モビルスーツは毎日の睡眠を必要としない。たまに少しだけベッドに横になってスリープモードに入るだけで充分だ。電源を落とすなんてことは滅多にない。
 とはいえ、長い時間をただムダに過ごしていられるほどヒマではない。そういうときのために、SDのモデルキットはある。箱を開ければパーツを組み立てるだけのお手軽さではあるが、改造の余地も充分ある。
 机に並べられたパーツを眺めて、どう調理してやろうかと、頭を悩ませる。作例の載った雑誌を眺めて、思案を巡らせる。至福の時間だ。
「どうしよっかなー。なあ∀、ここ切り抜いて放熱フィン組み込むのはどうだろう」
 返事がない。デカイ独り言を言ってしまった、と独りで恥ずかしさに見悶え、誰もいないベッドに向かって、余剰パーツを投げる。
 ∀がそばにいるのが当たり前になってしまっていたようだ。その事実をありありと見せつけられ、考えている余裕を失う。
 焦っては良い作品は作れない。投げた余剰パーツをいそいそと拾い上げ、部屋を出てホールに向かう。と、タイミングよく目当ての機体がそこにいた。キャラメル色の機体は、ヒマそうに携帯端末を眺めながら、エネルギー供給を受けているようだった。
「ガルマザクの大将。ご機嫌いかが」
 ちらりと目配せしたガルマザクは「すこぶる麗しいよ」と気だるそうに返す。
「執務室以外にいる大将ってのも、なかなか珍しいな。SDたちのリスト化、もう終わったのか」
「ああ。∀とシャアザクに頼んだおかげで、みんな集まってくれるのが早かった。で、お前の持っているそれは余剰パーツだな。備品庫に持っていく」
「お、うちのボスは話が早くて助かるねえ。SDフェネクスのだから、そこんとこよろしく」
 パーツを受け取ろうとしていた手が、シュッと引っ込んでいく。受け取り拒否されたか。
「なぜSDフェネクスがいる? うちのコロニーでは発注していないが」
「え? 前のコロニーにいたときから部屋の片隅に積んでいたんだよ。こっちに引っ越してきたときに一緒につれてきた」
 ガルマザクは、怪訝そうに顔を歪める。予想もしていなかった答えに、多少困惑しているようだった。
「あとどのぐらい残っている」
「積みは、十機……もないかな?」
「次の休日までに、積んでいるモデルキットをまとめて報告するように。キットを積むなんて考えたこともなかった」
 発注書も作り直しだ。と、独り言ちる彼を見て、ガンダムもまた、予想もしていなかった返答に驚いていた。
「モデルキット、組んだことねーの?」
「まさか。殺駆頭と騎士、武者頑駄無真悪参はわたしのだ」
「欲しいの買って、組む時間なくて積むってことないか?」
「いや。キット用に時間を作ってから、買ってすぐ創る。タスクを未来に残したくはない」
 これも仕事ができる性格ゆえか。おそらく、自身でキットを積んだことのない機体だ。だが、隊員は違うはずだ。
「たぶんだけど、積みキット、みんなの分もリスト化した方がいいと思うなあ。オレみたいな移住モビルスーツもいるだろうし。管理体制を変えるんなら、なおさら」
「ガンダムがそう言うなら、考えておく。そういうヤツもいるって解ったことだし」
 パーツを再び差し出すと、一言余計な嫌みを交えつつも、今度はきちんと受け取ってくれた。
「そろそろ夜が明ける。∀を迎えに行くなら早めに行った方がいいんじゃないのか」
「あ、そうだな。サンキュー、御大将」
 ふん、と小さく笑った彼は、右手をひらりとあげて、再び携帯端末に目を落とした。






 人工太陽がじわじわ光量を上げてくる朝方、夜間哨戒を終えた∀を基地の外まで迎えに行くと、∀は不機嫌そうにガンダムを無視し、そのまま基地に戻ったのだった。∀に向けて振った手が、気まずそうに引っ込んでいく。
 なにが起こったのか全く分からないまま、今日の哨戒のパートナーだったゼータに「お前、なんか言ったの」と聞いてみるが「言ってない」の一言で片付けられてしまった。
 普通にショックだ。今なにが起きたのか全く理解できない程度にはショックだ。
「今朝からあんな感じだったよ」
「え、朝から?」
 話を聞いてみると、ミーティングのときからずっとあんな感じだったらしく、本人もゼータに今朝から妙に苛立っていることを伝えていたらしい。ということは、少なくともゼータのせいではない。
「∀が不機嫌なんて珍しいよね。なんか調子狂うよ」
「いつもマイペースのお前の調子が狂うなんて、よっぽどだな」
「早めに機嫌を直してくれるといいけどね。でも、あれは……」
 ゼータは∀の背中を見て、なにかを言いかけて、「うん」と一機で納得して「よかったね」とガンダムの肩を叩いて行ってしまった。
「……えっ、なにが?」
 遠くなっていく二機の背中を、ガンダムはぼんやりと見つめることしかできなかった。
 モヤモヤする心をなんとか落ち着かせつつ、とりあえずホールに戻る。すると、∀とゼータが哨戒リーダーに報告を終えて、互いの部屋に帰るところだった。ガンダムの顔を見て立ち止まった∀に対して、「お、お疲れ」と再び手を振ると、一言「うん」とだけ返され、スルリと避けて立ち去ってしまう。∀に向けられた手が、再び気まずそうに引っ込んでいく。
「いや、今日だけだろ。明日まで我慢だ、大丈夫だぞオレ」
 やはりショックだが、まだ、まだなんとか持ちこたえられる。∀に無視されたショックを軽減させるために、ブツブツと独り言を繰り返しながら自分の部屋へ向かう。
「あ、そうだ。ガンダム」
 後ろからゼータに話しかけられて、ドロリとよどんだ目を向ける。目を合わせてしまったゼータは、うわあと引きぎみに顔を歪めた。
「一年戦争の英雄がする顔じゃないよ」
「なんだよォ」
「SDガンダムを作れるキット、持ってないかな。パーツの加工に失敗したから欲しい」
「オレ、自分と同じ顔のSDを作る趣味はないよ……大将に相談したら、余剰パーツとか貰えるかも」
「そうか、ありがとう」
 ゼータと別れて、IDを認証させて部屋に入ると、毛布を頭まですっぽり被って、ガンダムに対して背中を向けてうずくまり、繭みたいな状態でベッドを占拠している誰かさんの姿があった。深呼吸。
「仕事、お疲れ様。イライラするんだって?」
 ベッドの端っこに座って労いの言葉をかけるが、モソモソと軽く身じろぎをするだけで、返事はなかった。
 静寂のなか、ふと、昔のことを思い出す。
「オレがこのコロニーに来た頃は、全然話してくれなかったな」
 やはり返事はない。寝てしまったかと思いつつ、独り言のように話を続ける。
「覚えているかな。最初の頃の∀は、人見知りしてたのか、オレがちょっと話しかけたらすごいスピードで逃げたんだよ。でもその割に、壁とか他の奴の後ろに隠れながら、オレのこと見てたよな。それからずっと∀のことが気になって……今思えば、あれは気のせいだったのかな」
「だって、ガンダムは宇宙世紀の英雄だったから」
 ∀が突然ガバッと毛布ごと起き上がったかと思いきや、今の発言が恥ずかしかったのか、ハッとしたようにさっきの繭状態に戻る。
「オレが英雄、ねぇ」
 それは、モビルスーツが生まれてくる直前にインストールされるAIに入っているデータだ。
 本来、モビルスーツはそれぞれのコロニーで、一機ずつ作られる。モビルスーツの内部フレーム、外装を全て作り終わったあと、そのモビルスーツに合わせてプログラムされたAIデータをインストールさせ、初めて生まれる。やってること自体はSDと変わらない。
 "ガンダムは宇宙世紀の英雄"というのは『System−∀99』に、つまり『∀ガンダムという機体』に刻まれた記録。言わばその機体にとっての常識、というわけだ。
「ぼくにとってのガンダムは英雄だし、憧れだったから。だからこそ、話しかけられたとき、どうしたらいいか分からなかった」
「そっか。そんな状態から、こんなに心を許してくれるなんて思わなかったよ。ありがとう」
 腕をポンポンと優しく撫でると、「さっき、ごめんね」と、蚊の鳴くような声で謝ってきた。
「いいよ、気にしてない」
 本当は死ぬほどショックだったが、あえてそれをここで言うほど野暮なことはしない。
「そういう時は、オレに思い切り甘えればいいよ。おいで、受け止めるよ」
「へんなことしない?」
「しないしない、大丈夫だって」
 もそもそと起き上がってきた∀は、毛布ごとガンダムの胸に飛び込んでくる。言葉をかけようとは思ったが、黙っている方が懸命かと、すっぽり収まった∀の頭を撫でる。
「こんなこと、はじめて」
「そうだなあ……お前、いっつも楽しそうだもんな」
 少なくともガンダムがこのコロニーに来てから、∀が意味もなくムシャクシャするようなことは今までなかったように思える。どちらかと言うと、いつでも笑っている印象だ。敵襲があっても、冷静で、綺麗なヒゲで、すべてを達観したような余裕が見える。全モビルスーツ最強クラスの武器を腹に抱えているゆえの余裕か。納得せざるを得ない。ガンダムだって一年戦争の頃はすごかった。はずだが、"あんなの"を見せつけられてしまえば、どちらが上かなんて話にもならない。
「そういえば∀、最後にスリープモードに入ったのはいつだ」
「んー、最後は確か……あ、ガンダムと一緒に寝た日だ」
 あれから大体二週間くらいは経っている。スリープモードに入るにはちょうどいいタイミングだった。モビルスーツは毎日スリープモードに入らなくても平気ではあるが、定期的に入らないと、たまに不調が出ると聞く。
「案外、スリープモードに入ったら良くなるかもしれないな」
「そういうものなの?」
「さあ。オレは分かんないけど、そう聞いたことがあるから」
 ガンダムが立ち上がって大きく伸びをすると、∀もようやく毛布の繭から顔を出してくれる。
「じゃあ∀、今日はお前の部屋で、一緒に寝よう。オレが添い寝するよ……って言っても、オレは夜間哨戒があるからスリープモードには入らないけど。お前がもし良かったら」
「いーの!?」
「その方が∀だって落ち着くだろう」
 ∀の表情が一気に明るくなる。その顔を見て、不安だった思いがふっとほぐれていく。
「よし。そうと決まれば、まずはエネルギーの補給だな。で、ぐっすり寝よう」
「うん!」
 ∀はまとっていた毛布を蹴り上げる勢いでベッドを飛び出す。一緒に寝るのがよほど嬉しいのか、満面の笑みでガンダムの手を引き、部屋を出た。