05 偽りの愛から生まれた子供
あれから9年と言う月日が経っていたのだ。
あの衝撃の真実から4年、龍は12歳の時に海外へと向かった。実の母親が海外でお世話になった人物に会いに行くためだ。そこで5年間、龍はピアノを習った。5年と言う長い歳月が流れ、龍は日本に戻って来た。日本に戻った龍は迷わず先に実家へ戻った。連絡も取らず、手紙も一切送らなかった為、久しぶりに両親と会う。
5年経っても、相も変わらず如月家の家は豪邸だった。次期当主の帰りと言う事で使用人たちは喜び、急いで男に報告した。だが過去を知る一部の使用人たちは、龍の容姿があまりにも変わっていた事に驚いた。
「お父様、龍です」
「入りなさい」
龍は男の許可を得て、男の部屋の中に入る。
「ッ!?」
男は、龍の容姿を見て言葉を無くした。あまりにも容姿が違い過ぎるからではない。龍の髪と目の色に驚いたのだ。かつて紺色だった髪の色はピンクに染まり、事故で失っていた左目にある義眼。その義眼の色は緑色。そう、彼の実の母親―――かつて「先生」と呼び、自分の初恋の相手だった彼女と同じ色だった。
男は何も言わず、その場から全く動かなった。男の表情を見て、龍は笑った。その笑みは彼女そのものだ。
「驚きました? 染めたんですよ、この髪。お母さんに似ているでしょ?」
そう言いながらクスクスと笑っていると、突然龍は真顔になった。そして男を睨み付けた。それは怒りに満ちた目だった。男は一瞬ビックと体が震えた。自分が今恐怖に支配されたと分かったのだ。
龍はゆっくりと歩き出し、男の傍へと近付く。そして口を開く。
「これは貴方への罰だ」
「罰……?」
「貴方は彼女を、僕のお母さんを殺した。それの罰だ」
「何を言っている…あれは事故だ」
「確かに事故だったかもしれない。けど貴方が彼女を殺したのは事実だ。あの人は貴方を愛していた。だからピアニストを辞めた、だから僕を産んでくれた、だから貴方のお願いを聞いた。けど貴方は、彼女に何をしてあげたんです?」
「僕は…」
「貴方は彼女からピアノを奪った。“愛”と言う感情を奪った。愛する我が子を奪った。我が子と過ごす時間を奪った。そして、命も奪った……」
「だから! あれは事故だと言っているだろ! 彼女の死に僕は関係ない!」
「貴方が彼女と出会わなければ、彼女は死ぬことはなかったッ!!」
龍は持ってきたバックを開け、中に入っていた数十枚の用紙を部屋中にばらまいた。そこには全ての真実が書かれていた。男と彼女の関係を、彼女との間に生まれた子供の事、男が隠し通したかった真実のすべてだ。
「僕は悲しい! 母さんが僕よりお前を優先させたことが! お前との偽物の“愛”を大事にしてたことが! お前を捨てて僕と一緒に過ごしてほしかった! 僕と生きてほしかった! 僕にもっとピアノを教えて欲しかった!!」
龍は叫んだ。そして泣いていた。
彼は全てを憎んだ。自分に真実を隠してた母親に、何もかも守れなかった自分自身に、彼女を死なせた父親に。だからこの姿は父親だけではない、自分自身への罰でもあった。
彼の罰は、龍の罪は……自分自身そのものだ。自分自身が生まれなければ、こんなことにならなかった。
「この姿は貴方への嫌がらせだ。貴方が彼女を忘れない様に、貴方が自分の罪へと向き合うまで僕は一生このままだ」
「龍……」
男はゆっくりと立ち上がり、実の息子の前にまるで土下座でもするようにしゃがみ込む。その様子を、龍は見下ろしていた。息子に土下座をする無様な父親の姿を。
「すまなかった龍。僕が悪かった……だから許してくれ」
どうしてこんな事になってしまったのだろう。何を間違えた、どこから間違えた。龍はただ幸せに暮らしたかった。例え偽物でも、上辺だけの幸せでも、彼は家族と生きたかっただけなのに。もしこれが自分自身への罰だと言うのなら、あまりにも残酷だ。
「腐ってもあなたは僕の父親だ。家族の縁は切らないままにしておきますよ。けど、如月家を継ぐ気はないので」
それを言い残し、龍は部屋を出た。もう二度とこの部屋に入る事は、この家に戻って来る事はないだろう。父親に会う事もこれが最後だ。しかし今まで起きたことは決して忘れる事はないだろう。これから龍も、そしてあの男も、罪を背負いながら生きていく。
男は“彼女”と言う人を殺した。彼女から全てを奪った罪を償いながら生きていく。彼女を忘れる事は決して許されない。
龍は自分と言う存在が罪だ。誰かから愛される事も、愛する事も許されない。
何故なら彼は、偽りの“愛”から生まれた子供なのだから―――。
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