でズバッと言っちゃえば?」

「マジでここにいられなくなるんで!!」

 落ち着いた日村、落としてしまった煙草を消し、新しい一本を吸い始める。何だかカッコ悪い所を見せてしまったと思い、唯は座り込んでしまった。日村はまだツボっているらしく、思い出してはまだクスクスと笑った。

「何がそんなに可笑しいんすか? ただ文句言ってただけですよ」

「文句の内容じゃなくて、キミが文句を言う事が面白かったんだよ」

「?」

「キミって、何でもかんでも笑って済ませようとする奴なのかなって思ってさ。ちょっと驚いた」

「俺だって怒る時は怒ります〜」

 ―――少しの沈黙の後、唯が話し出す。

「俺って、女の子になれますかね」

「無理じゃない?」

 即答だった。

「ちょ、即答ですか!?」

「だって無理だよ。一宮の言う通り、キミには女の子は無理……今のままじゃね」

 日村は短くなった煙草を捨てると、唯の方を見た。

「でも、そんな事件が起きてもなお女の子になりたいと思うキミの気持ち、僕は凄いと思うよ。君はそれだけでもすごい努力をしてきたと、僕は評価する」

「きぃちゃん先輩」

「さっき、本気を出せば自分が一番可愛いって言ったでしょ。じゃあ手伝ってあげる。揉め事とか困るけど、努力する手伝いくらいはしてあげるよ」

「あ、ありがとうございます……!」

 日村が珍しく微笑むと、唯もやっと笑顔を取り戻した。暗くなってきた為、そろそろ帰ろうとした時、唯は日村の袖をつまんだ。

「なに?」

「あの、先輩……」







「ここ、ポイ捨て禁止ですよ」

END


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