廃れた神頼み

 人という生き物は、それらを「妖」と一括りにしたがるが。
人という括りの中に存在する者に等しく個性があるように、妖達もまた、千差万別の個性を持つ生き物である。

「人の絶えた廃村だけあって、やっぱり色々な気配が渦巻いてますね」
「力のある人間がいないとなりゃ、妖も放っては置かねえんだろうよ」

 春に芽吹いた若草は、夏の兆しにその葉を青々と伸ばしている。
無数の青葉があちこちから顔を出し、人の痕跡を呑み込まんとするこの場所も、かつては人々の活気に満ちた、賑やかな村だったのだという。

 妖の中には、こういった廃村に好んで住み着く者もいる。
勿論、廃村に住み着く事は悪ではない。
それが人であろうと妖であろうと、或いはその何方にも属さない生き物であっても、生きている事は悪ではないのだから。

 問題は、廃村に住み着き、そこから人に害を成す類の妖である。
人に害を成すのならば、当然人間も黙ってはいない。
だからこそ、陰陽師と、その式神たる夜叉は、こうして廃村に足を踏み入れたのである。

「元悪鬼のお言葉はこの上無く頼もしいんですけど。だって都で人を喰らうっていう妖が、廃村に住んでるものですかね?」
「この上無く失礼なお言葉有難うよ。その人を喰う悪鬼とやらも、毎日飽きもせず人を喰ってる訳じゃねえだろ?」

 横目で睨む夜叉の視線を流して、陰陽師は暦の記憶を手繰る。
答えは、すぐに見つかった。

「……そういえば。数日、間を置いてから次の被害が出ていました」
「だろうな。俺様だって毎日人を喰ってりゃ、腹に入らなくもなるからなァ」
「普通の食事と人喰いを同列に語るのは勘弁願いたいんですけどね」

 眉根を寄せて、陰陽師はやんわりと肩を竦めた。
だが、それに対する夜叉の答えは、笑みすらも含んだ物だった。

「同じだろ。人を喰う妖からすりゃ、人喰いも立派な食事だ」
「同族を食べるっていう行為を肯定出来ないんですよ、私は」
「だろうなァ。気持ちは分からないでもないぜ」
「全く……」

 夜叉の言葉は、恐らく嘘ではない。
ただ、陰陽師が嫌がる事を知りながら、ちょっかいをかける為に話した話題ではあるのだろう。
陰陽師が嫌がる顔を見る為に。
夜叉とは、そういう妖であった。

「本当に悪趣味なんですから、夜叉さんは」
「その悪趣味な妖と式神契約を結んでるてめぇも大概だろうが」
「そこを突かれたら返す言葉も無いですね」

 軽口を叩き合いながら、夜叉と陰陽師は、草を踏み締めて進む。

 この村がまだ人の活気に満ちていた村だった頃は、道だったのかもしれない。
朽ちた家々の残骸を繋ぐ様に伸びるその空間さえ、自然は容赦無く呑み込んでいた。

 陰陽師が草むらと殆ど同化している道だった物に一歩足を踏み出せば、草葉が途端にざわめきだし、大小様々な虫達が一目散に逃げていく。

「……どれほどの時間、人に忘れられていたんでしょう」
「さあな」

 素っ気無い態度で明後日の方向を向いた夜叉の手は、何かを摘んでいた。

「……夜叉さん、一応聞きますけど、それは?」
「あ? ……ああ、さっき服の中に飛び込んできた蝗虫だよ」
「一応言っておきますけど、殺さないであげて下さいね。ここに住む者達からすれば、私達は余所者なんですから。無闇矢鱈に殺生を重ねるのは駄目ですよ」
「てめぇは坊主か何かかよ……」
「せめて尼僧か比丘尼にして貰えませんかね……」

 夜叉は、聞いているのかいないのか、良く分からない生返事を返してはいたが、とりあえず蝗虫を殺すつもりは無くなったらしい。
僅かながらも原型を留めている、小さな社の屋根の上へと下ろされた蝗虫は、夜叉を振り返る事もせず、真っ直ぐに何処かへ跳んで行ってしまった。

 陰陽師の興味は、直ぐ様夜叉が蝗虫を逃がした社に移る。

「お社、ですかね」
「道祖神でも祀ってたのか?」
「それにしては、社がしっかり建てられているんですよ。……何処かの神様の、分社でしょうか」

 陰陽師は、社をしげしげと眺めていたかと思えば、不意に懐をまさぐり始める。

「おい、陰陽師」
「まだこのお社に神様が居らっしゃるか、分かりませんけど。神様が祀られたお社なら、ちゃんと御参りするのも大切でしょう?」
「神頼みかよ」
「そうですねえ。今回の依頼も何事も泣く終わる様に、お祈りしておきましょうか」
「……馬鹿馬鹿しい」
「人って、結局神頼みが好きな生き物なんですよ。……そういう事にしておいて下さい」

 懐から小銭を取り出して、陰陽師は困った様に苦笑した。